第20話 ワルツは戦場、ステップは回避行動

 優雅なワルツの旋律が、大広間に響き渡る。

ダンスフロアの中央。

僕とアリア様は、数千の視線を浴びながら踊り出した。

「ワン、ツー、スリー……」

アリア様が、僕だけに聞こえる小声でリズムを刻んでくれる。

彼女の手は冷たく、緊張で少し震えていた。

無理もない。一度でもミスをすれば、僕は四肢を失い、彼女は帝国の側室だ。

「大丈夫です、アリア様。僕に任せて」

僕は、アリア様の腰に回した手に少しだけ力を込め、安心させるように微笑んだ(顔面蒼白の演技付きで)。

最初のターン。

僕のリードに合わせて、アリア様のディープブルーのドレスが美しく翻る。

その動きは完璧。一週間の地獄の特訓(と、S級スキルによる補正)の成果だ。

「……チッ。意外と踊れるようだな」

フロアの端で腕を組むレオハルトが、つまらなそうに鼻を鳴らしたのが見えた。

次の瞬間。

(【危険感知】発動。足元、魔力反応!)

僕が踏み出そうとした床から、不可視の「風の棘」が突き出した。

レオハルトだ。無詠唱の風魔法で、僕をつまずかせる気だ。

(——【最適化】。ステップ変更)

僕は、踏み出すはずだった右足を、着地寸前で空中に留め、そのまま軸足の左足だけで回転(ピルエット)した。

「えっ!?」

アリア様が驚く。予定にない動きだ。

だが、僕は回転の遠心力を利用してアリア様をふわりと持ち上げ、風の棘がある場所を飛び越えて着地した。

「……っ!?」

観客がざわめく。

「なんだ今の動きは? 楽譜にないぞ」

「でも、音楽には合ってる……リフトを取り入れたアレンジか?」

(ふう、危ない。なんとか「高度な振り付け」に見せかけたぞ)

だが、レオハルトの妨害は終わらない。

ヒュンッ!

今度は、アリア様の背後から、小さな真空の刃が飛んでくる。

狙いは、アリア様のドレスの裾。あれが切れれば、裾を踏んで転倒するのは確実だ。

(——させない!)

僕は、アリア様の手を引き、強引に自分の懐へと抱き寄せた。

「きゃっ!」

密着する身体。

真空の刃は、アリア様の背中スレスレを通過し、僕のタキシードの袖を少しかすめて消えた。

「カイト!?」

「情熱的なパートに入りますよ、アリア様」

僕はそのまま、アリア様を深く倒すポーズ(ディップ)へと移行した。

アリア様の豊かな銀髪が床スレスレに広がり、その白い首筋が露わになる。

会場から、ため息のような歓声が漏れる。

「くそっ……! なぜ当たらない!?」

レオハルトの顔が歪む。

彼は指先を小刻みに動かし、次々と妨害魔法を放ってくる。

床を凍らせる【氷結】。

視界を奪う【閃光】。

足を縛る【重力】。

だが、その全てを、僕はダンスのステップに変換して回避し続けた。

氷の床は、スケートのように滑るムーンウォークで。

閃光は、アリア様をターンさせて視線を切ることで。

重力は、逆に重心を低くした激しいステップ(タンゴ風)で。

「はぁ、はぁ……カイト、あなた……凄すぎるわ……」

アリア様の頬が紅潮し、瞳が潤んでいく。

僕のリードは、回避行動ゆえに激しく、そして必然的に「密着」が多くなる。

危機的状況のはずなのに、アリア様は僕とのダンスに陶酔し始めていた。

「これなら……どこまででも踊れそう……♡」

「(アリア様、トロンとしないで! ステップに集中して!)」

曲がクライマックスに差し掛かる。

レオハルトの我慢も限界に達したようだ。

「ええい、ちょこまかと! これならどうだ!」

レオハルトが、隠す気もないほどの殺気と共に、最大出力の魔力を練り上げた。

狙いは、天井のシャンデリア。

シャンデリアを固定している鎖を断ち切り、僕たちの頭上に落下させる気だ。

(正気か!? 他の客も巻き込まれるぞ!)

キィンッ!

鎖が切れる音がした。

数トンのクリスタルの塊が、重力に従って落下を始める。

「キャアアアアア!」

悲鳴が上がる。逃げ場はない。

(——やるしかない!)

僕は、アリア様の腰を抱き寄せ、最後のフィニッシュポーズへと移行した。

それは、アリア様を高くリフトアップし、そのまま僕が片膝をつく姿勢。

「アリア様、魔法を! 天井に向けて!」

「えっ?」

「『演出』です! 【聖光(ホーリー・ライト)】を、最大出力で!」

アリア様は、瞬時に僕の意図を(半分くらい)理解した。

「わかったわ! 私たちの愛の光ね!」

僕がアリア様を頭上に掲げた瞬間。

アリア様の手から、目も眩むような聖なる光が放たれた。

カッ!!!!

光の柱が、落下してくるシャンデリアを飲み込む。

本来ならただの照明魔法だが、僕が足元から密かにS級魔力を注入したことで、それは物理的な質量を持った「光の奔流」と化していた。

ズズズズズン……!!

シャンデリアは、光の圧力によって空中で押し留められ、そして——

ゆっくりと、元の位置へと「押し戻された」。

「…………」」」」

光が収まる。

シャンデリアは、何事もなかったかのように天井に鎮座している(鎖は僕がこっそり修復魔法で繋いだ)。

そしてフロアの中央には。

片膝をついてアリア様を掲げる僕と、女神のように両手を広げるアリア様。

完璧なフィニッシュポーズ。

静寂。

そして、ワルツの最後の一音が、ジャン、と鳴り響いた。

「……ブラボー!!!」

「なんて素晴らしい演出だ!」

「まさか魔法でシャンデリア落下のイリュージョンを見せるとは!」

「愛の奇跡だわ!」

割れんばかりの拍手喝采。

スタンディングオベーション。

僕は、肩で息をしながら立ち上がり、優雅にお辞儀をした。

(……死ぬかと思った)

レオハルトは、呆然と天井を見上げ、口をパクパクさせている。

自分の破壊工作が、最高のショー演出に利用されたことが信じられないらしい。

「カイト……」

アリア様が、興奮冷めやらぬ様子で僕に抱きついた。

「最高だったわ……! あなたとのダンス、一生忘れない!」

「……僕もです(寿命が縮んだ意味で)」

こうして、地獄のダンス決闘は、僕たちの完全勝利で幕を閉じた。

だが、これで諦めるようなレオハルト皇子ではない。

彼の歪んだ執着は、より陰湿な方向へと舵を切ることになるのだった。

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