第10話 敗者の末路と、聖女様の「ご褒美」
アリーナの熱狂は、奇妙な静寂を経て、困惑のざわめきへと変わっていた。
「お、おい……今の見たか?」
「ゼノン様が、自分の魔法で吹っ飛んだぞ……」
「あの『無能』、足がもつれて転んだだけに見えたが……」
「だよな!? あんなの、ただの自滅だろ!」
(よし! よしよしよし!)
僕は、内心でガッツポーズをした。
観客たちの反応は、僕の計算通りだ。
彼らの目には、僕が「運良く転んだら、ゼノンが勝手に自爆した」ようにしか映っていない。
これで、「無能」のレッテルは剥がれずに済む。
「運がいいだけの無能」。最高じゃないか。
僕は、倒れているゼノン(と、少し離れた場所に落ちている彼の金髪のカツラ)を横目に、そそくさと退場しようとした。
「待ちなさい」
その声は、マイクも使っていないのに、アリーナのざわめきを切り裂いて響いた。
VIP席から、アリア様が優雅に階段を降りてくる。
その背後には、青ざめた顔の教師たちが控えている。
アリア様は、僕の横を通り過ぎ、黒焦げで倒れているゼノンに歩み寄った。
「う、うう……」
ゼノンが、うめき声を上げて意識を取り戻す。
「お、俺は……アリア様……?」
焦げた視界に、愛しい聖女様の姿が映ったのだろう。ゼノンは、まだ状況が飲み込めていない様子で、ふらふらと手を伸ばした。
「賭けの内容を、覚えているわね? ゼノン」
アリア様の声は、氷点下だった。
その冷徹な響きに、ゼノンの動きが凍りつく。
『もし、カイトが勝ったら。S級魔物討伐の手柄が偽りであることを認め、靴を舐め、学園を去る』
「あ……あ……」
ゼノンの顔色が、黒焦げの皮膚の下でさらに青ざめていくのがわかった。
アリーナ中の視線が、彼に集中する。
自分の放った魔法で自爆し、カツラが外れ、さらに不正を暴かれようとしているA級エリート。
「ま、待ってくれ、アリア様! あれは事故だ! 俺が足を滑らせただけで……!」
ゼノンが、無様な言い訳を叫ぶ。
だが、アリア様は、ゴミを見るような目で彼を見下ろしただけだった。
「見苦しいわ。これ以上、私の『専属』の時間を無駄にさせないで」
「専属……?」
ゼノンが、僕の方を見る。
「カイトは勝ったわ。正々堂々と、あなたの慢心を利用し、あなたの魔力を完璧に読み切り、最小限の動きであなたを自滅に追い込んだ」
「は!? 何を言って……」
「見ていなかったの? 彼は、あなたの魔法が結界に反射する角度まで、全て計算していたのよ」
「「「「えっ」」」」
アリーナの空気が凍る。
僕も凍る。
(やめて! それを言わないで! みんな「偶然だろ?」って空気になってたのに!)
「そ、そんな馬鹿な……! あの無能に、そんな芸当ができるわけが……!」
「できるわ。彼だからこそね」
アリア様は、トドメとばかりに言い放った。
「約束通り、靴を舐めるかしら? ……と言いたいところだけど」
アリア様は、自分の靴を少し引いて、心底嫌そうな顔をした。
「汚らわしいから結構よ。視界に入れないで」
「がはっ……!」
物理的な攻撃よりも重い、聖女様の拒絶。
ゼノンは、白目をむいて再び泡を吹いて倒れた。
その横を、カツラが虚しく転がっていく。
アリーナからは、もはや同情の声すらなかった。
***
その後、ゼノンの不正(S級魔物の討伐実績捏造だけでなく、過去の余罪もボロボロ出てきた)が公になり、彼は即日退学処分となった。
僕は、「運良く勝った男」として、一部の生徒からは「悪運カイト」と呼ばれるようになったが、とりあえず「最強バレ」は回避できた……はずだ。
問題は、その後だ。
「お疲れ様、カイト」
学園の最上階。
一般生徒は立ち入り禁止の、聖女様専用サロン。
僕は、なぜかそこに正座させられていた。
目の前には、上機嫌でお茶(僕が淹れた)を飲んでいるアリア様。
「あ、あの……アリア様。僕、もう帰っても……」
「何を言っているの? 祝勝会よ」
「はあ……」
(祝勝会なら、もっと豪華な料理とか出してくださいよ。なんで二人きりでお茶なんですか)
「それに、まだ『ご褒美』をあげていないもの」
「ご褒美?」
嫌な予感しかしない。
「今回の件で、あなたの実力は証明されたわ(されてません)。でも、周囲の目はまだ節穴ばかり」
アリア様は、ティーカップを置き、真剣な眼差しで僕を見た。
「だから、既成事実を作ることにしたわ」
「既成……事実……?」
(やばい。この単語、Web小説だとロクな意味で使われないぞ)
アリア様は、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
そこには、王家の紋章と、学園長の署名、そして……
『聖女アリア・ミストラル専属守護騎士 任命書』
「……は?」
僕は、我が目を疑った。
守護騎士? 荷物持ちじゃなくて?
「ただの『専属』だと、またゼノンみたいな虫が寄ってくるでしょう? だから、公的な役職を用意させたわ」
アリア様は、さも当然のように言った。
「これがあれば、あなたは常に私のそばにいて、あらゆる場所への同行が許可されるわ。女子寮の私の部屋への出入りも、ね」
「ちょ、ちょっと待ってください! 無理です! 絶対無理です!」
僕は、全力で首を横に振った。
「守護騎士って、A級以上の実力者しかなれない、国の要職じゃないですか! 僕みたいな【戦闘値ゼロ】がなれるわけ……」
「あら?」
アリア様は、小首を傾げた。
「あなたがA級魔法を反射させてゼノンを倒したことは、学園長にも報告済みよ。学園長も、『あのカイト君が!? まさか! ……いや、しかしアリア様がそこまで仰るなら……』って、涙目で承認してくれたわ」
(学園長おおおおおおおお!! 断れよ!! 権力に屈するなよ!!)
「それに」
アリア様は、立ち上がり、僕の目の前に顔を近づけた。
甘い香りが、鼻孔をくすぐる。
「守護騎士になれば、給料は今の100倍。王宮の書庫へのアクセス権。そして……」
彼女は、悪戯っぽく微笑んだ。
「私の『秘密』を、もっと共有できるわよ?」
逃げられない。
ゼノンを倒したことで、アリア様の執着(勘違い)は、完全に次のステージへと進んでしまった。
「さあ、カイト。サインして?」
目の前に突きつけられた、悪魔の契約書。
僕の平穏な「荷物持ちライフ」は、音を立てて崩れ去り、
新たに、地獄の「聖女様の守護騎士(仮)ライフ」が始まろうとしていた。
(誰か……誰か助けてくれ……!)
僕の心の叫びは、優雅なサロンの天井に虚しく吸い込まれていった。
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