第9話 【戦闘値ゼロ】の勝ち方 「——始め!!」

 決闘の開始を告げる、無情なベルが鳴り響いた。

アリーナを埋め尽くす数千の視線が、僕とゼノンに突き刺さる。

(——プラン実行)

僕は、脳内でS級スキル【絶対時間(クロノ・ワールド)】を起動。

僕以外の、全世界の時間が、1000分の1に引き伸ばされる。

(ゼノンの初手。予測パターンA:A級魔法【サンダーランス】。確率70%)

(パターンB:A級剣技【ソニックブレイド】。確率30%)

(どちらにせよ、観客へのアピールを優先し、大技で来る)

「消し飛べ、『無能』!!」

【絶対時間】の中で、ゼノンがゆっくりと剣を振りかぶるのが見えた。

(パターンBだ!)

「これぞA級の剣技! 【ソニックブレイド】!!」

ゼノンが、アリーナ全体に響き渡る声で技名を叫ぶ。

A級エリートは、いちいち技名を叫ばないと気が済まないらしい。

シュンッ!!

ゼノンの剣が、音速を超えた。

不可視の斬撃が、僕の首を狙って飛んでくる。

(【危険感知(センス・デンジャー)】A級。発動)

(——回避行動、パターン・デルタ。実行)

「うわああああああ!?」

僕は、完璧なタイミングで、

——足を滑らせた。

誰がどう見ても、A級の剣技に腰を抜かし、情けなく尻餅をついただけの姿に。

ズバァァァァァン!!

僕が尻餅をついたコンマ1秒後。

僕がさっきまで立っていた場所の床が、深く、鋭く、えぐり取られた。

「………………」」」」

アリーナが、一瞬だけ静まり返る。

「……は?」

技を放ったゼノン本人が、ポカンと口を開けていた。

(なんだ? 今の)

(あいつ、避けたのか? いや、ただ、腰を抜かしただけだ)

「フン! 運のいい奴め!」

ゼノンは、僕が「偶然」避けたのだと結論付け、再び剣を構えた。

「だが、次はないぞ!」

(プラン通り)

僕は、尻餅をついたまま、必死の形相で(もちろん演技だ)後ずさる。

「どうした、カイト・シズク! 聖女様に推薦された実力はそんなものか!」

「立て! 立て、無能!」

観客席から、容赦のないヤジが飛ぶ。

(うるさい! 人はこれを『戦略的後退』と呼ぶんだ!)

「逃げ回るな、ゴミが!」

ゼノンが、今度は魔法を起動した。

「【ファイア・ジャベリン】!」

C級の火の槍が、連続で僕に襲いかかる。

「うわっ!」

「ひいっ!」

「あぶなっ!」

僕は、転がり、つまずき、盛大に埃をかぶりながら、その全てを(完璧に)回避していく。

(【絶対時間】起動中。回避率100%)

だが、アリーナにいる数千人の観客の目には、

「A級エリートの猛攻に、戦闘値ゼロの荷物持ちが、必死に、みっともなく逃げ回っている」

としか映っていない。

「おい……なんだあれ」

「ゼノン様の猛攻だぞ……?」

「……なんで、一発も当たらないんだ?」

観客たちが、異変に気づき始める。

A級の攻撃だ。たとえC級魔法でも、戦闘値ゼロの荷物持ちが、あんな風に「偶然」避け続けられるはずがない。

「ゼノン様、遊んでおられるのか?」

「いや……ゼノン様の目、本気(マジ)だぞ……」

「……貴様ぁ!!」

一番その事実に気づいているのは、攻撃しているゼノン本人だった。

(なんでだ!? なんで、俺の攻撃が、こんなゴミに当たらない!?)

彼の額に、焦りの汗が浮かび始める。

VIP席で、アリア様が冷静に戦況を見つめているのが見えた。

(ヤバイ! そろそろアリア様が、「ほら、カイトはやっぱりすごいのよ!」とか言い出しそうだ!)

(——決着をつける!)

「いい加減にしろ、カシィ……トォォォ!!」

ついに、ゼノンの堪忍袋の緒が切れた。

彼は、僕との距離を詰め、その魔力を最大まで高めた。

最新鋭のミスリルアーマーが、魔力に共鳴してギシギシと音を立てる。

「こ、これは……! ゼノン選手の奥義だ!」

「A級最上位魔法! 【雷帝の槍(サンダー・エンペラー)】が来るぞ!」

観客が、総立ちになる。

(——来た!)

(【絶対時間】起動。未来予測、開始)

(ゼノンの狙いは、僕の心臓。回避不能。防御不能)

(——ただし、『僕が避ける』必要はない)

僕は、アリーナの床を見つめた。

このアリーナは、観客を守るため、「結界」で覆われている。

そして、その結界は、A級魔法のような強すぎる魔力を感知すると、

(——床と壁の一部が、『反射シールド』に切り替わる)

僕は、ゼノンの攻撃を「反射」させるため、ずっと、完璧な位置へと「逃げ回って」いたのだ。

「これで終わりだ! アリア様は俺のものだ!」

ゼノンが、魔力の全てを込めた、必殺の雷の槍を、僕に向かって放とうとした。

僕は、最後の「演技」に入った。

「う、うわあああああ! あ、足が……! 足がもつれたあああああ!」

僕は、この決闘で、最大級にみっともない姿で、

——ゼノンの足元に向かって、転んだ。

「は?」

ゼノンが、一瞬、面食らった。

必殺の槍を放つ直前、標的が、自分の足元に突っ込んできたのだ。

「死ねえええええ!」

だが、ゼノンは、もはや止まれない。

彼は、僕が転がり込んだ先、すなわち、アリーナの「床」に向かって、

A級最上位魔法【雷帝の槍】を、叩きつけた。

ズドオオオオオオオオオオオオオン!!!

凄まじい轟音と閃光。

アリーナ全体が、揺れた。

(——計算通り)

ゼノンが叩きつけた【雷帝の槍】は、僕を仕留めるため、至近距離で放たれた。

その莫大な魔力に、アリーナの床が、即座に反応した。

(——反射シールド、起動)

ゼノンが放った【雷帝の槍】は、僕の背中(を覆っていた床のシールド)に直撃し、

その威力を、100%のまま、

「な……が……あ……?」

真上にいた発射主、

ゼノン・ダレス本人へと、跳ね返った。

ゴウッ!!!!

最新鋭のミスリルアーマーは、雷魔法の「最良の避雷針」となった。

A級エリートは、自分の放ったA級最上位魔法を、ゼロ距離で、真正面から、全て食らった。

「…………」

アリーナに、再び、静寂が訪れた。

閃光が収まると、そこには。

「……あ」

無様に転んだまま、埃まみれで、かろうじて顔を上げる僕(無傷)。

そして。

僕の目の前で、全身から黒煙を上げ、白目をむき、

カツラがズレた無残な姿で、

大の字に倒れている、ゼノン・ダレス(戦闘不能)。

「………………は?」」」」

数千人の観客が、何が起きたのか、まったく理解できずに固まっている。

僕は、ゆっくりと立ち上がり、服の埃を払った。

(……あ、カツラだったんだ)

「……」

「……しょ、勝者!」

審判の教師が、我に返り、震える声で叫んだ。

「しょ、勝者! カイト・シズク!!」

その瞬間、VIP席。

アリア様が、スッと立ち上がった。

彼女は、周りの混乱など意にも介さず、

「ほら、言ったでしょう?」

とでも言いたげな、完璧な、そして、最高に嬉しそうな笑みを、

僕だけに、向けていた。

(ああ、僕の平穏な生活……)

こうして、僕は、学園中を巻き込んだ決闘に、

「最強の力を持っていることが、聖女アリア様にだけバレる」

という、最悪の形で勝利してしまったのだった。

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