第7話 決闘の受理と、聖女の「賭け」

「これは、『専属』としての『命令』よ、カイト」

アリア様の、有無を言わさぬその言葉に、僕は(割れたら死ぬ)高級茶器を抱えたまま、第3演習場へとトボトボと歩いていた。

(なんで僕がこんな目に……!)

心の中で何度目かの悲鳴を上げる。

アリア様は、僕がゼノンの手下に襲われたのを見て、僕が「自分でなんとかする」と言ったのを逆手に取り、ゼノンとの直接対決の場をセッティング(という名の強制連行)しやがった。

(あの人、僕が【戦闘値ゼロ】のフリをしているのを、完全に楽しんでる!)

S級魔物の襲撃も恐ろしかったが、あの聖女様の「勘違い」と「善意の押し付け」は、別種の恐怖だ。

第3演習場は、放課後の今、模擬戦を終えた生徒たちがまばらに残っているだけだった。

その中心。

もっとも目立つ場所に、彼は立っていた。

「……来たか。思ったより根性があるな、『無能』」

腕組みをし、まるで王様のようにふんぞり返る、ゼノン・ダレス。

彼の周りには、いつもの取り巻きたち。中には、さっき学園長に連行されたはずの生徒(もう解放されたらしい)も混じっており、僕を憎々しげに睨みつけている。

(ああ、もう帰りたい……)

僕は、この場に似つかわしくない茶器を抱え直し、深々と頭を下げた。

「あの、ゼノン様。僕は、アリア様の茶器を運ぶ途中でして……」

「貴様、まだ『荷物持ち』のフリを続ける気か!」

ゼノンが、僕の言い訳を怒声で遮る。

「アリア様がお前に何を吹き込まれたか知らんが、身の程をわきまえろ! 貴様のような『無能』が、アリア様のそばにいていいはずがない!」

「は、はあ……」

(その通りです! 僕もそう思います!)

「そこでだ」

ゼノンは、腰の剣の柄に手をかけた。

その目が、獲物を定める肉食獣のそれになる。

「貴様に、『決闘』を申し込む」

「……はい?」

「この学園の、全校生徒の前でだ。貴様と俺、どちらがアリア様の『専属』にふさわしいか、ハッキリと決めようじゃないか」

(終わった……! ついに言われた!)

僕は、顔から血の気が引くのを感じた。

「む、無理です! 僕は戦闘値ゼロの荷物持ちで、ゼノン様はA級の騎士科エリート! 決闘なんて、試合にすら……」

「うるさい! 貴様がアリア様をたぶらかしたのが全ての元凶だ! その汚い手でアリア様に触れたこと、後悔させてやる!」

ゼノンが、本気で剣を抜きかけ、殺気を放つ。

(やばい、こいつ本気だ!)

(【絶対時間(クロノ・ワールド)】発動。未来予測——2秒後、ゼノンは僕の右腕を切り落とす。——許容できない!)

僕が、スキルを使って逃走経路を検索しようとした、その瞬間。

「——面白いわね」

凛とした、しかし、どこか楽しそうな声が、演習場に響いた。

声の主はもちろん、

「ア、アリア様!?」

ゼノンが、殺気を一瞬で消し去り、慌てて背後を振り返る。

いつの間にか、アリア様が僕のすぐ後ろに立っていた。(やっぱりついて来てたんですね!)

「その『決闘』、カイトが受けましょう」

「アリア様あああああ!?」

僕は、素っ頓狂な声を上げた。

(何勝手に受けちゃってるんですか!?)

「アリア様! これは、俺とこいつの問題で……」

「いいえ」

アリア様は、僕の前にスッと出ると、ゼノンと対峙した。

「あなたは、『私の専属にふさわしいか』と言ったわ。これは、紛れもなく私の問題よ」

「うぐっ……」

「それに、カイトはさっき、こう言ったわ。『自分のことは、自分でなんとかする』と」

アリア様が、僕を振り返る。

その目は、「ほら、見せてみなさい」と、S級のプレッシャーを放っていた。

(この人、僕がゼノンを返り討ちにできると、本気で信じてやがる!)

「……いいでしょう、アリア様」

ゼノンは、アリア様が僕の「味方」をしたことに一瞬憤慨したが、すぐに、獲物がかかったというようにニヤリと笑った。

「そこまでアリア様が、その『無能』の勝利を信じるというなら」

ゼノンは、これ見よがしに宣言した。

「決闘は、三日後。全校生徒が観戦する、ランキング戦のメインイベントとして行いましょう」

「……は?」

(ランキング戦!? そんな公式の場で!?)

「そして、賭けをしましょう、アリア様」

「賭け?」

「ええ。もし、俺が勝ったら——」

ゼノンは、僕をゴミムシでも見るような目で見下し、そして、アリア様をねっとりとした目で見上げた。

「その『無能』を、学園から追放する。そして、あなたは、俺の『専属』になる」

「な……!」

アリア様が、一瞬、息を呑んだ。

(最悪だ! 最悪の事態だ! 僕のせいで、アリア様が!)

僕は、二人の会話に割り込もうと、必死に口を開いた。

「ま、待ってください! そんな……」

「——いいわ」

僕の制止より早く、アリア様は、静かに、しかし、はっきりと頷いた。

「え」

「え」

僕とゼノンの声が、重なった。

((アリア様が、了承した!?))

「ただし、ゼノン」

アリア様は、僕が持っていた茶器セットから、最高級のティーカップを一つ、スッと取り上げた。

そして、

パリンッ!!

アリア様は、そのカップを、演習場の石畳に叩きつけた。

数百万ゴールドはするであろう茶器が、無残に砕け散る。

「ア、アリア様!?」

「これが、私の『覚悟』よ」

アリア様は、砕けた茶器の破片を(僕が弁償するんだぞ、これ!)冷たく見下ろすと、ゼノンを睨みつけた。

「——もし、カイトが勝ったら。あなたは、S級魔物討伐の手柄が『偽り』であったことを全校生徒の前で認め、その場でアリア様の靴を舐め、この学園を去りなさい」

「な……!!」

今度は、ゼノンが絶句する番だった。

「追放」と「専属」に対し、「靴を舐めて追放」。

明らかに、アリア様が提示したペナルティの方が、重く、屈辱的だ。

(あああああああああああああ!!!!)

僕は、もう、声にならない悲鳴を上げる気力もなかった。

勝っても地獄(最強バレ)。

負けても地獄(アリア様がゼノンのものに&僕は追放)。

「……面白い」

長い沈黙の後、ゼノンは、怒りを通り越して、心の底から愉快そうに笑い始めた。

「いいでしょう! アリア様! その賭け、受けましょう!」

ゼノンは、僕が負けること、アリア様が自分のものになることを確信し、高笑いを続けている。

アリア様は、僕が勝つこと、ゼノンが破滅することを確信し、氷の笑みを浮かべている。

そして僕は。

僕の平穏な生活が、僕の知らないところで、学園で最も面倒な二人によって、音を立てて砕け散っていくのを、ただ、呆然と見ていることしかできなかった。

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