第3話 聖女様の追及と、偽りの凱旋

「あなた。……本当に、ただの荷物持ちなの?」

粉塵が舞う崩落現場。

氷のように冷たいアリア様の視線が、僕——カイト・シズクを射抜く。

背嚢(はいのう)に隠れたまま、僕は人生最大のピンチを迎えていた。S級魔物より、よほど恐ろしい。

(終わった……! A級の【鑑定】でも持ってたのか!? 平穏な学園生活が、入学してたった数日で……!)

「あ、あの……アリア様? い、意味が分かりません……」

僕は必死に、情けない「無能」の仮面を貼り付ける。

「意味が分からない? 本気で言っているの?」

アリア様が一歩、僕に近づく。

「あの土壇場での、完璧すぎる防御魔法。その後の、まるで計算されたかのような崩落。……あれを、本当にゼノンがやったと?」

「も、もちろんです!」

僕は食い気味に叫んだ。

「さすがは聖女アリア様! ゼノン様の偉業を、いち早く見抜かれていたのですね!」

「……は?」

アリア様の完璧な顔(かんばせ)が、ポカン、と固まった。

僕は畳みかける。これが僕の(数少ない)生存戦略、「勘違い誘導」だ。

「ゼノン様は、あのS級魔物を倒すために、あえて封印を解き! 己の【雷槍】で天井の脆い部分をあらかじめ確認し! 完璧なタイミングで崩落を誘発させた! 僕のような凡人には、S級魔物が相手というだけで腰が引けてしまいますが……アリア様とゼノン様は、その先を読んでおられた! いやあ、すごい!」

僕は、背嚢を持ったまま、その場でできる限り深く頭を下げた。

「……」

アリア様は、絶句している。

(よし、効いてる!)

「あなた……本気で、あの傲慢な男が、そこまで考えていたと……?」

「もちろんです! あのゼノン様ですよ!? 僕なんかとは出来が違います!」

「……そう」

アリア様は、深いため息を一つ吐いた。

疑念の炎は消えていない。だが、それ以上に、「コイツに何を言っても無駄だ」という呆れの感情が勝ったようだった。

「アリア様! ご無事ですか!」

「ゼノン様! なんということを!」

その時、ようやく教師陣と、遅れて安全な場所に避難していた他の生徒たちが駆け寄ってきた。

「フン。教師の到着とは、随分と遅いものだな」

ゼノンが、真っ青だった顔色を隠し、腕を組んで仁王立ちしている。

(切り替えが早いな、オイ)

「ぜ、ゼノン君! まさか、君がS級を……!?」

「ああ。S級といえど、この俺の【雷槍】の前では敵ではなかった。アリア様を守るためだ、当然のことをしたまで」

ゼノンは、僕が先ほど作り上げた「嘘のストーリー」を、完璧に自分の手柄として語り始めた。

「おお……!」

「さすがはゼノン様!」

生徒たちが、尊敬と畏怖の眼差しをゼノンに向ける。

(よしよし、いいぞ。手柄は全部くれてやる。僕は平穏な卒業さえできればいいんだ)

僕が物陰で安堵のため息をついていると、そのゼノンが、ギロリと僕を睨みつけた。

「——おい、無能!」

「は、はいっ!」

ビクッと体が跳ねる。

「貴様、いつまでそこで隠れている! 俺がS級魔物を華麗に仕留める瞬間を、アリア様の近くで見ていただろう! 証人として光栄に思え! それと、荷物を運ぶのが遅い!」

理不尽。

あまりにも理不尽な八つ当たりだ。

だが、僕は知っている。ここで「僕のおかげじゃないですか」なんて言ったが最後、僕は「聖女アリアを狙うゼノン」の最大の障害物として認識され、学園生活(物理)を終わらされる。

「も、申し訳ありません! すぐに荷物をまとめます!」

僕は慌てて立ち上がり、生徒たちが脱ぎ捨てた荷物をかき集め始めた。

「……待ちなさい、ゼノン」

その時だった。

アリア様の、地を這うような低い声が響いた。

「彼が、無能?」

「そ、そうだ。アリア様。こいつは戦闘値ゼロの……」

「あなたがS級魔物を前に腰を抜かし、後ずさりしていた時」

「なっ!?」

「彼は、私を守るために、必死に荷物の陰に隠れ……いや、私の前に立っていた」

(い、いや! アリア様! 違うんです! 僕はただ逃げ遅れただけで!)

「そして、あなたが【雷槍】(笑)で天井を崩落させた時も、彼は私をかばうように……」

(だから違う! 僕がやったの! いや、僕がやったなんてバレたらダメなんだけど! かばってない!)

僕の心の叫びは届かない。

アリア様の中で、「カイト=S級魔物の攻撃に耐え、アリアをかばい続けた、勇気ある無能(?)な荷物持ち」という、とんでもない勘違いが成立しようとしていた。

「やめなさい。彼への侮辱は、私への侮辱と受け取ります」

「……っ!」

ゼノンは、アリアの絶対零度の視線に射抜かれ、屈辱に顔を歪ませた。

(あああああ! 最悪だ! 最悪の展開だ!)

僕は頭を抱えた。

ゼノンの手柄を演出してやったのに、そのゼノンから恨みを買い、聖女アリアからは庇護対象(=目立つ)としてロックオンされてしまった。

僕の平穏な学園生活は、どこへ……。

「……カイト、だったわね」

アリア様が、僕に向き直る。

「怪我は? ……ないようね。当たり前だわ。あんな完璧な防御魔法で守られていたのだから」

(だから、それを言わないで……!)

「立てる? 荷物、半分持つわ」

「滅相もございません!!」

僕は、アリア様が背嚢に手を伸ばすより早く、すべての荷物を背負い直した。

「……そう」

アリア様は、僕の頑なな態度に、また何かを確信したように深く頷いた。

(違う、違うんだ……!)

こうして、ダンジョン実習は「ゼノン・ダレス、S級魔物を単独討伐」という、偽りの凱旋(がいせん)と共に幕を閉じた。

そして、僕の「無能」の仮面は、学園最強の聖女様の手によって、今、静かに剥がされようとしていた。

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