焔のヒーロー 剣と魔法の世界で、スキルも魔法も使えないけど焔の異能で戦い抜く
兎
序章 ???編『焔の黒剣士とその仲間達』
第0話 焔の先に立つ者たち
西方領の国境沿い。
空は赤く染まり、風は焦げたような匂いを運んでいた。
戦乱の火種が、ついに爆ぜようとしている。
崖の上に立つ少年――カイ・アグニスは、焔を背に静かに戦場を見下ろしていた。
彼の焔は、魔法でもスキルでもない。
感情と想像力で操る、制度の外にある異能。
その焔が、彼の背で静かに揺れていた。
「……始まるな」
カイの言葉に、背後から拳を鳴らす音が返ってくる。
「せやな。空気がピリついとる」
シエラ・イバラキ。
赤みがかった茶髪のショートヘアを風に揺らす拳士。
ニホンという異世界の血を引く彼女は、関西訛り混じりの言葉で場を和ませる。
「前に出すぎやで、カイ。落ちたらうちが拾いに行かなあかん」
「落ちても、焔で浮けるって」
「せやけど、浮いた先が敵陣やったら笑われへんで」
「……それは困るな」
「ほんまやで。あんた、昔から無茶する癖あるんやから」 「……昔って、あの時か?」
「せや。初めて会った任務。背中預けて戦った時とか特にそうやったわ」
カイは、少しだけ目を伏せた。
あの依頼。
敵に囲まれた峡谷で、誰もが逃げ腰だった中、シエラだけが俺の焔を信じて前に出た。
背中を預け合ったあの瞬間が、今の絆の始まりだった。
「……あの時は助かったよ」
「礼なんていらん。うちは、信じたもんに拳を預けるだけや」
ふたりのやり取りに、彼の最初の仲間、リゼ・コードが静かに割り込んだ。
紫がかった黒髪が、夕陽に照らされて艶めいている。
魔法生物である彼女は、術式も詠唱も持たず、ただ“見た魔法”を解析し、再現する。
「カイが落ちるなら、私が風魔法で支える。解析済みだから」
「いや、落ちないから」
「でも、万が一で落ちたら困る。……カイが傷つくの、嫌だから」
「……リゼ」
リゼは、ほんの少しだけ微笑んだ。
その笑顔は、どこか危うく、どこか愛おしい。
「ほんま、あんたら見てると青春やな」
シエラが腕を組んでくる。
「うちも、カイとはそこそこの付き合いになるけど、あんたの執着には負けるわ」
「シエラがカイを好きなら、シェアしてもいいよ」
「はあ!? いや、うち別にそういうんちゃうし! ……たぶん」
「じゃあ、好きになってから考えて」
「なんで前提が“好きになる”やねん!」
その掛け合いに、もうひとりの少女が割って入った。
「ふふ、相変わらず賑やかだね。カイの周りは」
ステラ・ミリストラーノ。
真っ黒なセミロングの髪を揺らし、ボーイッシュな装いの女の子。
彼女は、かつてカイの前に立ちはだかり、“ファン”を自称していた。
今ではパーティーメンバーとして落ち着いているが、その奔放さは健在だ。
「カイの癖、今日も出てるよ。左足に重心寄ってる。緊張してる証拠」
「……よく見てるな」
「当然だよ。私はカイの全てを知ってる女だから。リゼよりも、カイ自身よりも」
「それは……ちょっと怖いな」
「怖くてえっちなのが、私の魅力でしょ?」
リゼが、少しだけ眉をひそめる。
「ステラは、カイに触りすぎ」
「リゼは、カイに執着しすぎ」
「私は、カイの隣に立ちたいだけ」
「私は、カイの背中を見ていたいだけ」
シエラが、ため息をついた。
「うち、なんか普通やな……」
「実際、シエラが一番まともだと思う」
「それはそれで何か複雑やわ!」
ステラが、シエラの肩をぽんと叩く。
「でも、シエラの拳は頼りになる。カイが無茶した時、止められるのはあんただけ」
「せやろ? うちは常識人やからな」
「常識人が“せやろ”って言うかな」
「言うわ!」
リゼが、ふたりのやり取りを見て微笑む。
「シエラとステラ、仲良いね」
「うちはツッコミ役やからな。ボケが多いと忙しいわ」 「ボケって、私のこと?」
「せや」
戦場の俯瞰して見れる崖上でそんな漫才をしている彼らだが、空気を静寂が包む。
じゃれ合いは終わり、そろそろ戦いが始まるんだ。
カイは、焔を灯して何時でも戦闘に入れる様にスイッチを切り替える。
「……戦場で、誰かを守る。それが、俺の焔の使い方だ」 「ヒーローの焔、やな」
「……ああ。赤いマフラーのヒーロー。レンが語ってくれたヒーローの物語」
カイは、首元のマフラーを握った。
赤い布地。
10歳の誕生日に贈られた、彼の“夢”の象徴。
風が吹いた。
戦場の気配が、崖の下から迫ってくる。
「敵軍は三千。こっちは傭兵団とギルド連合で千五百。数じゃ負けてる」
カイが状況を確認するように言うと、シエラがすぐに応じた。
「でも、質はこっちが上。魔法使いの層も厚いし、前衛も揃ってる」
「問題は、“黒の術士”やな。王都の枠外技術を使うって噂の」
「……枠外系統か」
カイの焔が、少しだけ揺れた。
リゼが、カイの隣に立つ。
「私が解析する。見れば、使えるかもしれない」
「でも、特殊系統はそもそも解析できない可能性もあるだろ」
「それでも、カイの隣に立ちたい。……それが、私の夢だから」
ステラが、カイの背中に手を添える。
「カイがヒーローでいる限り、私はその姿を見続ける。それが、私の幸せ。……それ以上のことも、もちろん望んでるけどね」
「……ステラ」
「なに? 今夜、一緒に寝る?」
「「却下」」
リゼとシエラが同時に言った。
ステラは肩をすくめて笑う。
「ほんと、仲良しね。リゼとシエラ」
「うちは、リゼのこと嫌いやないからな。ちょっと変わってるけど、根はええ子や」
「シエラは、カイのことになると真っ直ぐだから、好き」
「ありがと。……でも、ステラはちょっと危ないわ」
「えっちなのは正義よ」
赤い光が、俺の首元のマフラーを照らす。
「レンがいなかったら、俺はここにいない。でも、レンを奪った炎も、俺の中で燃えてる。復讐の焔と、ヒーローの焔。……どっちを選ぶかは、まだ決めてない」
リゼは、そっとマフラーに触れた
。
「私は、ヒーローの隣に立ちたい。復讐じゃなくて、守るために」
シエラも、拳を握った。
「うちも、誰かを守るために拳を振るう。それが、うちの流儀や」
ステラは、焔を見つめながら言った。
「私は、ヒーローの焔が燃える限り、その熱を感じていたい。それが、私の生き方」
風が、三人の髪を揺らした。
俺は黒剣を握り、焔を纏わせる。
「……行こうか」 「せやな」 「うん」 「もちろん」
そして、四人は崖を越え、戦場へと歩み出した。
その瞬間、俺の胸に、過去の記憶がよぎった。
森の奥で、俺に焔を灯してくれた魔人族の女性――レン。 彼女が語ってくれた、赤いマフラーのヒーローの物語。
「誰かを守るために、焔を使えるようになりたい」
そう言った幼い自分の声が、風に混じって聞こえた気がした。
焔は、まだ揺れている。
復讐の炎も、夢の炎も。
そのどちらでもない、自分だけの焔を―― カイ・アグニスは、これから見つけていく。
そして物語は、俺ががまだ幼かった頃―― 魔人族のレンと出会い、焔を灯されたあの日へと、静かに戻っていく。
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