第12話 焔を隠す少年
試験当日の朝、街は霧に包まれていた。
石畳が濡れ、空気が冷たい。
俺は赤いマフラーを巻き直し、ギルドの扉をくぐった。
「仮登録者、カイ・アグニス。試験任務に出発する」
受付の女性が淡々と告げ、俺に小さな封筒を渡した。
中には、依頼書と地図。
内容は――「街外れの廃屋に潜む魔獣の調査と排除」。
「単独任務?」
「ええ。初級とはいえ、実力を見せてもらうわ」
その言葉の裏に、“異能者かもしれない少年”への試すような視線を感じた。
冒険者登録試験にはいくつか種類がある。
それは街の住人と余所者の違いだ。
俺の様な余所者の場合、人間性もその能力も不明だから簡単に冒険者登録をして身分を保証してしまうと街の治安が悪化してしまうかもしれない。
その為、身分がはっきりしている住人の試験は簡単な雑用依頼や街の困りごとの解決。
余所者には、E級以上の冒険者が行う討伐依頼を試験として、行わせる感じだ。
試験用の依頼を受け街を出て、森の縁を歩く。
焔は、手袋の下で静かに揺れていた。
「使うな。見せるな。恐れられるだけだ」 そう言い聞かせながら、廃屋にたどり着いた。
中は暗く、埃と獣の匂いが混じっていた。
足音を殺して進むと、奥の影が動いた。
気配を殺して、身を潜めるのは森の中で生きる者には常識だ。
「グルル……」
牙を剥いた魔獣――小型の牙狼種、パップウルフだ。
サイズとしては、他のウルフ種と比べて小さいが群れを作り、集団行動を取るのが得意な種族。
この廃屋にいたのは、まだ比較的小さい群れらしい。
俺は短剣を構えた。
「焔を使わずに、やれるか……」
パップウルフが飛びかかってくる。
紙一重でかわし、足を狙って斬りつける。
だが、小さく動きが速い。
何度もかわし、斬り返すが、決定打が入らない。
「……くそっ」
苦戦していると俺は足を滑らせ、背中から倒れた。
パップウルフが俺に跳びかかる――その瞬間、手のひらが熱を帯びた。
俺は、息を吸い込んだ。
そして、短く、魔法名だけを口にした。
「ファイアージャベリン」
焔が、複数の槍の形を成して弾けた。
赤い炎が鋭く伸び、パップウルフ達を貫く。
廃屋の壁が焦げ、空気が震えた。
ギリギリ生き残ったパップウルフ達は悲鳴を上げて、散り散りに逃げていった。
俺は、焔の残滓を見つめた。
それは魔法のように見えた。
でも、あれは“焔”――俺の異能だ。
「……偽装、成功。詠唱だけで誤魔化せたか」
焔を魔法に見せかけるには、形と発動のタイミング、そして“詠唱”が鍵になる。
俺はそれを、二年かけて練習してきた。
何でこんな事が必要なのか。
異能は、魔法と違って直接感情や心で制御する想像の力。
故に、迫害の対象であり、魔導法と言う秩序あるこの世界では、制御の効かない可能性のある代物は処理か管理下に置かれる。
なるべく、処理なんて結果にならない様に制御する為と言う事と出来れば異能だとバレない様に魔法に偽装する必要があると考えて練習したんだ。
その中でも、ファイアージャベリンは実際に存在する火属性魔法だから簡単だった。
ギルドに戻ると、受付の女性が俺を見て、軽くうなずいた。
「報告書、確認したわ。魔獣は一部逃走、任務完了。初任務としては上出来ね」
彼女の声は、少しだけ柔らかかった。
「ファイアージャベリン、詠唱だけで発動したって記録があるけど……魔法の制御、かなり鍛えてるのね」
予想通り、試験官的な人が戦闘を見ていたのか。
偽装で攻撃して正解だったみたいだ。
俺は肩をすくめた。
「まあ、ちょっと訓練しただけです」
「ふふ、謙虚な子ね。次の任務、期待してるわよ」
その夜、広場を歩いていると、あの少女がいた。
紫がかった黒髪のロング。
人形のように無表情で、噴水の水を見つめていた。
「……また会ったね」
俺が声をかけると、少女はゆっくりとこちらを見た。
「焔の匂いが、強くなった」
「……気のせいだよ」
少女は何も言わず、ただ俺を見つめていた。
その瞳に、何が映っているのかは、まだ分からなかった。
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