第4話 森の冒険と焔の試練

その日は、朝から森がざわついていた。

風が強くて、木々がざわめいて、空気がいつもより湿っていた。

レンはエンの実を煮ながら、ちらりと窓の外を見て言った。


「今日は、森の奥には行かない方がいいかもね。風が荒れてる」


でも、俺はどうしても行きたかった。

“月影草”を見つけたかったんだ。

レンが好きな白い花。

誕生日でも記念日でもないけど、ただ、喜ばせたかった。

前の頃より、成長したし今なら行ける!と根拠のない自信を持って飛び出した。


「レン姉、俺、ちょっとだけ行ってくる!」


「カイ、待って――」


レン姉の声を背に、俺は小屋を飛び出した。


森の奥は、思った以上に暗くて、風が木々を揺らしていた。

でも、俺は怖くなかった。

だって、レン姉がいつも言ってた。


「カイは強い子。焔のように、まっすぐで、優しい」


その言葉を胸に、俺は草木をかき分けて進んだ。


谷に出たのは、偶然だった。

木々の隙間から差し込む光が、白く輝く花を照らしていた。


「……月影草だ!」


咲いている所を初めて見た俺は見つけた興奮と共に駆け寄った。

その瞬間、足元の岩が崩れた。


「――っ!」


体が浮いた。

次の瞬間、俺は空を飛んでいた。

いや、落ちていた。

谷底へ、真っ逆さまに。


風が耳を裂き、視界が回転し、心臓が喉までせり上がった。

地面が迫る。

俺は咄嗟に手を前に出した。

すると、焔が――俺の手から、ふわりと立ち上がった。

焔が俺の体を包み、落下の衝撃を和らげた。

それでも、地面に叩きつけられた痛みは、全身を貫いた。


「……っ、痛……」

足が動かない。

くじいた。

いや、折れてはいない。

でも、立てない。

辺りは暗く、冷たく、エンの実の匂いも届かない。

俺は、泣いた。  


「レン姉……」

声は風にかき消された。


どれくらい時間が経っただろう。

空は少しだけ明るくなっていた。

そのとき、遠くから声が聞こえた。


「カイー! どこー!」

レン姉だ! 俺は焔を掲げて、叫んだ。


「ここー! レン姉、ここだよ!」


焔が空に向かって伸び、谷の壁を照らした。


しばらくして、谷の上にレン姉の姿が見えた。

彼女は俺を見つけると、目を見開いて叫んだ。


「カイ! 動かないで!今行くから!」


彼女は谷を飛び降りて来て、俺を抱きしめた。

成長した魔人族の力は凄いらしい、こんな深い谷でも足場がいくつかあればそこに飛び移りながら早く降りられるんだから。


「もう……心配したんだから」


その腕は、いつも通り温かかった。

俺は泣きながら、月影草を差し出した。


「ごめんなさい………。これ……お姉ちゃんに、あげたかった」


レンは驚いた顔をして、軽く俺を叱った。

でも、それから優しく笑った。


「カイ、心配かけて!二度とこんな危ない事しちゃだめだよ!」


「でもありがとう、カイ。最高のプレゼントだよ」


綺麗な笑顔だった。


その夜、俺の焔で作った焚き火の前でレンが言った。


「カイの焔は、優しいね。誰かを照らすために燃える焔だ」


この時のレン姉の笑顔が美しくて、愛おしくて、大切だと感じた。

俺はその言葉とレン姉の笑顔を、ずっと忘れないと思った。

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