第3話 灰色の腕と焔の匂い

俺が物心ついた頃には、すでにレンがいた。

灰色の肌に黒い瞳、額には小さな角。

絵本に出てくる“魔物”に似ていたけど、俺にとっては世界で一番優しい人だった。  彼女の腕はいつも温かくて、抱きしめられると胸の奥がぽかぽかした。


「カイ、寒い? エンの実、煮てあげるね」


そう言って、レンはいつもエンの実を煮込んでくれた。

真っ赤な果実で、触るとピリッとする。

でも、レンが作ると甘くて、体の芯から温まる味になる。


レンの手伝いといえば、焔の実を洗ったり、花を摘んだり、薪を割るくらいだ。

狩りや森の外への釣りとかはまだ手伝わせてもらっていない。

それでも、レンはいつも褒めてくれた。


「カイはえらいね。お姉ちゃん、助かっちゃった」


その言葉が嬉しくて、もっと頑張ろうと思った。


ある日、森の奥で迷子になったことがある。

レンの為に、夜に家を抜け出して月影草を探していたら、道がわからなくなって、泣きそうになった。

そのとき、遠くからレンの声が聞こえた。


「カイー! どこー!」


俺は声のする方へ走った。

レンが見つけてくれたとき、彼女は泣いていた。


「もう……心配したんだから」

俺は抱きしめられながら、初めて“守られている”って感覚を知った。


夜になると、レンは焚き火の前で物語を読み聞かせてくれた。


「昔々、焔を操るヒーローがいてね……」


その話の主人公は、いつも誰かを守るために戦っていた。

幼い俺はそのヒーローに憧れた。


「俺も、焔のヒーローになる!」

そう言ったら、レンは嬉しそうに笑った。


「うん。カイなら、きっとなれるよ。でもね、ヒーローって、強いだけじゃだめなの。優しくないと」


その言葉が、ずっと心に残っている。


ある晩、焚き火の炎が俺とレンの手を暖める様に覆った。

レンは驚いた顔をして、


「……カイ、あなたの焔は、優しいね」


俺は何もわからなかったけど、レンの言葉が嬉しくて、炎が好きになった。


レンとの日々は、静かで、あたたかくて、少しだけ不思議だった。

彼女は人間じゃない。

俺も、普通の人間じゃない。

でも、そんなことはどうでもよかった。

俺にとって、レンは“お姉ちゃん”だった。

世界で一番、大切な人だった。

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