第8話真夜中の牢獄
月明かりが牢の鉄格子を照らしていた。
怖いほどに静まり返った地下牢――その沈黙を破ったのは、どこからともなく響く断末魔のような悲鳴だった。
「……っ!」
思わず身を強張らせる。
ツカ、ツカ、と足音が響く。石畳を踏むたび、冷たい音が胸を刺した。
(来る……?)
息を呑む俺の前に、やがて現れたのは――。
「……リゼット?」
月光の下、立っていたのは彼女だった。
その姿を見た瞬間、全身の力が抜ける。
「な、んだ……お前か」
安堵した途端、リゼットの目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「っ……カイル様が……帰ってこなくて……! お城に行ったら……捕まったって聞いて……!」
嗚咽混じりの声に、胸が締めつけられる。
手を伸ばそうにも、鉄格子がそれを阻む。
こんな時に限って、何もしてやれない。
「だいじょうぶだよ。俺は何もされちゃいない」
「……ほんとうに?」
「ああ。だから泣くな、リゼット」
しばらくしてようやく涙が止まると、彼女は小さく息を整え、鉄格子にそっと手を添えた。
――キィン。
一瞬で、鉄が白く凍りつく。
霜が音を立てて広がり、冷気が頬を刺した。
次の瞬間、リゼットは飴細工を砕くように鉄を指先で割った。
(……鉄って、冷やすと割れやすくなるって聞いたけど……まさかここまでとは)
呆気にとられる俺をよそに、リゼットは牢の中へと入り込み、そのまま俺に抱きついた。
「ちょ、ちょっと待て……さむっ! おまっ、冷気がっ……!」
「これで、寒くありませんね」
そう言って、リゼットは甘えるようにぎゅっと右手を握り締めてきた
「まったく……」
俺はため息をつきながら、リゼットの頭を軽く撫でた。
リゼットはうれしそうに小さく頭をフリフリと揺らす。
牢屋を出ると、地下牢の入り口近くで、氷の塊になった兵士が立っていた。
叫ぼうとした姿のまま、完全に凍りついている。
「……これ、殺してないよな?」
恐る恐る聞くと、リゼットは少し誇らしげに答えた。
「はい。生きるための罪は、死で償ってはいけないと教えられましたから」
誇らしげにそう答える
「そ、そうか……」
「この氷、解いてやってくれ」
少し不満げな顔をしたリゼットだったが、素直に手をかざした。
氷が白い蒸気を上げながら溶けていく。
やがて兵士がゆっくりと倒れ込み、寝息を立て始めた。
「……よかった。ほんとに生きてる」
そう胸を撫で下ろしながら、俺たちは階段を上り、地上へ向かった。
そこには――無数の氷像。
廊下に、広間に、兵士たちが立ったまま凍りついていた。
「……お前、これ全部ひとりでやったのか?」
「はい……」
リゼットが恥ずかしそうにうつむく。
「いや、褒めてないんだけどな……」
どうやら地上では大騒ぎになっていたらしい。
地下にいたせいで気づかなかったが、城中が戦場のようだった。
「仕方ない、ひとりずつ氷を解いてやるか」
そう呟きながら、俺は順に氷を溶かしていった。
だが――王座の前で手が止まる。
玉座に座ったまま、王が氷漬けになっていた。
右手を突き出し、何かを命じるような姿勢で。
「……しょうがねえ。助けてやるか」
そう言って近づいた瞬間、全身に“ノイズ”のような違和感が走った。
目を凝らすと、王のうなじに――黒い鱗が、一枚。
「……これは」
背筋が凍る。
黒龍病――あの呪いの症状。
「リゼット、今魔力は残ってるか」
「はい、残っています」
「王を助けるぞ」
「どうしてですか?」
リゼットが眉をひそめる。
「俺はずっと、王女が黒龍病の感染源だと思ってた。だが違う。原因はこいつだ」
「……王が、感染源?」
「ああ。この呪いを解かなきゃ、また誰かが感染する。そうなれば、振り出しに戻るだけだ」
「……わかりました」
リゼットは静かに頷き、両手を組んで魔力を放つ。
白い光が王を包み、黒い霧が逃げ場を失うように震えた。
だが次の瞬間――。
「っ!?」
王の体から、黒い霧が噴き出した。
それは渦を巻き、形を変えて――巨大な龍となる。
『よくも……私の依り代を破壊してくれたな……!』
声が、直接脳を揺らす。
リゼットが即座に構え、俺の前に立つ。
「カイル様、下がってください!」
「リゼット――構えろッ!」
龍が咆哮とともに黒い瘴気を吐き出す。
リゼットと俺は咄嗟に防御魔法を展開し、倒れている兵士たちを背に庇った。
「くそっ、まずい状況になったな……!」
この度は『ただ回』をご愛読いただき、心より感謝申し上げます!【AK転生】も公開中です!あのAKを作ったミハイル・カラシニコフが異世界転生する物語です。ぜひ私のユーザーページから、次の物語も覗いていただけると嬉しいです!
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