第2話 消化

 あれから、今まで体感したことのない不安や混乱とともに色々なことが起きた。事が収束する頃には、身に起きたことを白黒映画を眺めるように他人事として消化せざるおえなかった。

 仕事を辞め、家賃の低い小さなアパートで一人飲んだくれる毎日を送ることとなった。皮肉なことに、加藤と長期に旅行するため貯めていた資金のお陰で、しばらくは収入がなくても生活していけるだけの食い扶持があったのだ。

 最初の1年程は、一人でいることがむしろ安心できたのに、徐々に人の体温を求めるようになった。気づけば、ゲイ向けの出会い系アプリを登録し数人の男とやりとりするまでに至った。

 1人目は、高梨、いや、男の身体目的であることがすぐに明白になった。あれほど嫌悪した肉体だけの関係性をすんなりと受け入れてしまった自分に混乱するも辞められなかった。

 2人目はチャット上で何度も会話を交わし、好意を持たれているのがわかると妙に自尊心が高まって安心する節があった。

 後の数人は時々連絡を交わすだけで特に関係性は発展しなかった。

 目を閉じると瞼の裏には、最後に見た加藤の顔が暗闇の中でこびりついている。もう二度と彼との関係性で思い悩むことはなくなったはずなのに、ふとした瞬間、彼の好きだった音楽や食べ物や映画を見るたびに自分に笑いかける姿が想起される。仕事で失敗して落ち込んでいる時親身になって愚痴を聞いてくれたのは、ベッドの上でとろけるような愛撫で包んでくれたのは、全て偽りのものだったのか、もう確かめる術はもうどこにもないのだから。

 故障しかけたエアコンのせいで蒸し暑い部屋の中、夕方のニュースでは、刃物で数カ所切りつけられていた死体がここらあたりの山中で発見された事件について流れていたが、高梨はテレビを観ている素振りはなく、ソファー上に横たわってぼうっと年季の入った天井をみつめていた。ニュースは次へ次へと移り変わり、天気予報のコーナーに切り替わると、スマホの着信音が2,3鳴った。これまでチャットのやりとりだけを繰り返していた男から、会ってみたいという熱烈なメッセージが送られてきたのだった。ただの口説き文句ではなく、具体的な場所が指定されていることから本気なのだと悟った。会う理由も見当たらないが、会わない理由もわからず、しばらくメッセージの画面を眺め返信した。

 

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