二面性こんぷれックス
超越さくまる
プロローグ
風呂に入りながら、天音はため息を吐く。
体が弱い事もあり大した筋肉量ではないがそれでもある程度は筋肉の付いた、男らしい体つき。中性的とは言え、男子に見えてしまう顔立ち、男子であると主張する部分。風呂から出て履くパンツからなにからなにまで、男であることに。
だがそんな悩み、思春期の高校生が親に打ち明けられるわけもなく、ほとんど一人で抱えていた。
風呂から出た小森天音はベッドに入り、また憂鬱な気分になりながら、眠りについた。
翌日、今日も学校かと天音は少し憂鬱になりながら制服に着替える。ネクタイを締め、崩れた前髪を軽く整え肩まである男子にしてはだいぶ長い髪をハーフアップにまとめる。
前から見れば中性的な男の子、後ろから見れば女の子、そんな雰囲気だ。
セットが終わった頃、インターホンが鳴る。
「はいはーい」
でなくともわかる、いつもこの時間にやって来る幼馴染の宮原琉璃だ。
出ると今日も彼女はばっちりメイクを決め、スカートも短くして青春を謳歌している可愛い女子高生だった。
「おはよ、あまっち。今日も可愛いねぇ」
「うるさいなぁ」
彼女の言う可愛いは、小さくて可愛いという意味だ。
一個上の琉璃は両親の背が高い事もあり、天音よりも十センチほど背が高い。それに加え顔もよく、彼女は現役女子高生モデルとして活躍している。
体が弱くてやめたが、昔は瑠璃を追いかけて一歩でも近づこうと劇団に入り、そしてドラマのワンシーンでだが共演もしたものだ。
そんな天音からすれば憧れを抱くような存在から可愛いと言われても、すでにその意図を知っているのでなんだか素直に喜べないのだ。
「そういうところも可愛いなぁもう」
そう言ってわしゃわしゃ撫でる、なんてことはせず彼女は髪が崩れないよう優しく髪を撫でる。そういうところがあるから、いつも拒否しきれない。
「さて、今日のあまっち成分も摂取したし行こー」
「はいはい……」
琉璃に振り回されながら、今日も今日とて登校する。
学校に着くと、隣に琉璃がいることで必然的に天音にも視線が集まる。天音が琉璃と同じ高校に進学してまだ一ヶ月、だがその一ヶ月間毎日一緒に登校しているので、「あの二人相変わらず仲いいね~」なんて言われているのが聞こえる。
「じゃあ、またお昼ね」
そうやって階段で別れるのも、小学生の頃からの日常だ。
琉璃と別れて天音が教室に入ると、席が近くよくつるんでいる男友達――赤坂隼人が「今日も可愛いな~」なんて挨拶代わりに言ってくる。僕が求めているのはそういう可愛さじゃない、とは口に出さず、鬱陶しそうに「うるさい」と返して席に着く。
「天音、今日も琉璃先輩と登校か?」
「そうだよ。いつも迎えに来るからね」
「いいなぁ、ほんと何回羨ましいって言えばいい事か」
「いいじゃん隼人は彼女いるんだし。僕は別に付き合ってるわけでもないんだから」
まあ、付き合いたいかと言えばそういうわけではないのだが。
「その辺謎だよなー。あんだけ仲良くてなんで付き合ってないんだ?」
「なんでって、お互い恋愛感情がないからじゃないかな?」
「やっぱ幼馴染だと恋心なんてわかないもんなのか?」
「少なくとも、僕はないかな。まあ、憧れてはいるけど」
モデルとしてきらきらしているあの姿や、女子らしい容姿や声。それに女子としてのあの人気。すべてが天音にとっては理想の姿なのだ。
「そんなもんなのかー。けどお前に関しては結構羨ましい距離感だけどな?」
「そう?」
「普通幼馴染でも異性じゃあの距離感はないだろ」
言われてみれば、そうかもしれない。登校する時手を繋ぐ事がたまにあるし、人前でよく撫でられたり、人気が少なければ見られてないからとぎゅっとハグをされることもある。
「まあ確かに、距離感はすごい近いかも」
「俺らでも場所弁えるぞ?」
「僕も弁えてるつもりだけどね、向こうから来るんだよ」
「お前の事大好きだなー。姉弟って感じだけど」
「困るくらいにね」
そうこう話しているうちに、いつの間にかHRの始まる時間になっていた。先生の話を右から左に聞き流し、その流れで担任が担当する教科の授業が始まった。
午前の授業が終わると、いつも天音は中庭に行く。隼人は彼女と食堂で食べるので、いつも別々だ。
「あまっちおそーい」
中庭に着くと、すでに琉璃が弁当箱を膝に乗せて待っていた。
「琉璃姉の方が教室近いんだから仕方ないじゃん」
「ま、許してあげるけど。ほら、早くここ座って」
天音は琉璃の隣に座る。前はここに割って入って琉璃と話そうとする輩もいたが、最近はめっきり見ない。それだけ、二人の仲が学校中で話題になっているのだろう。
よく付き合っているとかなんとか言われるが、決してそうではなく、そしてこの昼の時間だって、そんな雰囲気すらない。
会話の内容は他愛もないもので、授業の事だとか友達とのことだとか、そんな話ばかりだ。どちらかというと、隼人が言ったように姉弟である。
「――にしてもカップルねぇ。あまっちと付き合うとか考えらんないかも」
「僕もだよ。琉璃姉は琉璃姉だし。好きって言うよりも、憧れてるから」
「普通の子なら憧れが好意になることもあるんだけどねぇ。ま、それは付き合いの長さか。あ、そういえば今日保健の授業でそういう話になってさー。男子が調子に乗って『付き合ってどれくらいでヤるんですか?』とか聞いて」
「すごい勇気だね」
「そしたら先生も乗っかって、年にもよるけど二週間だったり二ヶ月だったりって答えたの」
「答えるんだ……」
「あまっちはそういうの興味ないの? 恋愛対象としては普通に女の子が好きなんでしょ?」
「そんなストレートに聞く⁉ ま、まあ、興味は、あるけど……」
天音とて人間だし、男として育てられそう育ってきたので、興味はある。だが、そう思える相手がまだいない。現状は自分が得られなかった、女体への興味という面が強い。
「逆に琉璃姉はどうなの?」
「そりゃ興味あるよ。玩具よりいいのかなーとか、やっぱり肌を重ね合うのって幸せなんだろうなーとかさ」
思った以上に生々しい返答に、天音は顔を赤くする。ただ理想的な女性だと思っていた琉璃でもそんな事を考えているのかと驚いた。何より、玩具を使っているという事実に。
そんな中庭でするようなものではない会話をしていると、琉璃の視線がじっと天音の下半身に向いた。
「……あまっち、今日の放課後、いつもの空き教室」
それがなにを意味するのか分からないまま、天音はうん、と頷いた。
それから微妙に気まずい空気のまま昼食を終え、たっぷり撫でられてから教室に戻った。教室では悶々と琉璃の事を意識しながらぼーっと過ごし、気づけば放課後になっていた。
いつもの空き教室――誰も使わない、廊下に人が通ることすらほとんどない場所にある教室に向かう。今度は天音が先に到着したので、勝手にセットした椅子に座って琉璃を待つ。いつものように、ここで撫でまわされるのだろうか。なんて考えているうちに、琉璃もすぐ教室にやって来た。
「お待たせー。あまっち、脱いで?」
琉璃は教室に入りカーテンと鍵を閉めると、満面の笑みでそう命令してきた。お願いではなく、命令。口調や声音ですぐにわかる。
「な、なんで……」
「保健の授業、私もちょっと男の子の体に興味あるからあまっちで見とこうかと思って」
「散々一緒にお風呂入ったじゃん」
「昔の話でしょー。今のあまっちが見たいの」
「それ、わたしに頼むんだ……?」
「だって、あまっちしか頼める人いないもん」
「知ってる癖に」
琉璃は天音のコンプレックスを知っている。相談したというよりも、察して一度「そうなの?」と幼いころ聞かれたことがあるのだ。本当なら拒否したいところだが、相手は琉璃だ。
「まあ、琉璃姉なら、いいけど」
別に、上半身裸になる程度であれば大した抵抗はない。自分で見れば見るほど男だと認識させられるこの体は好きではないし、見られるのも嫌だが、恥ずかしいわけじゃない。
「相変わらず細いね~。胸以外そこらの女子より女子っぽいかも。あ、筋肉ちょっとついてる。へぇ、こんな感じなんだ。なんか新鮮」
「大した筋肉じゃないけどね」
筋肉がついている、とはいってもあくまでも最低限だけだ。大した筋肉量ではない。それでも、運動していない女子と比べれば多少は筋肉も付いていると言えるだろう。
「お腹周りはやっぱり細いねー」
琉璃は天音の腹を指でつーっと撫でながら、興味深そうに観察する。流石にそこまで見られると恥ずかしいが、琉璃にそんなことは関係なかった。
「じゃ、下も脱いで?」
「はぁ⁉」
流石にそこまで行くのは天音でも恥ずかしい。昔一緒に風呂に入っていたとはいえ、それは小学生の頃の話であり、中学生に上がってからは下着姿すら見る状況がなかったのだから当然だ。
だが琉莉は私が絶対だと言わんばかりに、勝手に天音のズボンを下ろす。
「ま、ここまで来たらあまっちだけってのも不公平だもんね」
そう言うと、琉璃はブラウスのボタンを外し服を脱いだ。キャミソールは付けていないようで、大きく実った胸を包むブラジャーが露わになった。
「な、なにしてんの!」
「あまっちも興味、あるんでしょ?」
「ある、けど……」
羨ましい、そう思った。手から溢れるほどの胸、それを包む可愛いデザインの下着、女性特有の肉付きに、腰回りの違い。天音が望んでも手に入らない、本物のそれ。
「どういう状況なの、これ」
「わかんないんだ?」
それを言われると、理解できてしまう。
琉璃はスカートのチャックを外してはらりと下ろし、下着だけの姿になった。
上下セットのデザインの下着。モデルらしいすらっとしていながらも、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる理想の体型。
見惚れていると、琉璃は優しく天音を押し倒した。
こんな状況になると、普段からくっついているとはいえ、嫌でも反応してしまう。
「へぇ、本物ってこんな感じなんだ。あまっちの以外とおっきいんだ」
「うるさい……」
方や全裸にされ、方や下着姿。
見られたくない男の部分を見られても、それ以上の感情がそれを勝手に押し殺す。
誰もいない、部活動の声が薄っすら聞こえる静かな空き教室で、男女が二人。お互い経験なんてなく、どうすればいいかは分かっていても分からない、そんな状況で、気まずい空気が教室を包む。
その気まずさを紛らわすかのように、琉璃は天音に濃厚な口付けをする。
「ちゅっ……ちゅるっ、じゅる……」
「んちゅっ……ちゅっ……」
舌が絡み合い、唾液が混ざり合う音が教室に響く。
「んはぁ、キスって、こんな感じなんだ」
「か、体に興味があるんじゃなかったの……?」
「それ以外も興味あるよ。授業の後、友達が如何に前戯がいいものかって語ってて、曰くキスが気持ちいいらしいからさ」
「確かに、気持ちいいって言うか、頭がぽーっとした、けど……」
「なら、もう一回、しよ?」
いつに増してスキンシップが過激な琉璃に気おされつつも、直前の快感が頭から離れず、あっさりとそれを受け入れた。
濃厚な口付けをしながら、琉璃は天音の下半身に手を伸ばし、それに指を這わせる。
「もう、我慢できないでしょ。私が、満たしてあげる。今日、大丈夫な日だから」
濡れた床を掃除しながら、天音はつぶやく。
「女の子の体って、やっぱりすごい柔らかいんだね」
「そうだよ。私のおっぱいも、よかったでしょ」
「う、うん……」
「あまっちのもよかったよ。あまっち的には嬉しくないかもしんないけど、硬くて、熱くて、気持ちいい所に当たって」
「ほんとにうれしくない」
「じゃあ、おしりでしてみる?」
「そういう事じゃない!」
二人は結局、異性の身体への興味から初体験を済ませてしまった。
何もかもどうでもよくなってしまう様な快感。それを一度味わってしまうと、もう二度と他のものでは変えられなくなってしまいそうだ。
それに、憧れていた琉璃に沢山触れられた。手に入れられない、女子としての柔らかさや温かさ。それに、自分にはないモノ。
こうはなれないけれど、繋がった。理想の体を好きにできた、その事実と、憧れの琉璃と肌を重ねた時の幸福感がずっと脳を支配していた。
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