第11話 北壁の果て、氷原の墓標

夜明け前の王都。

空は薄い青に染まり、白銀の塔が静かに光を返していた。


その塔の頂から、ひとりの少年王が旅立つ。

白銀王エルマー・ルクス・フロース。

背には白い外套、腰には氷の紋章が刻まれた剣――〈アウルム・グレイス〉。

彼の背後に、数名の騎士たちが従っていた。


「目指すは、北壁の果て。“氷原の墓標”だ」

エルマーの声は静かだが、芯が通っていた。


騎士団長のセリーヌが頷く。

「陛下、伝承によれば、そこはかつて“最初の王”が眠る地。

 そして、“第二の封印”が刻まれた場所でもあります。」


エルマーは目を伏せた。

「クラリッサ姉上の最後の指令がそこを示していた。

 ならば、真実があるのはあの場所しかない……」



王都を離れ、彼らは凍てつく大地を進んだ。

風は鋭く、雪は容赦なく頬を打つ。

それでも誰一人、歩みを止めなかった。


道の果て、雪に埋もれた石碑が見えてくる。

そこには古代語でこう刻まれていた。


> ――“罪を継ぐ王よ、眠りを乱すな”




セリーヌが眉をひそめる。

「これは……警告文?」


エルマーは手袋を外し、石碑に触れた。

氷の中から、低い響きが伝わってくる。

――まるで、誰かが呼んでいるように。


「……開け」


呟いた瞬間、石碑が音を立てて割れた。

雪煙の中に、暗い階段が現れる。

地下深くへと続く、“氷の墓”への道。



内部は冷たく、静まり返っていた。

壁一面に王家の紋章が刻まれ、

その一つひとつが氷の封印によって輝いている。


やがて、広間の中央にたどり着く。

そこには巨大な氷柱が立ち、

中に――ひとりの男が眠っていた。


白い髪。鋭い頬。

その姿はまるで、鏡に映したエルマー自身のようだった。


「……誰だ、これは」


セリーヌが息を呑む。

エルマーは、氷の中の男に近づいた。


その瞬間――

空気が軋み、氷の棺にひびが走る。


「ッ!」


氷が砕け、冷気が吹き荒れた。

雪煙の中から現れた男は、ゆっくりと目を開いた。


「……この声、この血の響き。

 まさか……我が“継承者”か。」


低く響く声。

彼の瞳は氷のように青く、冷たく輝いていた。


「お前は誰だ!」

エルマーが剣を抜く。


男はわずかに笑みを浮かべた。

「我が名は――アストレイア・ルクス・フロース。

 この王国を創り、そして滅ぼした“最初の王”だ」


セリーヌが絶句する。

「最初の……王!? そんなはずは――」


「はず、か。だが我が罪は消えぬ」

アストレイアの目に、かすかな悲哀が宿る。


「我は〈氷の巫女〉を封じた者。

 そして、その呪いを“永遠”として継がせた者でもある。

 お前たちの血に流れる“氷”は、我が契約そのものだ」


エルマーの喉が焼けるように熱くなった。

「……あなたが、この国を凍らせたのか!」


「違う。凍らせたのは――この国の“願い”だ」

アストレイアは、ゆっくりと手を掲げた。

周囲の氷が青く光り、壁に封印の文様が浮かび上がる。


「人は永遠を求めた。

 愛も栄光も、時が奪わぬ形を。

 巫女はその願いに応え、己を氷に変えた。

 だが、それを“罪”と呼ぶ者もいた。

 だから我は、彼女の眠りを守るため、王国ごと封じたのだ」


エルマーは剣を握り締めた。

「それが“正義”だと? 民を犠牲にして?」


アストレイアは目を閉じる。

「……正義など、氷の上では脆い。

 我はただ、愛した者を“終わらせたくなかった”だけだ。」


エルマーの胸が痛んだ。

姉クラリッサの姿が、脳裏をよぎる。


「あなたも……同じだったのか」


「そうだ。

 だが違うのは――お前は“終わらせるために立った”。

 我が道の果てを超える資格がある」


アストレイアが氷剣を抜く。

青白い光が広間を照らした。


「ならば示せ、白銀王。

 お前の“誓い”が真の炎かどうかを――!」


エルマーもまた剣を構える。

氷と光がぶつかり、轟音が響く。

吹き荒れる冷気の中、

二人の王の剣が火花を散らす。


その刃は、同じ紋章を描いていた。



やがて、互いの剣が砕け散った。

氷の光が消え、静寂が戻る。


アストレイアはゆっくりと跪き、微笑んだ。

「……見事だ。

 お前の炎は、もはや“罪”ではない。

 それは――希望の光だ。」


エルマーは息を切らせながらも、

その言葉に、何か温かなものを感じた。


アストレイアの身体が、光の粒になって崩れていく。


「行け、白銀王。

 この氷の世界を越え、真の春を見届けよ。

 我が魂は、巫女の眠る地で待っている。」


彼の声が消えると同時に、

墓標全体が崩れ始めた。


セリーヌが叫ぶ。

「陛下、ここはもう持ちません!」


エルマーは頷き、出口へと走る。

背後で氷の棺が砕け、

そこから青白い光が天へと昇っていった。


――それは、王国を縛っていた“最初の封印”が解けた証。



地上へ出たとき、空が白んでいた。

北の空の雲が裂け、

久しく見なかった“陽光”が差し込む。


エルマーはその光を見つめながら、静かに呟いた。


「アストレイア……あなたの罪も、僕が終わらせる」


風が吹き抜ける。

彼のマントがはためき、白銀の冠が光を反射した。


その胸には、クラリッサの指輪が静かに揺れていた。


――そして、新たな“試練の章”が、始まろうとしていた。

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