第11話 北壁の果て、氷原の墓標
夜明け前の王都。
空は薄い青に染まり、白銀の塔が静かに光を返していた。
その塔の頂から、ひとりの少年王が旅立つ。
白銀王エルマー・ルクス・フロース。
背には白い外套、腰には氷の紋章が刻まれた剣――〈アウルム・グレイス〉。
彼の背後に、数名の騎士たちが従っていた。
「目指すは、北壁の果て。“氷原の墓標”だ」
エルマーの声は静かだが、芯が通っていた。
騎士団長のセリーヌが頷く。
「陛下、伝承によれば、そこはかつて“最初の王”が眠る地。
そして、“第二の封印”が刻まれた場所でもあります。」
エルマーは目を伏せた。
「クラリッサ姉上の最後の指令がそこを示していた。
ならば、真実があるのはあの場所しかない……」
◆
王都を離れ、彼らは凍てつく大地を進んだ。
風は鋭く、雪は容赦なく頬を打つ。
それでも誰一人、歩みを止めなかった。
道の果て、雪に埋もれた石碑が見えてくる。
そこには古代語でこう刻まれていた。
> ――“罪を継ぐ王よ、眠りを乱すな”
セリーヌが眉をひそめる。
「これは……警告文?」
エルマーは手袋を外し、石碑に触れた。
氷の中から、低い響きが伝わってくる。
――まるで、誰かが呼んでいるように。
「……開け」
呟いた瞬間、石碑が音を立てて割れた。
雪煙の中に、暗い階段が現れる。
地下深くへと続く、“氷の墓”への道。
◆
内部は冷たく、静まり返っていた。
壁一面に王家の紋章が刻まれ、
その一つひとつが氷の封印によって輝いている。
やがて、広間の中央にたどり着く。
そこには巨大な氷柱が立ち、
中に――ひとりの男が眠っていた。
白い髪。鋭い頬。
その姿はまるで、鏡に映したエルマー自身のようだった。
「……誰だ、これは」
セリーヌが息を呑む。
エルマーは、氷の中の男に近づいた。
その瞬間――
空気が軋み、氷の棺にひびが走る。
「ッ!」
氷が砕け、冷気が吹き荒れた。
雪煙の中から現れた男は、ゆっくりと目を開いた。
「……この声、この血の響き。
まさか……我が“継承者”か。」
低く響く声。
彼の瞳は氷のように青く、冷たく輝いていた。
「お前は誰だ!」
エルマーが剣を抜く。
男はわずかに笑みを浮かべた。
「我が名は――アストレイア・ルクス・フロース。
この王国を創り、そして滅ぼした“最初の王”だ」
セリーヌが絶句する。
「最初の……王!? そんなはずは――」
「はず、か。だが我が罪は消えぬ」
アストレイアの目に、かすかな悲哀が宿る。
「我は〈氷の巫女〉を封じた者。
そして、その呪いを“永遠”として継がせた者でもある。
お前たちの血に流れる“氷”は、我が契約そのものだ」
エルマーの喉が焼けるように熱くなった。
「……あなたが、この国を凍らせたのか!」
「違う。凍らせたのは――この国の“願い”だ」
アストレイアは、ゆっくりと手を掲げた。
周囲の氷が青く光り、壁に封印の文様が浮かび上がる。
「人は永遠を求めた。
愛も栄光も、時が奪わぬ形を。
巫女はその願いに応え、己を氷に変えた。
だが、それを“罪”と呼ぶ者もいた。
だから我は、彼女の眠りを守るため、王国ごと封じたのだ」
エルマーは剣を握り締めた。
「それが“正義”だと? 民を犠牲にして?」
アストレイアは目を閉じる。
「……正義など、氷の上では脆い。
我はただ、愛した者を“終わらせたくなかった”だけだ。」
エルマーの胸が痛んだ。
姉クラリッサの姿が、脳裏をよぎる。
「あなたも……同じだったのか」
「そうだ。
だが違うのは――お前は“終わらせるために立った”。
我が道の果てを超える資格がある」
アストレイアが氷剣を抜く。
青白い光が広間を照らした。
「ならば示せ、白銀王。
お前の“誓い”が真の炎かどうかを――!」
エルマーもまた剣を構える。
氷と光がぶつかり、轟音が響く。
吹き荒れる冷気の中、
二人の王の剣が火花を散らす。
その刃は、同じ紋章を描いていた。
◆
やがて、互いの剣が砕け散った。
氷の光が消え、静寂が戻る。
アストレイアはゆっくりと跪き、微笑んだ。
「……見事だ。
お前の炎は、もはや“罪”ではない。
それは――希望の光だ。」
エルマーは息を切らせながらも、
その言葉に、何か温かなものを感じた。
アストレイアの身体が、光の粒になって崩れていく。
「行け、白銀王。
この氷の世界を越え、真の春を見届けよ。
我が魂は、巫女の眠る地で待っている。」
彼の声が消えると同時に、
墓標全体が崩れ始めた。
セリーヌが叫ぶ。
「陛下、ここはもう持ちません!」
エルマーは頷き、出口へと走る。
背後で氷の棺が砕け、
そこから青白い光が天へと昇っていった。
――それは、王国を縛っていた“最初の封印”が解けた証。
◆
地上へ出たとき、空が白んでいた。
北の空の雲が裂け、
久しく見なかった“陽光”が差し込む。
エルマーはその光を見つめながら、静かに呟いた。
「アストレイア……あなたの罪も、僕が終わらせる」
風が吹き抜ける。
彼のマントがはためき、白銀の冠が光を反射した。
その胸には、クラリッサの指輪が静かに揺れていた。
――そして、新たな“試練の章”が、始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます