第14話 暁の誓約
夜明けは、あまりにも静かだった。
雪原を抜け、ようやくたどり着いたのは、国境沿いの小さな町。
かつて商人たちが往来したというその集落は、今やほとんど廃墟に近い。
クラリッサたちは、古びた石造りの礼拝堂に身を寄せていた。
壁の隙間から、淡い光が差し込む。
その光を受けながら、クラリッサは深く息を吸った。
「……ようやく、ここまで来たのね」
声には、疲労と決意が入り混じっていた。
セリナは焚き火の前で手を温めながら、ぼんやりと外を見つめる。
「でも……これからどうするの?」
クラリッサは短く黙し、ルークを見た。
彼の瞳は、まるで嵐のように燃えていた。
「俺たちは逃げ延びた。けど、終わっちゃいない。
王都を、取り戻すんだ。
王の圧政で沈んだこの国を――あんたの手で」
「私の、手で……?」
クラリッサは小さく笑う。
その笑みには、自嘲と迷いが混ざっていた。
「私はもう、“王族”じゃないわ。
父に逆らい、追放された反逆者。
そんな私が、国を救うなんて……」
「――でも、それでも信じたんだろ?」
ルークの声は低く、しかしまっすぐだった。
「誰よりもこの国のことを想っていたのは、あんただ。
だからこそ、俺たちはついてきた」
セリナも頷く。
「そうよ。もう、王族とか身分とか、そんなのどうでもいい。
あなたが“光”なんだってこと、みんな分かってる」
その言葉に、クラリッサの胸の奥が熱くなった。
雪原を駆け抜けた夜の冷たさが、少しずつ溶けていく。
――あの弟の面影が、ふと脳裏をよぎった。
雪の中、最後に交わした視線。
あれが、別れではなく“託し”だったとしたら。
「……分かったわ」
クラリッサは立ち上がる。
氷のように冷たい風が、開いた扉から吹き込んできた。
けれど、その瞳は揺るがなかった。
「私たちで、この国を取り戻す。
民が笑って暮らせる王国を、もう一度」
セリナとルークがうなずく。
焚き火の炎が、三人の顔を照らした。
その炎は小さくとも――確かな誓いの灯だった。
クラリッサは胸に手を当て、静かに囁く。
「……見ていて、エルマー。
あなたの想いを、必ず光に変える」
◇ ◇ ◇
一方その頃――北の果て、氷原の聖堂。
リリアは、氷に覆われた祭壇の前に立っていた。
その中心に、銀の光を帯びた紋章が浮かび上がる。
まるで誰かの鼓動に呼応するように、淡い光が脈動していた。
「目覚める時が来たのね」
リリアの声は静かで、どこか祈りのようでもあった。
氷の棺の中、エルマーのまつげが震える。
微かな息が漏れ、瞳がゆっくりと開かれる。
「……姉さん」
その名を口にした瞬間、
氷が一斉に砕け、光が弾けた。
天井から雪片が降り注ぎ、冷たい風が吹き抜ける。
エルマーは、ゆっくりと立ち上がった。
白銀の光がその体を包み、瞳には深い青の炎が宿っていた。
「彼女が生きている。……感じるんだ」
リリアが微笑む。
「あなたたちは繋がっているの。
血よりも深い、“運命”という鎖で」
エルマーは拳を握った。
「なら、その鎖を力に変える。
――俺は行く。王国を、取り戻すために」
その言葉に呼応するように、聖堂の奥の氷が砕け、
封じられた“王家の紋章剣”が姿を現す。
青く輝く刃が、彼の手に吸い込まれるように収まった。
リリアは静かに頷く。
「その剣は、“氷と光”の血を継ぐ者にしか扱えない。
あなたの中に眠る力を、信じなさい」
エルマーは剣を掲げ、遠い空を見つめた。
その向こうに、クラリッサがいる。
同じ空の下で、同じ未来を見ている。
「姉さん。次に会うとき――
俺はもう、迷わない」
雪原に、朝日が昇る。
白い大地を黄金色に染めながら、
二つの光が、それぞれの場所で新たな誓いを立てた。
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