#05 地獄の沙汰も友達次第

 早朝、スマホのアラームで目が覚めた。

 早起きも慣れてくると、意外に続くもんだね。


(うーし、朝食と弁当作りますか)


 朝食の準備をしながら、片手間にコップ一杯の白湯をゆっくりとすする。

 体に良いって聞いたからルーティンにしてるけど、効果あるのかな。

 まあ、とりあえず継続しとこう。


 今朝の献立は、ご飯になめこと豆腐の味噌汁、目玉焼きにウインナーとサラダ。

 寒い場所に住んでると、朝になめこの味噌汁が欲しくなる。

 体がすごい温まるし、食感もいいし。


 あ、どっちかというと小粒の方が好きかな。


(料理なんかしないと思ってたけど、まさか私が主婦みたいな生活するとはね……)


 朝食を作りつつ、二つの弁当箱におにぎりとおかずを詰めていく。

 ふっ、すっかり手慣れたもんよ。


「……おはよー、真咲ちゃん……」


 ゾンビのような足取りで、幼馴染みが台所に現れた。

 そのまま私の背後を通り過ぎ、洗面所へ向かう。


「おはよう、七海。恵麻えまのこと、起こして」


「あーい」


 朝食の準備を終え、諸々をちゃぶ台に持って行く。

 ええっと、七海はオレンジジュース、私と恵麻が牛乳。

 ……ああ、牛乳もう無くなっちゃう。うん、残りは恵麻に飲ませよう。


 冷蔵庫の中の食材も確認しつつ、家族が揃うのを待つ。

 二人の寝ぼすけがのろのろと座った。じゃ、食べよっか。


「……まさきママ、おはよー……」


「おはよ、恵麻。……誰かさんが夜更かしさせたせいで、まだ眠そうだね」


 恵麻はまだ三歳で、ボードの人生ゲームがお気に入りみたい。

 昨日は私も付き合ったけど、そのうち鉄砲撃つゲームとかやり始めるのかな……。

 

「ぎくっ。 そ、それじゃ三人そろったし、いただきまーす!」


 七海は目玉焼きに醤油をかけてご飯に乗せ、むしゃむしゃ食べ始めた。

 そして味噌汁を一口飲んで、穏やかな顔になった。


「おほー、やっぱ真咲ちゃんの作る味噌汁は最高だねえ。恵麻もおいしい?」


「うん。まさきママのつくるごはん、すきー」


「そっか! ……じゃあ、私の作るごはんは?」


「……ななみママのは、びみょうかも」


「ぶっ……!」


 思わず味噌汁を吹き出しそうになった。危ねえ。

 子供は正直って聞いたけど、本当なんだ。


「ちょっ……実の母親に、あんたねえー!」


「えへへっ」


「ほーら、さっさと食べる。七海は仕事、恵麻は保育園。しっかりお勤めしてきなさい」


「「はーい」」


 七海が出勤した後、恵麻を保育園に送り届けた。

 ──はい、朝のお仕事終了っと。

 いやはや、専業主婦も楽な仕事じゃないね、全く。




 お昼ご飯を食べながら、テレビのチャンネルを適当に変えていた。

 するとテレビの中に偶然、見知った顔を見付けた。


 あれっ! あんた、あの夢追い人の同級生じゃん!


 ミステリー小説の大賞を受賞したらしく、インタビュー映像が流れていた。

 すっかり髪も黒くなっちゃって、まあ。

 

 あれから三年経ったし、当たり前か。


(……良かったね、おめでとう。今度、本屋に行ってみようかな)


 洗い物を終え、一息つく。

 ──この三年、色々あったなあ。いや、本当に。

 恵麻を迎えに行くまでの間、今までのことを振り返る。


 私たち二人が行動を起こしたのは、高校を卒業してからだった。

 流石に卒業前に失踪となると、世間体的にもちょっと……だし。


 だけど、問題が発生した。高校在学中、七海の妊娠が発覚。

 本人はパニックになったけど、なんとか落ち着かせた。

 産むという選択をしたのは、七海。何を言っても譲らなかった。


 弟と妹に対する罪滅ぼし──なんだろうか。

 その辺りについては、まだ聞けてないけど。

 自分だけが気楽に生きるなんて許せない、的な?


 父親については、分からない。

 一応、うちの父親では無いみたい。

 なんかあいつ、パイプカット済みらしいし。


 ……もう知らんわ、あんなの。


 ただ、その事実に私は安心した。

 もしあいつの子供だったら、一緒に暮らすなんて出来なかったと思うから。


 私たちの預金残高にはある程度余裕があったし、なんだかんだでうちの家族が支援してくれた。

 高校卒業後、地元から遠く離れた場所で七海は恵麻を出産。

 恵麻がある程度大きくなってから就職先を探して、町工場の事務員として働かせてもらっている。


 ……私はまあ、専業主婦やりながらデイトレでちょっと稼いでますよ、と。


「よし、そろそろ恵麻を迎えに行かないとね。今日は七海の給料日だし、肉食うか、肉」


 ママさん連中との仲良しごっこもあるので、なるべく野暮ったい格好でアパートを出た。はあ、外は冷えるよ。ったく。


 白い息を吐きながら、保育園を目指す。

 ──意外と悪くないと思うな、こんな地獄も。

 だって私たちは、選ぶことが出来たんだから。

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