#03 気持ち悪いんだよ、援交親父が

 そして週末。

 七海が出かけてから、ちょっとだけ時間を空けて。

 私は渾身のコーデを決めて街に繰り出していた。


 七海の弟と妹には、それぞれ三千円のギフトカードを渡して買収した。

 一万円にしようか迷ったけど、人様のご家庭の子供だ。

 金銭感覚を狂わせちゃいけない。七海も、そこは気を付けてるみたいだし。

 ガチャの足しにでもしておくれ。


(……うひゃあー、なんじゃこれ。ほんとに私……?)


 通りがかったコンビニの窓ガラスに映ってるその姿は、内気な私と正反対だった。


 ピンクのブラウスに、白のショートパンツ。

 ベージュのロングカーディガンを羽織って、足下は黒のブーツ。

 目元を隠すため、毛糸で出来たネイビーブルーのバケットハットを被っている。


 たまに七海からプレゼントされていたものを組み合わせてみたけど、悪くないと思う。着ている本人については、まあともかく。


 気を取り直して、尾行開始。慣れないブーツに戸惑いつつ、早足で歩いていると。


(……いた。後はまあ、見失わないように、見つからないようにっと)


 心臓が、運動した後みたいにうるさい。

 変な汗が出て、ブーツの中が早くも蒸れている。


 ──でも、やると決めたのは私だ。

 じゃあ、最後までやろう。


(ほーれ、悪い子はいねがー)


 よく分からないテンションのまま、七海の後を付ける。

 しばらくして、喫茶店に入って行った。

 私は……今ばれたら台無しだし、外で待つか。


 外から七海の座った場所をそれとなく確認すると、まだ待ち合わせの相手は来ていないようだ。

 実は、同姓同名でした──そんな可能性もまだゼロじゃない。


 ……はい、そうですよね。残念、私の父親でしたー。

 死んでくれよ、クソ野郎が。


 喫茶店の壁に持たれながら待っていると、お店に入っていくマイファザーをしっかり確認。つーかあいつ、今こっち見たよな?


(あれですか? 品定めってやつですか? お盛んなんですねえ)


 ──問題はここから。

 中学生とか高校生のカップルみたいに、駄弁って解散は無い。

 ヤることはヤるはず。

 

 ……いや、中高生もヤることヤってんのか。

 早い子は、小学生とかみたいだし。

 一体どうなってんだ、今の世の中……。


 青少年の性の乱れについて本気で憂い始めた時、動きがあった。

 七海と援交親父が会計を済ませ、退店した。


(流石に、腕は組まないか。七海のやつも大人しい格好だし、やましいことって自覚はあるのね)


 それに、あんたさあ。なんだよその格好。

 野球帽にグラサン、スカジャン&ジーンズって。

 どんだけ女子高生と会いたかったんだよ。


 今すぐ頭上に隕石でも落ちてこないかなーと思いながら、二人に付いていく。

 ……あれ、こっちはホテル街じゃないぞ。


 戸惑いながら辿り着いた先は、ちょっとした家賃がしそうなアパートだった。

 あっ、なるほど。おうちデート気分で楽しみたいとか、そういう感じっすか。


 でも、いいんですかね? 突撃しちゃいますけど、私。


 二階のアパートの一室に入った二人を確認した後、るんるん気分で階段を駆け上がった。そしてチャイムを鬼連打。

 こちとら小坊どもとゲームで連打力鍛えてんだよ、舐めんな。


 恐る恐るといった感じでドアが開かれ、出迎えたのはスウェット姿の父親。

 私が帽子を脱いで顔を見せると、とんでもない間抜け面を晒してくれた。


「……真咲、どうして」


「やっほー。……七海、中にいるでしょ? 政治家先生の言い訳答弁、リアルで聞いてみたかったんだよねえ」




 言い訳は無かった。代わりに、娘に土下座する父親がそこにいた。

 七海は……体育座りのまま俯いている。


 ──ええっと。ここからどうしよう。


(別に、こいつを断罪したいとかじゃないんだよね。……だってそういうの、意味ないって分かっちゃったし)


 無言の時間が流れる。うわ、だる。

 とりあえず、喉渇いたかも。


「ねえ、七海」


 私が名前を呼ぶと、びくりと体を震わせた。

 青ざめた顔で、怯えているみたいだった。


「冷蔵庫に、なんか飲み物くらいあるでしょ? 持ってきてよ、お願い」


「……分かった」


 ペットボトルのお茶を受け取り、半分ほど飲んだ。

 よし、決めた。こうしよう。


 ポケットからスマホを取り出し、メールを作成。

 送信すると、父親のスマホが鳴った。


「いつまで土下座してんだ、メール見ろ」


 これ以上ないってくらい、無様な中年男性の姿。

 生気が抜けた表情のまま、少しだけ落ち着いたみたいだった。


「これ、は……?」


「後でちゃんと決めたら、また連絡する。七海、帰るよ。みんなでハンバーグ作るって約束でしょ」


「う、うん」


 アパートを出る前、独り言を呟いた。


「……あんた、税金で飯食ってるんでしょ? こんな真似、二度とすんなよ」


 帰りの道を、七海と二人で歩いた。無言で。 

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