セレニアの国の物語 第一章 アルソリオのトゥヴァリ
@Sanaka14
第1話 アルソリオのトゥヴァリ
鳶色の髪の少年はトゥヴァリと名乗った。差し出した手を、掴んでもらえそうだったその時、
「ペルシュ、そいつは親なしだぜ!」
「ルーディー!」
同じ西地区に住むレニスたちが囃し立てる。二人のやり取りをずっと面白がって見ていたのだ。
「何でそんなこと言うんだ!」
ペルシュが怒鳴りつけると、
「うわっ怒った!」
「ペルシュが怒ったぞ。こえー!」
と、彼らは森の出口へ向かって逃げて行く。
「あいつら!」
「放っておけよ。慣れてるから」
トゥヴァリは無表情になり、ぷいとそっぽを向いてしまう。この子は嘘つきだ、とペルシュは思う。
このまま帰してしまったら、もう一緒に遊ぶ事は二度と無いかもしれない。
「トゥヴァリ、明日行こう。さっきの話、冒険だよ。同じ時間に、ここだからね!」
そう言って、ペルシュは驚く。いつも不機嫌と有名な少年が、すごく嬉しそうに振り向いたからだ。
髪と同じ鳶色の瞳。ペルシュはとても気に入った。
陽が落ちると、アルソリオの町中を飛び回る、丸くぼんやりとした精霊の光がよく見える。日中も光っているけれど、やはり陽が暮れてからの方がはっきり見える。
焼けた肉の香ばしさに誘われ広場へ向かうと、もうたくさんの人が集まっている。
家族を見つけて座る。大体いつも決まった場所だ。
体の大きな父、背が高くて細身の母、体の大きな姉、細身の兄、小さくて細身のペルシュ。精霊がやってくると、目の前にそれぞれに合わせた量の食事が現れる。
ペルシュは温かい肉を掴んでかぶりつく。
「あなた、どこかのルディと遊んだんですって?」
母に言われて、手を止める。さっき逃げて行った内の誰かが、母に告げ口をしたのだ。どうせレニスだろう、とペルシュは思う。
「遊んじゃいけない?」
「ルディに近付くと良くないことが起きるって、昔から言われているわよ」
「なんで? 何が起きるの? 誰が近づいたことあるの?」
ペルシュが聞いても、母は知らんぷりだ。大人は子どもの話には興味が無い。
「ん、んん。水をくれ、今日はいつもより喉が渇くんだ」
父が言うと、水の入ったコップが現れる。それから精霊が寄ってきて父の体の中に入っていく。と思うと、すぐに反対側からふわふわと出て来る。
姉のミルシュカと兄のアーチだけがペルシュの話相手をする。
「誰かがそう言ったんだから、何かあったのよ」
「近づかないに越したことはないさ」
「ルディの子ってどこで生まれたの?」
「どこだって良いじゃないか。精霊王セレニアと宮殿の方々はご存知なんだから」
「いつの間にか、どこかへ居なくなってしまうしね」
「いつの間にかって? どこへ行っちゃうの?」
三人が話し合っていると、
「やあ、こんばんは」
と、誰かに話しかけられる。
「こんばんは、ジェニマスじいさん!」
三人と両親は挨拶を返した。彼は同じ地区に住む一番年上の男性だ。ジェニマスは食事じゃない時にも広場にいるのが好きで、ペルシュやどうしようもないレニスたちに伝説の本を読み聞かせてくれる。
「私の番になったよ。今までどうもありがとう」
ジェニマスはそう言って、全員に握手を求めて歩く。
「そうですか、さようならジェニマスさん」
「こちらこそありがとう」
両親は言う。
ジェニマスの周りを精霊が飛んでいる。ぼんやりと赤い光を放っている。
赤い光は何故か恐ろしい。ペルシュは赤い精霊に近づくのが嫌だったが、唇をきっと結んでジェニマスのそばへ行った。
「嫌だよ、行かないで」
「嫌なんて事はないんだよ。みんな順番に、こうしてきたのだから」
ジェニマスはペルシュの赤毛の頭を撫でながら、穏やかに笑った。
その晩、気持ちの良い布団の中でもペルシュはなかなか眠れないでいた。
(どうして人は死んでしまうんだろう?)
精霊は人の死期を感じると、前の日の晩に赤く光ってそれを伝える。赤い精霊が寄った人はみんなにお別れを言う。ジェニマスは夜のうちに生気が抜けて、宮殿の精霊王の元に運ばれる。抜け殻は森に撒かれて動物が食べる。
その話を教えてくれたのは、ジェニマスだ。
「”人が動物を食い、動物が人を食う。大昔はそうじゃなかったらしいが、もっと大昔はそれが当たり前だった。精霊は魔法で人間を大昔に戻したのだ。“」
窓がぼんやりと光っている。白い光の精霊がペルシュを覗いている。その光がだんだんと近づいて来て、目の前いっぱいに広がっていって、頭の中のごちゃごちゃは全部、真っ白にかき消され――。
(魔法...)
ペルシュは心地の良い眠りについた。
夜が明ける。
目覚めたペルシュは身支度を整え、広場へ走って向かう。
いつもの場所に座る人影が見える。近付くと、人影はいつもより小さくて、座り方も違っていて、ジェニマスではなくて。
「レニス」
「本当に抜け殻だった」
祖父を失った少年は呟く。
昨日、ペルシュたちにちょっかいをかけていたような元気は無いようだ。
「それからパッと、消えたんだ。もう動物に食べられちゃったのかな」
「ジェニマスさんが教えてくれたことじゃないか。きっとそうに違いないよ」
そう答えながら、ペルシュはひっそりと冒険の目的を決めていた。
死んだジェニマスの体がどこへ行ったのかを探す。
居ても立っても居られない気持ちになる。何かすごいことが起きそうな感じがする。
朝食の気配にみんなが集まり始める。精霊がペルシュの体を通り抜けて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます