第38話:ザ・ラスト・ガンスリンガー

 

 ――そして、一人の男が彼等の前に現れた。男が現れた瞬間、イスタルジャ勢の半分は苦笑した。姿こそはかつて自分達を震え上がらせたレオパルド・スランジバックである。しかし手品のタネは既に明かされていた。本部から更新された情報では、今目の前に表れた男はそのクローンであり、取るに足らない存在である。先程も何かのまぐれであると。しかし、目の敏いもう半分は戦慄した。アレは何だ。あの存在は、何を抱えてやって来たのだと。両者の思いを晴らすかの様に、彼は一度その銃を向ける。


「回帰祝いの大盤振る舞いだ、受け取ってくれ」


 瞬間光は爆ぜた。魂を糧に無限の熱量が生まれて走る。轟音と共に光は爆ぜ、敵陣の半分を瞬時に蒸発させた。震える唇で誰かがそっと呟いた。


「アレは何だ?」


 それは再現だった。星の海に無敵と謳われた海賊スランジバックの伝説の。伝説は質量を持ち、今まさにイスタルジャを喰らい尽くそうとする。その光景を前にグラハムが声を漏らす。


「……そなたは、一体何になったのだ?」 


 ――声が響いたのはウォルフの手の中の〈運命の証〉が、再び煌いた直後であった。


 葉巻を咥えたのは、粗方が片付いた後だった。火を点けて、紫煙を吐き出した後に声がかけられる。


「アンタ……」


 イェサナドは、疑問の色に染まった目を向けてそこにいた。その銀髪を熱風にはためかせて。


「どうした、そんな鳩が豆鉄砲食らった様な顔して?」

「……もう一度聞くわ、一体何が有ったの?」

「何も無かったさ。強いて言うなら、葉巻の味が解る様になったぐらいだ」


 海賊は人の視線に目敏い。ウォルフは彼女が自分の腰に吊り下げられた運命の証に視線を注いでるのを感じていた。


「そなたの悪い所を一つ見つけた。そうやって都合が悪くなると、話をはぐらかす所だ」


 その声に、ウォルフは振り向いた。そこにアルベルト・フォン・グラハムがいた。消耗が激しいのか、剣から投影されるホログラムには少しノイズが走っている。


「旦那……」

「前にも言ったが人の生気には敏感でな。その身に宿った強壮な気、余には誤魔化せぬ。――そなたが何故〈運命の証〉を持っているのか、そして何故扱える様になったのか。どうか答えてくれぬか」


 彼等全員の目に映るウォルフの姿は、まるで触れてはならない蜃気楼の様に見えた。触れた瞬間、壊れそうな程か弱い存在に。


「ごめん、旦那。こいつについては何も言えないんだ」


 ウォルフはその目を逸らす。彼が今胸中に抱いていたのはただ一つ、『こんな事誰に言えというのだ』だった。誰にも言える訳無かった。これは、自分一人でやらなくてはならない事なのだ。ウォルフは後ろめたさを覚えつつ、平然を装い続ける。


「ウォルフ殿……」

「でも、一つだけ信じてくれ。きっと旦那達には悪い事は起こらないからさ」


 その言葉に込められた断絶のニュアンスを読み取り、グラハムは口を閉じた。その直後に会話に入ったのは金髪の青年だった。ピーターは青紫の瞳に困惑を浮かべている。


「一体何が有ったんだ? 言ってくれよ兄弟」

「悪いな、ピーター。お前にも無理だ」


 瞬間、ナヴァロンが震える。一体何が起こったのか。その問いの答えは、多脚戦車のコクピットから漏れる通信が教えてくれた。……ウィラードが、ナヴァロンの主砲を起動させたのである。


「……まずい」


 そのピーターの声に生気は無かった。既に内部工作班は壊滅していると言っていいだろう。このままウィラードを放っておけば、外は第三ザバービア壊滅時と同じ光景が繰り広げられる。しかし、自分達にそれを阻む力は最早無い。


《聞こえますか》


 その時、イェサナドのイコライザーに通信が入る。声は司令部のオペレーターであり、普段の落ち着いた口調とは打って変わって焦りが滲んでいる。


《現在、ナヴァロン外部ではウィラードが主砲を起動しました。チャージに時間がかかっているらしく発射までに時間はあると推測されますが、そちらの状況は?》


「今丁度脱出する所、ウォルフとノイはこちらに合流。ただし部隊の消耗度はとっくにピークを迎えているわ」


 答えたのはイェサナドだった。


《……成る程、こちらも全軍に指揮してますが通信網が復旧したばかりで間に合うかは不明です》


 イコライザーから漏れる声は苦渋に満ちていた。主砲が放たれれば、恐らく外にいる国境なき守護者の軍勢は全滅するだろう。出力が落ちていても大打撃を被るのは間違いない。彼等の中に再び絶望の空気が湧き上がった時だった。


「なら、時間稼ぎは俺がやる」


 ウォルフは、そう自ら名乗り出た。


「……アンタ、正気?」


 しばしの沈黙の後、信じられないという声音でイェサナドがそう訊ねる。


「あぁ、まったくの正気だ。ウィラードは俺が何とかしてみせる」

「待って、ならあたしも……」


 イェサナドがそう言いかけた直後、ウォルフは彼女の前に人差し指を突きつける。


「匂いで解る。ピーターやグラハムの旦那だけじゃない、……お前も立ってるのが精一杯なんだろう?」

「そんな事――」


 とん、とウォルフはイェサナドの頭を小突く。途端彼女はその場に倒れこみそうになった。


「気持ちだけ受け取っとくよ。お前も皆と一緒に逃げろ」

「一人でやれたとしてその後は? 脱出はどうするの?」

「あては有るから大丈夫だ」


 そう答えるとイェサナドは彼の手を掴み、その赤い瞳で睨み付けていた。


「あんたの目をよく知ってるわ。そいつは死にたがりの目よ、結果なんてどうでも良くてただ死に場所さえあればいいってヤツ」


 ウォルフはイェサナドの目に映った自分を見る。何かを欠いた男の顔がそこに有った。そこに彼は取り返さなければならない物を思い出す。少しの間を置いて、彼は精一杯の答えを返した。


「いいや、死ぬ気はない。約束する。何が何でも取り返さなきゃならない物も有るしな」

「何よそれ?」

「聞くのは野暮さ」


 ウォルフはそう言うと、〈運命の証〉をホルスターから引き抜く。星を焼く妖銃は彼の猛る魂を反映する様に、妖しくギラついていた。


「ヤツも俺も、勝負のケリを着けない限り何処にも行けない人間だ。でもその上で約束する、必ず勝って来ると」


 彼女の本能はそっと告げた。この男は、自分には既に止められないのだと。


「……一つだけ約束して」


 一息置いて。


「必ず帰って来て。アンタが死んだらノイは悲しむわ」


 そう言われると、ウォルフは一度虚を突かれた顔をする。


「お願いだから必ず帰って来て、あたし達じゃフォローはキツイわ」

「……そうか、この子は本当に凄い子なんだな」

「え?」

「何でもない。わかった、必ず帰る」


 ウォルフのイコライザーに通信が入る。それは何時も聞くオペレーターからの物だった。


《ウォルフ・スランジバック。……貴方一人に重責を担わせてしまい司令部一同本当に申し訳なく思っています。ですが、今この場でウィラードを止められるのは貴方しかいない》


「あぁ」


《ウィラードは中枢にいるものと推測されます。外部の様子から予測される主砲のエネルギー充填完了時間は七分。それまでに何とかウィラードに到達して下さい》


「地図は頭の中に入っている。足には自信が有るさ」


 イコライザーの先、オペレーターは一度固唾を呑んだ後その称号を口にした。それは本来レオパルドに与えられていた物である。


《ザ・ラスト・ガンスリンガー、全ては貴方に託されました。幸運を》


「――命賭けるぜ」


 そしてウォルフは走り出す。運命の証から始まり、バアルを経て綴られてきた長い物語を終わらせる為に。ナヴァロンが一度鋼鉄の轟音を上げた。

それは、彼の血を求める運命という巨大な魔物の嘶きであったに違いない。


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