第25話:テルぺ、地獄に還れ!
二〇二八年四月九日の南緯三十九度四十八分、東経一四〇度四十五分。海域は黙示録もかくやの光景が広がっていた。国境なき守護者が投入した戦力は約四万。その八割近くは予定通りナヴァロン外部に注ぎ込まれていた。
冴えた月を背にして、黙示録が更新される。
東の空からやって来た宇宙戦艦の艦隊が艦砲を怒号と共に放つ。それを機械化オーク軍団の船が直撃するが、彼等は不屈の闘志で堪えて白兵戦に引きずり込む為のワイヤーを放つ。鋼鉄の拳は空振り、五十mの巨体を誇るロボットは百八十cm弱の一人男に料理される。大技が放たれ巨人は鉄屑と化し水面に沈んだ。このカオスな光景こそが、二十一世紀に更新された最新の黙示録だ。
国境なき守護者にとって外側の戦況は芳しくなかった。次元航行システムが無くなっても、ナヴァロンは依然堅固な要塞である。またイスタルジャの投入戦力を中々削れずにいた。しかし、それでも計画通りナヴァロン内部潜入までは上手く行っていた。
この作戦において、八班メンバーは全員ナヴァロン内部に潜入していた。内部工作隊は侵入後五班に分かれて行動した。二つが本命、三つが陽動である。事前の取り決めによってグラハム・ピーター・イェサナドが陽動組に、ノイとウォルフは本命組に振り分けられた。彼等に与えられたタイムリミットは午前五時まで。脱出を含め、全てはその間に行わなければならない。
「さて細工は流々、仕掛けは上々、後は仕上げをご覧じろ」
“彼”のその一言が合図である。午前二時丁度。内部工作班がナヴァロン内部に潜入開始。しかしその五十五分後、内部からの通信が途絶。その全ては、カンタリス・テルペの開花から始まる。
テルペは二度開花する。一度目は標的の中で、そして二度目は標的の外で。
「ひ、助け、中に誰か……」
テルペのホルダー達はイスタルジャの政治工作により、極めて適切にナヴァロン内部工作班に編入された。内部工作班の一つ。彼等は仲間の内に起こった事を、戦慄とした表情で見守る事しか出来なかった。“彼”の命により、テルペは標的の体内に仕込まれた種子を中心に肉体を侵食。脊椎から脳に達するまで僅か十秒。その後は対象の遺伝子を改竄し、新たな肉体を形成。……逞しかった男の身体は縮み上がり、骨や肉がドロドロに溶け、代わりにしなやかな少女の肉を形成する。少女は腰までかかる黒い髪と、雪の様に白い肌と、化生の様な赤い瞳を持っていた。最早テルペと化した存在は、一度囁く。
「か、わ、いい子、みぃつけたぁ」
それがテルペである。
――カンタリス・テルペは、生命力を操る異能の魔女である。その肉体は種子の一つと成人男性一人分の材料があれば、例え本体が死したとしても速やかに再生する事が出来る。いや彼女も本体と言うべきだろう。個にして群。群にして個。自己同一性を捨てた悪夢の化身が彼女だ。
「んふ♪」
その一言で音も無く殺戮が起きる。内部工作班の殆どの知覚より早く、彼女はその刃を振るった。その後響くのは、手の落ちる音、胴の落ちる音、首の落ちる音。唯一生き残った彼も足を負傷。それでも彼我の距離を五mも空け、何より生きて銃を向けられたのは彼の戦闘力の高さが故だろう。
「き、貴様は死んだ筈だ! レオパルド・スランジバックに討たれて!」
彼はそう叫ぶ。テルペの見た目は年端も行かない少女だ。だがその言葉を聞くと、顔にけして少女には浮かばせる事の出来ない雌の冷笑が刻む。
「そんなかわいい事を言わないで。今丁度裸だから、どうにかなっちゃいそう。でも、そうね――」
彼女は挑発する様に黒い挑発を指で梳く。そして欲情しきった瞳で彼を見た。
「――この体は妄念で出来ているんですもの、何度でも蘇れるわ。こんな楽しそうな事、死んでたら楽しめないじゃない?」
「化物がッ……」
「ケダモノって呼んで欲しいわ。そっちの方が好みの響きなの」
三発の銃声が鳴り響く。しかし、それは彼女が手を翳すと見えない何かに阻まれ、一発一発が分断されて地面に落ちた。そして裸の彼女を追従する様に一度、黒い影が這って行く。動きは百足を彷彿としていた。黒い影は彼女の身体に纏わり付くと、そのまま黒いドレスになった。
「反応速度も凄く良い。貴方、ただ者じゃないわね? それに免じて♪」
彼女は舌なめずりをすると、奇妙な体術で彼への距離を詰めた。彼は咄嗟に回避しようとするが――
「う、動かない!?」
何時の間にか、何かをされていたらしい。身体は命令に反し、一切の行動を禁じられていた。彼女は一度大きく跳躍した後、足技を駆使して絡みつく様に彼を押し倒した。丁度、彼の顔が彼女の下腹部の下に当たる体勢へと。彼女の赤い瞳に喜悦の色が混じる。
「は、離せッ!」
「そんなワガママ言うお口は――こう!」
彼女の太股に力が込められ、彼は緩やかに窒息状態に陥っていく。呼吸が止まる瞬間を彼女はよく知っている。空気を取り込もうとして呼吸が最高頂に猛った直後、まるでオモチャが電気を切られたかの様に止まるのだ。……股の下の呼吸が止まった後、彼女はゆっくりと身体を震わせる。
「んふ♪」
少女は笑う。これから来る愉悦の時に心を躍らせて。醜悪な悪の花の開花を告げる様に。次いで彼女は立ち上がると、倒れた死体の首元に噛み付きまるで吸血鬼の様にその血を飲み始めた。そしてこの時最大の怪異がやって来る。
「きゅいッ! ――ガ、ひぃ……ひぃ」
突如彼女は自分の首を両手で掴み上げると、息を詰まらせた。まるで見えない誰かに首を絞められたかの様に。ある一点を迎えた所で、彼女は息を吹き返ししばらく荒い呼吸を繰り返した後。
「恐怖、痛み、自分の命がひしゃげ圧壊する感覚。隠し味は世界が違って会えなくなった家族の事……命ってやっぱり骨の髄まで美味しい」
そして――
「ノイちゃん、元気かな?」
あの鼻歌が、悪夢の旋律が再び奏でられる……。
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