第21話:お前の代わりなど


 ザバービアの一室。部屋に備えつけの時計は神経質に音を刻んでいる。針は午前十時を指し示していた。ノイは俯き、自分のスカートを握り締めながら立っていた。トレードマークのリボンは折れ、尻尾はゆっくりと横に揺れている。誰が見ても緊張と恐怖が全身に回っているのが手に取る様に解る。対し、彼女と向き合っているウォルフは対照的に自然体そのものだった。余裕を持った素振りで、口元には火の無い葉巻を咥えている。金色の瞳は冷静に観察と分析を重ね、ノイが何を知り得たのかを測っていた。


「あの!」


 茶髪と赤いリボンと尻尾が同時に揺れる。一度目は大声。しかし、続く言葉は徐々にか細くなって行く。


「……あの、ピーターからお話は全部聞きました」


 ウォルフはじろりとピーターの方を見た。金髪の青年はこの時ばかりは頭を抱えて項垂れていた。彼等二人以外の八班の面々もこの場にいる。


「すまない、兄弟……」

「違うんです! ピーターは何も悪く無いんです! 私が知りたいって言うたから、答えてくれただけなんです!」

「いや、全部俺が悪いんだノイ」


 彼の前に一歩出たノイだが、ピーターは彼女の右肩に手を置くと後ろに下がらせ、代わりに自分が前に出てウォルフと向き合う。


「本当すまない」


 そんな彼等の様子を見て、ウォルフはしばらく間を置いた後、口を横にして。


「……まあ、当の本人がお前を庇ってるんだから俺が怒る義理なんてないさ」

「マジでごめん」


 ピーターがそう言った直後、ノイは再び大声を張り上げた。


「あ、あの!」

「自己紹介が遅れたな。はじめまして、俺の名前はウォルフ・スランジバック。しがない宇宙海賊さ」

「はじめまして、ノイ・アーチェと言います……。あの、レオパルドさんには何時もお世話になってます」

「こちらこそ」


 左に揺れていた尻尾は、無意識にするすると右太股に絡みつく。まるで怯える心の表れかの様に。そして彼女の視線は、自然とウォルフの脇腹を沿う。そこでノイは頭を大きく下げた。


「今回の件は本当にごめんなさい! ……怪我は、大丈夫でしょうか?」

「あぁ、何とも無いさ」

「そうですか、本当に良かった」


 言葉は噛み締める様な響きだった。ノイの顔は一瞬明るさを取り戻すものの、また直に曇っていく。


「ウォルフさんは今、レオパルドさんのフリをしてるんですよね?」

「あぁ、ごめんなレオパルドじゃなくて。がっかりしたかい?」

「そんな事ないんです! ウォルフさんは、ウォルフさんじゃないですか! ただ……」


 ノイの顔が歪む。それはただひたすら、申し訳なさそうに。


「全部、……おれの所為です。元はと言えばおれがあの時に頑張ってれば、ウォルフさんはこんな苦労しなかった」


 感極まると彼女の地が覗き始めた。一人称は私からおれに。言葉は徐々に震えを帯びていき、瞳には涙が溜まっていく。その様は触れれば途端に壊れてしまう硝子細工の様。


「ナヴァロンが無ければ第三ザバービアだって無くならなかったし、レオパルドさんだって……」


 そこで、ノイは言葉を詰まらせる。顔は自然と俯いていた。何かを言わなければならないのに、彼女が声を出そうとしても胸に何かが詰まって声が出なかった。ここに来て、ノイは自分の臆病さに苛立っていた。自分にもっと勇気があれば良いのに、敵に立ち向かうのは簡単なのに、どうしてこんな時に限って自分は臆病なんだろう。……自己嫌悪は砂時計の砂の様に募っていく。


 ――そんな時だった。彼女は自分の肩に感触を感じる。顔を上げるとそこには自分の両肩に手をかけ、目線を合わせるウォルフがいた。まるで泣いている幼い子をあやすかの様に。その姿は、彼女が知るレオパルドその物であった。


「なに大丈夫さ、こんなの苦労でも何でもない。何時ものパターンさ」


 ウォルフの言葉は静かだった。そして彼の金色の瞳は、ブレずにノイを映している。


「第三ザバービアの件に関しては、きっとアイツならこう言っただろうな。『お前だけの所為じゃない。オレにも責任はある。……それでも自分を責めるのなら、けして忘れない事だ』ってな」


 この場にいる誰もが感じていた。その言葉は、確かにレオパルドなら必ず言っていただろうと。


「それに忘れているんじゃないか? レオパルドは並のヤツじゃない」


 その言葉は彼だから言えるのだろう。ウォルフの言葉は、未だ不思議な説得力が満ちている。


「ヤツは死なない。例え辿り着いたのが地獄の釜の底だったとしても、必ず帰って来て笑い話に変えたんだ」


 彼の言葉は扇動者が纏う類のカリスマ性を持って響いた。それは時に人を安心させ、時に狂奔させる性質を持つ。彼が気付くとノイの顔は少しばかり晴れていた。


「ウォルフさん……」


 その姿は、まさしくレオパルド・スランジバックその物であった。だが――


「必ず、必ず帰ってくるんだ……」


 最後のその一言だけは、隠せぬ翳りが滲み出ていた。声音は何処か自分に言い聞かせるかの様に聞こえた。

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