第12話:戦場の絆


 彼方よりやって来る気配を、ノイは闘争本能で察した。彼女の意識は殆ど闘争本能が占めていた。溢れ出る感情に理性は屈服し、抑えきれない衝動だけが今の彼女の全てだった。

 本能と戦闘経験が剣を構えさせる。そして、それはやって来た。


 高度約五千m。そのコクピットの中で彼は呟いた。


「さ、行こうか」


 そして、彼と彼女の闘いが始まる。〈怪鳥号〉に取り付けられた機銃が吼える。吐き出された青白いパルスの塊は、ノイの咄嗟に張ったバリアに防がれた。軌跡を描き、〈怪鳥号〉が通り抜ける。少女は宇宙船を落す為、追撃を開始した。


「そうだ、ついて来い」


 速度を調整しつつ、ウォルフはそう呟く。

 ――航空力学の鉄則として、生身の人間は極度の加速に耐えられない。耐Gスーツの保護が無ければ急激にかかる重力によって様々な症状を起こし、時には意識を失ってしまう。だが彼は耐Gスーツも無しに複雑な飛行を行っていた。しかも息切れ一つ見せない。

 『壁の法則』という物が有る。それは、流入現象により到来したキャラクター達に等しく起こる物理法則の改変現象である。彼等はメディアで伝えられる姿そのままで存在し続けるのだ。一時的に服装を変えたとしても、何らかの形によって結局常の状態に確実に戻ってしまう。未だ経過観察の段階だが、体の老化も著しく遅い。これは彼等が自分の姿を物語のままであろうとしているからと言われている。それと同じように、彼等は自分にまつわる逸話を再現しようとする。時に現実の物理法則まで反して。……ウォルフが急激な機動を苦にしないのも、その法則の発露と言えた。 


「もっと、もっと」


 機体は白い飛行機雲を帯びる。本来飛行機雲が発生するのは高度六千mからの高度であり、五千mでは本来なら発生しない。これもまた壁の法則の発露である。飛行機雲は空に繰り広げられる鬼ごっこが、一体どれだけ複雑な物かを黒板の板書の様に証明していく。飛行機雲は徐々に球体の様な形を作り上げていった。

 その末。一度ノイに肉薄され、一閃が放たれるが――


「前失礼!」


 それはノイの目前に現れた緑色の障壁によって阻まれる。彼女がその青い瞳を奔らせると、そこには銃口を向けたピーターがいた。彼は両手に持った二挺のコントローラーの引鉄を引き続け、ノイのフライトコースを障壁により修正し誘導していく。その隣にいるイェサナドは彼が張った障壁の上で狙撃銃のスコープを覗いていた。

 ウォルフは操縦桿を手繰ると、機体は急上昇する。


「もっとだ」


 次いで急降下。するとノイの視界から、銀の船が消える。そして、彼女は空気をかき乱す轟音と不穏な気配を感じ取った。突如、<怪鳥号>がノイの背後に現れる。機銃は吼え、再び光弾が彼女に殺到した。零戦の名で知られる戦闘機のお家芸・木の葉落とし。それをウォルフは仕掛けたのだ。

 身に着いた戦闘本能が成せる業か、彼女は殺気を辿って振り向く。刹那ノイは宙を蹴った。瞬間移動で前後の方向を変え、その場でバリアを張って足場にして跳躍。彼女はまるで闘牛の様に真正面から白銀の〈怪鳥号〉に殺到する。それを見て、ウォルフは叫んだ。


「ここだ!」


 再度の機銃掃射。ノイは脊髄反射で最適解を叩き出し、回避しつつその暴威から逃れる為距離を取った。そして彼女は目的である距離に到着した。その瞬間、ピーターがライトガンをガンマンの様に手中で一回転させる。


「ボトルの中に入りな」


 お気に入りの歌の一節を口ずさみながら引鉄を引くと、瞬間ノイの動きが極端に遅くなる。先程ウォルフへ見せたケーキの様に、飛行速度は万分の一にも落ちていた。ピーターの魔術に抗おうと、彼女は力を込めるが――


「これでブルズアイ」


 銀髪を風に揺らしながら、スコープに映るノイを見てイェサナドはそう呟き引鉄を引く。約五十mの距離から大口径の銃弾がやって来る。それは彼女が咄嗟に張ったバリアに阻まれるものの、目的を達成するには十分過ぎた。銃弾によりバリアが撹拌する。次いで彼等と対になる方角からグラハムが来た。殆ど音を立てず、彼は速やかに彼女の背後を取る。ノイが目を向けた時は何もかも遅く、幻影の男は背中に青い光を湛えた右の掌底を突きつけていた。その時、彼女は風に紛れ呟かれるその名を確かに聞いた。


「“ジョワユーズ”」


 それが彼が放った技の名である。それは雷の様に輝き、甲高い音と共にノイに直撃し辺り一面を白い煙が覆った。その時誰もが勝利を確信した。囮による陽動、魔力により拘束され、大口径ライフルの狙撃によってバリアを剥ぎ取られ、魔法によって鎮圧された。……完璧な勝利の筈だった。


「あ」


 声を上げたのはピーターである。彼には一つ悪癖があった。


「何よ、ピーター。……まさか」


 イェサナドが言葉の後半で全てを察した時にはもう遅かった。彼は早口でまくし立てる様に話始める。その悪癖は彼の出展のドラマでは『ロクでもない予言者』と仇名がつけられている。


「いや、俺こういう展開見た事あるんだ。映画でも漫画でもドラマでも、大抵主人公達の取る最善の行動の一発目ってポシャるんだよね。主人公の行動が上手く行けば行く程、悪役は大抵主人公の一枚上手の能力を持っててそれが発動した結果、途端ピンチになる。……今の状況を言えばさ」


 ピーターは青紫の目を空に立ち込める煙に向ける。


「例えば、煙が晴れた途端ノイが現れる。それも装備がちょっと汚れた位で、傷一つ負っていないとか。魔法も無力化して拘束も解ける状態だったりして……」


 それは彼が物語上で都合の悪い展開を話す時、それは高確率で現実の物になるという物だ。

 煙が晴れる。

 その未来が現実の物となったのは、彼女の前に突如現れたもう一枚の赤いバリアによってである。グラハムの掌底は直前で止められていた。次いで彼女を捕らえていた魔術が、ガラスが割れる様な音と共に破壊される。……それは自らをアピールする様に、風も無く舞い上がったノイの服の中から垣間見える。


 彼等は知っていた。その輝きの正体を、それが一体何であるか。シルエットは銃の形をしていた。一挺の巨大な拳銃だ。それはノイの逸話と反しているにも関わらず、十全にその機能を果たしていた。ウォルフが驚愕から、その名を呟く。


「〈運命の証〉……」

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