第11話:命賭けるぜ

 

 〈怪鳥号〉は定められた作戦領域へと近く。船の航行は自動操縦に切り替え、ウォルフは船内の面子とブリーフィングを行っていた。イェサナドは既に私服から黒い戦闘服に着替えており、彼が話したのは丁度彼女がブーツの靴紐を締め、ピーターがコーヒーを啜っている時だった。


「作戦内容はノイ・アーチェの捕獲。それが駄目なら撃墜。……旦那が上を説得してくれたお陰で、俺達は偵察の名目で今ここにいられる」


 ウォルフはイコライザーに送られた指示書の内容を読み上げる。


「俺達から数キロ離れた所で別働隊が待機しているが、こちらは撃墜要員だ。あの子を救うなら俺達が何とかするしかない。タイムリミットは約十分。それまでに何とかしないと、別働隊が……」

「ノイ殿は海の藻屑に、か」


 グラハムが重たい声を上げる。


「そんな事にはさせないさ、必ずな」


 彼自身も脳裏を過った最悪の想像を振り払うと、イコライザーの表示を切る。


「まず状況のおさらいだが、目標の名前はノイ・アーチェ。出典は日本のソーシャルゲーム、『アルカナム・ストーリー』だ。二〇一二年にサービスが開始され、今も稼動している。彼女のゲーム内での扱いは最高レアのSSR、作中だと才能のある剣士として知られ、同じ話の実力者から一目置かれてる存在だとか」


 一息置いて。


「彼女に出来るのはエネルギー刀身の剣、『アンタレス』による剣術。それ以外だと人間を遥かに超えた身体能力と反射神経。元のゲームだとレベルが上がれば、また別な力が使える様になる筈だが少なくとも三ヶ月前はそれ以外は使えなかった」


 ウォルフの眉に皺が寄る。


「俺達は逸話を再現し続ける存在だって『経過観察』の時に聞いた。魔法や超能力が操れたり、巨大ロボットが二足歩行で歩けるのも持っている逸話が再現されるからだと聞いた。だが、逆を言えば自分の持っている逸話に反する事は出来ないとも聞いている。

 例えば俺が魔法の呪文を唱えた所で火の玉は撃てないし、ピーターがガンマ線を浴びてもハルクになって暴れまわる事もない。書類を見る限りは、あの子の特技は剣術の才能と、卓越した身体能力以外は無い筈だ。ましてやあんな鎧の画像やバリアを張る力の記述はこの報告書の何処にも無い」


 答えたのはグラハムだった。


「うむ、その通りの認識で間違っていない。この十年で戦争の根幹は如何にこの逸話を再現するかにかかっている。だが同時に例外も存在する。この世には逸話外の事を起こす手段もあるのだ」

「それがナヴァロンか……」

「うむ。ナヴァロンに類する物。それらを手に入れた時のみ、逸話に反しこの世界の物理法則を改竄する事が出来る。例えば余がナヴァロンを手に入れれば余は操作方法を知らずとも十全に扱う事が出来るし、力ある魔道書を読めばウォルフ殿が呪文を唱え火の玉を撃つ事も出来る。そして手にした能力はその者の世界観に合った相応しい形に変わる。……例えば、ウォルフ殿なら発火能力に、ピーターなら筋力倍加の魔術と言った形にだ」

「つまり、あの子はナヴァロンを手に入れたと?」

「余の考えは少し違うな。アレは手に入れたのではなく、取り込まれたという表現が正しかろう。でなければナヴァロンはノイ殿の物になっている筈だ。……取り込まれた状態のノイ殿がどうして脱出出来たか、そしてレオパルドがどうなったかは情報不足で推測出来ぬがな」

「……後は捕まえてみないと解らないか」


 胸の焦燥感を押さえウォルフはそう言った後、言葉を続ける。


「まず、この船の現状を話しとこう。保安上の規則ってヤツで、ミサイルは全部外されている。唯一機銃は外せなかったらしいが、豆鉄砲に余り期待はしないでくれ。だから現状では自分らで何とかするしかない。そしてアンタらが何を出来るかは、一応ざっとだが知っている」


 ウォルフはまずグラハムを見た。


「グラハムの旦那は、オールラウンダーな魔術師。だが特に魔力操作を使った戦闘が得意と聞いている。さっきやったサイコキネシスみたいなのが得意って事でいいんだよな?」

「うむ。その認識で間違いないぞ、ウォルフ殿」

「旦那、人を正気に戻したり気絶させたりする魔術って出来るか?


 幻影の男が右の手の平を向けると、そこに青く輝く魔法陣が浮かび上がる。


「これが当たればノイ殿も正気に戻るであろう」

「特性と欠点は?」

「射程は接触。だがそも戦闘用じゃないから貫通力が無く、このままでは十中八九ノイ殿のバリアに防がれる」


 次に、ピーターを見て。 


「ピーター。お前は魔術を使った発明品作りが得意なんだってな」 

「呪文が一切唱えられないから、その代用品を作っただけさ。正直なTVトレイラーだと、ホグワーツ宮廷のトニー・スタークって言われてるよ」

「そうか。ピーター率直に聞く。お前に出来る事を教えてくれ」


 ウォルフがそう言うとピーターは手甲を操作する。彼の胸の辺りに緑色の力場が生まれるとコーヒーを飲み干したマグカップをそこに置いた。


「今みたいに時空連続体に干渉して、時間と空間を局所的に操れる。空間を操作して力場を作り壁にしたり、この異次元ローブに何でも入れたり、後は自分や他人の時間を遅くさせたり、逆に早くさせたりさ」


 そして彼はまた右腕の手甲を操作するとある物を取り出す。ピーターの魔術師としての弱点は呪文を唱えられない事にある。故に彼はその弱点を補う為に呪文を二進法で、媒体となる杖を機械で代用し魔術を操作するのである。彼が取り出したのは家庭用ゲーム機の銃型コントローラー=ライトガンを改造したと思しき何かと、先程ウォルフにコーヒーと共に振舞ったケーキだった。


「Bluetoothだからコードが絡まったりする事もない」


 そう言って、彼はケーキを放り投げると同時に親指のボタンを押し引金を引く。するとケーキはまるでビデオをスロー再生したかの様に、空中をゆっくり落下していた。次に親指のボタンを押し引金を引くと、ケーキは跡形もなく消えた。そして彼は銃を手の中で一回転させると口を開けて引金を引く。……途端、ケーキが射出され彼の口に収まった。


「ま、こんな感じさ」


 食べ終えたピーターは、何事でもない様にそう言うと腰のベルトにコントローラーを引っ掛けた。


「解った。ところで旦那は飛べるとは思うが、ピーター。お前も空は飛べるのか? あの子の妨害をするなら、位置はグラハムの旦那と射線の重なって欲しいんだが」


 ピーターは手甲を操作し蒼いコートに手を突っ込んで中からある物を取り出した。それは箒であった。全長一七〇センチ程のそれにはバイクの物らしきハンドルやメーター、サドルやマフラーが着けられていた。ハンドルの中央には赤いボタンが付いている。


「俺にはこれがある。自慢の愛車だ」

「自作か?」

「あぁ、イケてるだろ?」

「今度俺にも同じの作ってくれ」


 ウォルフがそう言うと、ピーターは嬉しそうに笑った。最後にイェサナドを見て。


「イェサナド・トルキア。ドワーフの女傭兵で、アンタがこの班の要らしいな」

「そんな大したもんじゃないわ。旦那とピーターに比べればずっと地味よ」

「狙撃は出来るか?」

「出来る。流石に本職程じゃないけどね」


 ウォルフは彼女の肩に手を置き、レオパルドと同じ金色の目で見つめる。彼女に問う声音はひどく厳かだった。


「――今回は距離は重要じゃない。大事なのはタイミングだ。爆弾を扱う繊細さと、それを起爆する大胆さが全てを決める。勿論ミスは許されない。行けるか?」


 イェサナドの声もまた落ち着いていた。彼女は確り理解していた。ウォルフが訊いたのは、自分達の運命を決める為の要である事を。それを理解した上で彼女は汗もかかず、息も乱していない。


「慣れたものよ」

「どうするつもりだ、ウォルフ殿?」


 この場において、既に全員がウォルフの考えてる事を察していた。字面こそ訊ねているが、グラハムも半ば予想している。それを見て彼は思う、理解が早く手馴れているなと。こんな時、シスカがいたらきっと何を言おうとしてるか聞いて来る筈――


「ウォルフ殿?」


 脳裏を過ぎった想像はグラハムによって掻き消された。


「あぁ、すまん旦那。――挟撃だ。二手に分かれて、一方が囮となって罠へと誘う。そしてもう一方が拘束された直後に狙撃しバリアを剥がし、旦那の魔法で無力化を狙う」


 幻影を振り払い、ウォルフが紫煙を吐き出した。


「あの子は速い。そして瞬間移動で高速で飛ぶ物の横に着く。挙句の果てにはバリアなんて物も持ってる。――だが、無敵って訳でも無い」


 一本指を立てる。


「まず最高速度だが、あの動画で見た速度が限界だろうな」

「証拠は何だ、ウォルフ殿?」

「さっき、本部が送ってくれたデータに最高速度の予測が有った。証拠は衛星の記録。それには出現から無人機が来るまでの速度が計測されていた。出現時刻から速度は上がり、約三分後からスピードは完全に一定になった。その直後、無人機の追撃が始まった。最高速度はアレで違いないだろ。

 それから結論付けると、この〈怪鳥号〉はあの子より速い。小回りはあっちが上だが、それを補う弱点が彼女には有る」


 二本目の指が立つ。


「あの子にはあの剣しか武器が無い。つまり近付かないと攻撃が出来ないんだ」

「ノイ殿が何か隠してある可能性は?」

「駆け引きってのは、冷静さを保ってるから思い浮かぶ物だ。無我夢中の時は常に最適解を叩き出す。頭に血が上ってる内はそんな事出来ないさ」


 三本目の指が立つ。


「瞬間移動は連続使用は三回から四回。それ以上使うには最低でも一分のクールダウンが必要だ」


 四本目の指が立つ。


「そして、あのバリアも無敵って訳じゃない。動画では爆煙が晴れた後、彼女の服は煤で汚れたり焦げたりしていた。完全に防げるなら、汚れも何にも無い状態で出て来る筈だ。それに加え連続使用も出来ない。ミサイルを防いだ後、彼女は機銃を避けていた。――ほら、無敵なんかじゃない」


 ウォルフの視線がグラハムに向く。


「旦那。旦那の魔力操作の速さと強度って、一体どれ位だ? 旦那には足止めをしてもらいたい」

「展開速度は即時。強度はこの前三十m級の巨人を抑えられた程度だな」

「そうか。旦那がいてくれてマジで良かった」


 その中でピーターが尋ねた。


「だが、挟撃ならノイを引きつける囮はどうするつもりだ兄弟? 俺の箒はノイ程早くないし、そもそも俺が動いちゃダメだろ」

「あぁ、それは俺がやる」


 ウォルフは即答する。


「俺以外いないだろうさ。この船を動かせるのは、俺だけだ」

「……そう、わかったわ。それじゃ配置と囮以外の役を決めましょう」


 イェサナドは少し後味の悪そうにそう言った後、イコライザーで空図を広げる。青白いホログラムで衛星がリアルタイムで観測している空域情報が現れた。


「ピーターはあたしと。グラハムの旦那は単独で。あの子北東から進行してるから旦那の配置は南のここ、あたし達は西のここで十字砲火を取りましょう」

「余はそれ良い。ピーター、そなたはどうだ?」

「それで良いさ。イェサナド、とりあえず箒の周囲に足場は生成しとく。落ちるなよ?」

「何年あんたと組んでると思ってんのよ。――ピーター、あたしの銃出して」


 イェサナドが呼びかけると、彼は異次元ローブに手を突っ込む。少ししてローブの中から一丁の狙撃銃を引きずり出した。狙撃銃は部品全てが金属で出来ている。本体の上には分厚いスコープが取り付けられており、全体からは使い込まれた雰囲気が醸し出されていた。それをイェサナドに渡すと彼女は狙撃銃を手早くチェックする。銃を扱う滑らかな手付きは、彼女の熟練度が垣間見えるだろう。終わるとイェサナドは狙撃銃を肩にかける、そして一瞬申し訳なさそうな顔を浮かべた後。


「ウォルフ」

「何だ?」

「……色々悪かったわね」

「気にするな。アンタらはヤツが背中を預けた仲だ。命を預けるには、それで十分さ」


 少し笑ってそう言った後、ウォルフはレオパルドの口癖を真似する。それはあの男がこの様な時に限ってのみ口にする言葉だった。


「“命賭けるぜ”、この件はそれだけの価値が有る」

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