第6話:友と呼ぶには遠く、敵と呼ぶには近く


 ――今から話すのはヤツの話だ。


 ヤツと最初に出会ったのは海賊稼業に戻ったばかりの頃だ。オレは相棒のシスカを抱えながら、過去からやって来る死神達との戦いに明け暮れていた。ヤツは四番目の死神だった。忘れもしない惑星ダコタの元中枢都市跡での死闘は、血を啜った様に赤い月夜の事だ。真っ黒いコートと鉄仮面。二挺拳銃を操り、オレと全く同じを動きをした怪物。他のヤツ等とは違う。戦いながら募っていった戦慄は、今も生々しく思い出せる。そして鉄仮面が割れた時の衝撃も。


『俺が何者かだと、そう訊いたな? 答えてやるよ、俺は貴様の影だ』


 その顔も、その髪も、その声も。寸分違う事無く――それはまさしくオレだった。ただ入っている魂だけが違うだけで、紛れも無くオレの化身その物。同じ金の瞳に敵意を湛えてヤツは語った。


『俺は貴様を倒し、〈運命の証〉を手にして本物になる! そうだ、俺は今こそ自分の人生を手に入れるんだ!』


 男の名前は、ウォルフ・スランジバック。狂気の天才科学者・フィシオロゴスに作られたオレのクローン。そして宿敵のウィラード・クロックワークが送り込んだ刺客の一人。ヤツは自分は自分である事を証明する為に、たった一人でオレの前へ立ったのだ。


『今度は貴様が闇に還れ、レオパルド・スランジバック!』


 そこからは泥仕合だった。敵意、殺意、羨望、嫉妬、憎悪、そして慟哭。死闘の中で交差する視線からは、そう言った幾つもの感情が読み取れた。今思えば流石というべきなのだろう。悔しいが、繰り広げられた闘いは終始ヤツに圧倒され続けた。……それでもオレが勝てたのは、幸運による物だった。ヤツはオレの完全なるクローン。つまり、それはオレの弱点もそのまま引き継いでる事を意味する。大昔に患った遺伝病の名残で、オレの右腕は痙攣癖を持っている。それは発症すると武器を取り落とさせる。ヤツが〈運命の証〉でオレに止めを刺そうとした時、タイミング良くそれが発露した。その隙をオレは突いた。地面に転がったアイツを目にした時、オレは止めを刺すつもりでいたし、ヤツ自身も覚悟していた。ヤツの目的が自分の人生の確立なら、その為の方程式はオレの抹殺だ。止められる訳が無い。だが、いざ狙いを付けた時。


『やめてくれよ、レオパルド!』


 止めたのは、シスカだった。アイツは事も有ろうに銃口の前に立ち塞がり、ヤツへ止めを刺すのを止めた。


『やめて、レオパルド! こいつは悪いヤツじゃないんだ! ――こいつはアタイを助けてくれたんだ! だから銃を下ろしてくれよ!』


 何でも、ヤツは知らない内にシスカの命を助けていたらしい。オレの相棒は口喧しいが、当時から恩や情と言った物に篤かった。それで何度も厄介な目に合ったがな。だから自分の恩人が殺されるのを見ていられなかったのだろう。そこでオレはヤツに訊ねたんだ。何故、シスカの命を助けたと。


『見ていられなかっただけだ、お前の相棒じゃなくても助けた。それだけだ』


 もう一つ訊ねた。今、手を出さないのは何故だと。そうするとヤツは不思議そうな顔をしてこう言ったんだ。


『……この子は俺達の対決に何の関係も無いだろ?』

『良識派だな』

『あぁ。これでも正統派を目指してるんだ』


 結局、ヤツは最後までシスカを利用する事はしなかった。


『さぁ、そこを退けよシスカ』

『やだ! アタイは絶対お前を守ってみせる!』

『もういい、覚悟はとっくの昔に出来ているさ』

『……絶対にいやだ、レオパルドがお前を殺すのは絶対間違ってるんだよ!』


 オレは、銃を下げた。


『レオパルド!』


 シスカは跳ね上がりそうな位に喜んていた。だが、それと対照的に驚愕と少しばかり怒りが混じっていたのが他でもないヤツだった。


『何故だ!? 何故俺を生かす!?』


 戦う為、オレを超える為に作られたヤツだった。その機能こそが唯一の誇りだったんだろう、ヤツにとってオレが生かす事は侮辱だったに違いない。……分かってる、我ながら随分甘かったさ。けれど隣に十代の女の子がいて、そいつがベソかきながら見てるんだぜ? オレには止めを刺すなんて無理だったさ。


『相棒の恩人を殺したとあっちゃ、それこそ海賊の名折れだ。助ける理由はそれで十分さ』


 殺さなかった理由を答えた時、ウォルフの表情は一瞬の内に幾度も変わり、ヤツは一度オレとシスカを見た後。


『……この借りは、必ず返す』


 そう、この借りは必ず返すと。ヤツは静かにそう言ったんだ。それが、オレとヤツとの最初の出会いだ。それから幾つもの出来事が有った。その中でヤツはオレが窮地に陥る度に助けてくれた。……借りを返すだけだ、と少し照れくさそうにしながら。

 生まれこそは歪だったかもしれない――


『おい、大丈夫かレオパルド!?』

『……お前、どうしてここに?』

『助けに来たからに決まってるだろ! さぁ、ついて来い! ここから先に船を用意している! ――おい、どうしたしっかりしろ!? お前はこんな所で死ぬタマじゃないだろ!?』 

『……』

『俺の肩に掴まれ! いいか、急いでここから逃げるぞ! ――何を呆けてるんだ、早く!』

『…………すまねぇな、ウォルフ』

『勘違いするな、あの時の借りを返すだけだ!』


 ――だが、ヤツは間違いなくオレの友だった。


『何故だ! 何で体の事を言わなかった!? そうならオレはッ……』

『言ったろ、借りは返すってさ』


 そしてヤツを死なせたのもオレだった。その最期は今も目に焼きついている。それはウィラードとの最後の戦いの時。冥王星の要塞バアルでオレはヤツの罠に嵌り、窮地に陥っていた。


『ここは任せろ。俺が時間を稼ぐ』


 事も無げにそう言ったが、俺には直に解った。ヤツはこのまま死ぬつもりなのだと。そんな事させられる訳が無い。……力尽くでも止めようとしたが。


『焦った時こそ勝敗が決まる。そう言ったのお前だぞ、レオパルド』


 途端めり込む頭突き。そして身体に流れる電流の様な感覚。ヤツの異能サイコ・ジャックは、オレの身体の自由を即座に奪った。


『コイツは、形見程度にとっといてくれ。要らなかったら、捨てればいいさ』


 その時、オレはヤツの唇に幾許かの躊躇いが生まれるのを見た。その飲み込まれた言葉は、今となっては知る術も無い。


『じゃあな、レオパルド。シスカには上手く取り繕ってくれ』


 オレがあの時足首を掴めたのは、奇跡以外の何物でも無かった。行かせねぇ、その一言すら殆ど声になる事は無かったが。


『……でもさ、俺が帰るよりお前が帰る方が喜ぶ奴は多いだろう? それに友の為に身を賭すなんて正統派の海賊みたいじゃないか』


 そう寂しそうに呟いた後、手が振り払われる。それがヤツの最期の言葉だった。そして一度も振り返る事無く、ヤツはウィラードの元へ向かったんだ。一人死地に向かったアイツに、オレは何の言葉もかけられなかった。行くなとも、死ぬなとも。止める事が出来なかったんだ、オレが死なせたのと同じだ。だから、オレは最期まで覚えてなきゃならない。そして、けしてヤツに恥じてはならない様に生きなければならない。


 ――ウォルフ・スランジバック。それが一生忘れる事の出来ないオレの友の名さ、旦那。

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