ウォー・イン・ザ・フィクション

上世大生

第1話:ディス・コミュニケーション


 二〇二八年四月三日、太平洋上に存在する第五ザバービアと呼ばれる施設。ウォルフ・スランジバックは自らを呼ぶ声に、手にしていた本をめくる手を止めた。


「ウォルフさん!」


 一時は彼の愛船〈怪鳥号〉の中だった。彼以外誰一人いない宇宙船の中、自分にかけられた声に目を向ける。そこにいたのは一人の少女だ。


年の頃は十四歳程、身長は一五〇センチとウォルフより三〇センチも低い。髪は茶色で瞳は青。身に纏う青と白の衣装には所々鎧となっている部分が有り、腰には一本刀身の無い剣の柄と親指大の人形が吊り下げられ、その姿はまるで冒険譚の少女剣士をSF仕立てにした様な印象を受ける。

だが、ただ一点。右手だけに点けた黒い手袋だけが服装と調和が取れていない様に見える。そう、この世界に適した言い方をするなら『キャラデザと合っていない』様に。


 頭の上に付けた赤いリボンと、尻から生えた尻尾が音も無く揺れた。


「どうした、ノイ?」


 ウォルフは先程まで読んでいた本を傍らの机に置き、彼女の名を口にした。そうすると彼女は後ろから淡い水色の小袋を取り出し――


「ウォルフさん、私さっきクッキー作ったんです! それで、その……」


 ノイがそう口ごもった時、ウォルフは彼女の青い瞳を見る。そこに映った男の姿を。身長は一八〇センチと大柄だ。赤いコートを羽織り、黒髪と金の瞳が印象に残る。……その顔は酷く冷め切っていた。これではいけないと彼はそう思う。


「えっと、えっと……」

「丁度腹が減っていた所だ、ありがたく頂くよノイ」


 ウォルフは一度人を安心させる笑みを作って浮かべると、右手を伸ばし小袋を受け取る。ふとノイを見ると……

 彼女はこちらをじっと見つめていた。瞳の中の感情を成分表に表すと恐怖が半分、期待が半分と言った所か。尻尾は下に揺れている。ウォルフは一度ノイの頭を撫でた後、袋の赤いリボンを紐解き白いクッキーを一枚取り出すと齧った。


「……あぁ、美味いよ。ありがとうな」


 彼がそう言うと、ノイの顔に喜びが溢れる。尻尾はピンと上に張り、左右に揺れた。


「よかったです! とっても上手に焼けた自信作なんですよ!」

「しかし、君も変わった子だな。俺みたいなヤツに何で関わろうとするんだい?」

「ウォルフさんは私にとっての恩人ですから! それにレオパルドさんの友達だったら、私にとっても友達です!」


 眩しい顔、眩しい言葉。その何もかもがウォルフにとっては眩しかった。


「君は、いいヤツだな」


 ウォルフがそう言うと、ノイの顔が一層喜びを増した。尻尾はまるで人懐っこい子犬の様に揺れ、彼の鼻は花を連想させる仄かに甘い匂いを嗅ぎ取った。


「それに、私ウォルフさんの事……」

「俺の事?」


 疑問を浮かべるウォルフに対し、ノイは一度頬を赤く染めた後俯き。


「い、いえ……なんでもないです」


 そこでベルの様な着信音が鳴る。それはノイから発せられた物だった。彼女が取り出したのはここで配布されてるイコライザーと呼ばれる黒い板状の携帯端末だ。彼女は一度液晶画面を見て、誰からの呼び出しなのか確認する。


「あ、いけないもうこんな時間! すいません、ウォルフさん私この後ちょっと用事があるんです!」

「あぁ、大丈夫だ。クッキーありがとうな」

「次は別なの持ってきます! それじゃあ!」


 そう言うと、ノイは駆け足で去って行った。

 

 ウォルフから離れてから数分後、ノイはコンテナ置き場にいた。そして周囲に誰もいない事を確認するとコンテナの物影の中に入った。


 まず物影に隠れてノイがしたのはイコライザーを操作し、鳴り響く着信音――に指定した目覚ましを切る事だった。用事というのは方便で、本当はあの場所にあれ以上いると色々ボロが出ると自分で思いあらかじめセットした物だった。人には可愛い面だけ見ていて欲しい。


 次いで彼女は自分の匂いを嗅ぐ。大丈夫だっただろうか、変な匂いはしていなかっただろうか。一応お……もとい私さっきシャワーは浴びたけど、もし何かあったらどうしよう。死んでしまいたくなる。

 人の印象は匂いで変わると誰かに聞いて以降、ノイは不安になると自分の匂いが大丈夫か確かめる癖があった。


「大丈夫だったかな、変な匂いはしてない筈だけど……」


 服の袖の匂いを嗅ぎながら、そう呟いた時だった。


「上手く行った?」


 ノイの背後からそう声をかけたのは一人の少女だった。身長はノイと同じ位で、黒い戦闘服を着ている。髪の色は銀で幼げな顔立ちをしているが、その左側には大きな火傷痕が残っている。彼女の名前はイェサナド・トルキア。種族はドワーフ。ノイの年の離れた友人である。彼女はイェサナドに対して困惑の混じった笑みを向けて。


「そこにいたんだね、イェサナド」

「そりゃ仕事だからね。……報酬は払ってもらうわよ?」


 彼女は自分のポケットを探し出すと、差し出されたイェサナドの手の平の上にそれを載せる。それは白い包装に包まれた飴だった。イェサナドは手に取ると、中の黄色い飴玉を口に放り込んだ。

 ノイが報酬を払ってまでイェサナドをここに置いた理由。それは何の事はなく、不安だから誰か――口の堅くて信用のおける――傍にいて欲しかっただけである。その点でイェサナドは合格であった。金さえ払えばどんな事もしてくれ、尚且つ口も堅い。


「それで、どうだったのよ?」

「……渡す事は出来たよ」

「そう、なら良かったじゃない」

「……食べてもくれたよ」

「何かあったの?」


 イェサナドの赤い瞳がいぶかしむと、ノイは仄かに頬を赤く染めたまま。


「やっぱりウォルフさんってカッコいいよね……」

「……待って、あたしさっきまで見てたけど今の何処に惚れる要素あったの?」


 ノイの言葉に、即座にイェサナドの至極冷静な言葉が突き刺さった。


「優しくって、物憂げで」

「普通にしてただけって言わない、それ?」

「ちょっと背が低いのはアレだけど、握力はゴリラ並みにあるし」

「一八〇で背が低いってのはちょっと高望みしすぎなんじゃないかなってあたし思うな。後魅力感じる点そこ?」

「何よりクールなレオパルドさんって感じがして素敵」


 その時である。陶酔した様にウォルフの事を語るノイの口がぴたりと止まった。


「どうしたのよ?」


 その青い瞳にはある物が映っている。


「ね、ね……」


 震え始めるノイの視線の先をイェサナドの赤い瞳が追う。そこにいたのは一匹の鼠だった。


「あら鼠」


 ノイにとって鼠を見かける事は一つのジンクスであった。それは大きな失敗の予兆を意味している。


「ままま、まだ大丈夫……そうだイェサナド、くくクッキーを食べて落ち着こう」


 そう言ってノイは予備のクッキーを取り出すと、イェサナドと二人で食べた。……その味は酷くしょっぱかった。


「…………アンタ、これ砂糖と塩間違えたでしょう?」


 銀髪の女ドワーフがそう言った途端、ノイは彼女に縋り付いた。


「どぉぉぉしようイェサナド! おれ、大ポカしちゃったぁぁぁ!」

「はいはい、口調可愛くなくなってるわよ。一人称もおれに戻ってる」


 イェサナドは知っている。ノイは理想の可愛い女の子を目指す為建前上では私という一人称をよく使い仕草もお淑やかな物を心がけているが、一度感情が高ぶれば地のおれが出て仕草もなりふり構わなくなる事を。


「やべぇ、やべぇよ! ドジっちまったよぉ!」


 少女の力に銀髪がガクガクと揺らされる。そんなノイを子供をあやす様にしてイェサナドは背中をさすった。


「あぁもう、泣かない泣かない。アンタは本当威勢が良い様に見えて、打たれ弱いんだから……」


 ノイは顔を上げると、涙で潤んだ青の瞳を向ける。


「どうしよう、ママ?」

「誰がママじゃい」

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