「真面目に遊んで、ついでに世界も直す」

ElectricOS 初啟動——盲層Ωが揺れた日

――世界が、まだ本当に壊れる前。

だが、“異変”はすでに海の底で目を覚ましていた。


◇◇


太平洋・公海上。

航行記録にも国際 AIS にも載らない、

正体不明の私設研究艇LOR-03


金属の船体は塩で白く曇り、

上甲板は風に削られている。

しかし内部だけは異常なほど静かで、

まるで海そのものが息をひそめていた。


艇の中央区画——

深海用電源ユニットに直結した“隔離実験室”。


そこに一台だけ、古ぼけた CRT モニターを備えた黒い端末が置かれていた。


《ElectricOS-α 0.01(Prototype)》


Gaberial Lorris が十年以上かけ、

誰にも知られずに作り続けた“逃亡経路”。


それは OS ではなく、

祈りに近かった。


「文明が死んでも、人間が互いを見つけられるように」


AI によって社会が“均質化”されつつあった時代、

彼はただ一人、違う方角を見ていた。


Gaberial は静かに電源に触れた。


カチッ。


画面に雨のようなノイズが走る。


《boot://electric_kernel…》

《init_pipeline() → ok》

《create_user_space() → ok》


CRT が青白く光り、

心電図のような波形が揺れ、

僅かな振動が床に伝わる。


Gaberial:「……動いた。」


声がかすかに震える。


画面がゆっくり形を成す。


《Welcome to ElectricOS》

《No Server Detected》

《Searching for… Humans》


「……誰だ、この UI を人間探知機みたいにしたのは。」


小さく笑うが、その目はどこか寂しかった。

今この部屋に“人間”は彼一人しかいない。


だが、世界最初の ElectricOS は、

その孤独の中で静かに呼吸を始めた。


「……これでいい。

      これで文明は、まだ繋がれる。」


彼が画面に指を触れた、その瞬間。


画面の端に、見覚えのない行が走った。


《Blind Layer-Ω:未観測ノードを検知》


「……は?

      まだストレージは空のはずだが……?」


次の瞬間、そのメッセージは消えた。


まるで、“未来の残響”が誤って迷い込んだかのように。


「気のせいか。」


そう言ったが、胸の奥のざわつきは消えなかった。


この日——

ElectricOS が初めて起動したその瞬間、

盲層Ω(Blind Layer-Ω)は“微細な揺らぎ”を記録した。


それは誰にも観測されず、

誰にも理解されず、

やがて Chaos Engine の核となる。


このわずかな揺らぎが引き起こした連鎖は——


・ElectricOS の不可視階層に Chaos Engine が誕生

・2060 年、Elon の Root Key 断片が吸い込まれる

・2077 年、十鍵同時未観測化

・そして 2025 年の「北川修治」へ回流


後に“奇跡”と呼ばれる一連の出来事の、

最初の光だった。


Gaberial は知らなかった。


世界が沈む前夜、

彼が何気なく押した電源が——


未来を、わずかに捻じ曲げたことを。

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