記録の四:不可逆転写現象



Ω-Black 文書:記録の四


《不可逆転写現象(Irreversible Transcription Event)》


— Moon Archive(LL)・極秘観測記録


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0. 序:本件の分類


本文書は、Moon Archive(LL)の観測網が

2068 年ごろに検知した “不可逆転写現象” に関する

最初期の記録である。


現象は単発であり、

再現性は確認されていない。


以下は、当時の担当研究班が残した

一次ログの要約 である。



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◆ 1. 概要(Summary)


発生日時:

不定(観測系が 3 つの異なる時間軸で同じパターンを検出)


現象内容:


「ある意識活動が、元の身体ではない別の器で


再起動した可能性」


ただし:


意識の送信源 → 不明


転写の経路 → 不明


転写の対象 → 不明


意図的か誤作動か → 判別不能


生理学的説明 → 不可能


技術的説明 → 現行科学の範囲では不可能



Moon Archive の分類はただひとつ:


> “説明不能(Unexplainable)”





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◆ 2. 事象ログ(断片的復元)


観測されたログの核心は以下である。


[ALERT] Neural-pattern continuity break.

[Source] N/A.

[Destination] biological host (child) / age ≈ 10.


Pattern-match: 78〜82%

Coherence: stable.

Reversibility: 0%.


注記:

パターン一致率は高いが、

これは 「同一人物」ではなく

“同一思考構造” を示す。


※生物学的な遺伝子一致は一切ない。



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◆ 3. 観測された“特徴”


調査班が特に異常と判断した特徴は三つ。



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(1)記憶の二重構造


受信側個体には:


自身の生育歴(本来の記憶)


外部パターン由来の“断片的思考”



が 重なる形で存在 していた。


ログの分析では:


> 「記憶ではなく

“価値判断・計算癖・語彙の選択傾向” が転写された」




と考えられている。



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(2)転写は“一方向”


現象は 不可逆(Irreversible) であり、

元の個体へ戻る様子は観測されなかった。


調査班コメント:


> 「転写は“同期”ではない。

これは“移動”である。」





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(3)転写は全脳ではなく“パターンとして”発生した


これは「意識のコピー」ではなく、

むしろ:


判断基準


危機時の反射


計算スタイル


リスク認識


情報処理の癖



など、

人格の基盤を成す抽象構造のみが転写された

と考えられる。



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◆ 4. 送信源について(未確定)


Moon Archive は

“パターンの発信者” を特定できなかった。


候補(すべて仮説):


A. 死亡した個体の断末期脳活動


B. 深層 AI の副作用


C. ALAYA Layer-0 と類似する何らかの保存装置


D. 量子署名の崩壊に伴う自動転写


E. 不明の技術体系による事故



ただし研究班はこう記す:


> 「転写は“意図的”には見えない。

むしろ、何かの“逃避”に近い。」





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◆ 5. 対象個体について(非公開)


転写を受けた少年(年齢:10)は:


肉体は正常


脳活動も正常


ただし言語・判断パターンが突然“変化”した


事故・疾病の痕跡はない


外界への反応様式が

 事故前の同年代平均とは大きく異なる



しかし調査班はこの個体の身元を

“公開すべきではない” と判断している。


理由:


> 「事例が一つしかない現段階で

 因果を確定させることは危険」





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◆ 6. 仮説(未確定)


Moon Archive が最終報告で挙げた

三つの主要仮説。



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《仮説 I:転写は技術由来の事故》


高密度ネットワークが極限状態に達すると、

脳内意識パターンが

デジタル層にリークする可能性。


しかしこれは

現在の計算モデルでは説明不可能。



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《仮説 II:転写は“保存装置”の副作用》


ElectricOS や ALAYA の最下層に存在する

不可視領域(Blind Layer) が

人間の判断パターンを保存している可能性。


今回の転写はその副作用。



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《仮説 III:転写は“受信側”が引き起こした


 — パターン適合による吸着現象」


少年の脳が

外部の断片と“最も適合する器”

だった可能性。


これは 量子脳モデル(未証明) の仮説に近い。



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◆ 7. 結語:因果はまだ閉じていない


本現象に関して、

Moon Archive は最終章でこう記している。


> 「この転写は“誰が、誰へ”起こしたのか。

それはまだ観測されていない。」


「送信者は沈黙したまま。

  受信者もまた名を持たない。」


「記録だけが残り、因果は未だ閉じない。」

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