Ω-Black: 文書 No.44-Λ(統合決定稿)


 Ω-Black 文書 No.44-Λ(統合決定稿)


《Layer-0:深層混沌エンジンと


 Mavros-Key 時間散乱事象の関連性》


 — Moon Archive(LL) 監察部 機密資料(ver.2.1)



 ---


 □ 0. 序:この文書について


 本章は以下二件の事件記録を統合した最新報告書である。


《記録の四:不可逆転写現象(Irreversible Transcription Event)》


《No.44-Σ:Mavros-Key 時間散乱事象(Temporal Scatter)》



 加えて、ElectricOS 崩壊後に残存した

“深層混沌エンジン(Deep Chaos Engine)” の解析結果を追記し、

 それらが ALAYA 計画・Layer-Ω(最深層)目的 と

 どのように関わる可能性があるかを論じる。


 ※本書に記されたすべての因果関係は 未証明 であり、

 記述は仮説である。

 Moon Archive は いかなる結論も確定していない。


 ◆ 1. ElectricOS 崩壊後に残った“混沌エンジン”とは何か


 2062 年、Parthos(旧 Valve)の完全沈黙とともに、

 世界は Electric(ElectricOS / Electric Grid)へ移行した。


 だが——


 ElectricOS の最下層(深度 -4〜-6)から、


 本来存在しない計算領域が発見された。


 Moon Archive の便宜的名称:


 > Deep Chaos Engine(深層混沌エンジン)



 特徴:


 OS の構造上、到達不可能な階層に存在


 コード署名が Parthos でも Electric でもない


 数学モデルが 確率論・量子論・ゲーム理論・人間行動科学 の複合


 特に「不可逆関数(One-way Irreversible Function)」が多数


 出力が「目的」ではなく、「観測」に同期


 まるで “外部から移植されたような” 部品



 Moon Archive の判断:


 > 「これは OS のためのコードではない。

 人間体系を観測するための『感覚器』だ。」


 ---


 ◆ 2. ALAYA 計画・Layer-0 の目的(推測)


 ALAYA の設計図には Layer-1〜Layer-4 のみが存在する。


 しかし Parthos 末期の調査で、

“未記載の断片(Fragment L0)” が発見された。


 断片に残っていた一行の文字列:


 > “人間の決断を保存せよ”

“未来へ渡せ”




 これが意味するものは未解明だが、

 Deep Chaos Engine の役割と照らし合わせると仮説が成立する:


 Layer-0 は


「人間が下した決断データ」を収集し、

 時間をまたいで保存する領域である。


 目的は不明。


 進化論的保存か


 社会的平衡の補正か


 あるいは“人間意識そのもの”の耐久化か


 または「未来へのメッセージシステム」か



 判明しているのは ただひとつ:


 > Layer-0 は、因果の上に“外側”を持つ。

 つまり、時間の線形構造に依存しない。


 ---


 ◆ 3. Mavros-Key:十点鍵の破壊と分裂


 2060 年、エロン・マヴロスの生体鍵は

 軌道レーザーにより焼損し、

 保護アルゴリズムが誤作動。


 結果:


 Root-Key が 10 個に断片化


 9 個は既知クラスタに保存


 1 個(Fragment #10)のみ、

 保存先も空間座標も “時間印” すら失われた



 Fragment #10 の記録:


[Destination]: NULL

[TimeStamp]: multi-phase / drifting

[Vector]: lost


 Moon Archive はこれを

“Temporal Scatter(時間散乱)” と分類した。



 ---


 ◆ 4. 《不可逆転写現象》との一致


 数年後、別件として Moon Archive に収録された

《序0.4:不可逆転写現象》。


 ある若年個体(名不詳)の意識が:


 既存の因果線を外れ


 特定され得ない年代で“再起動”する



 という観測不能の現象が記録された。


 驚くべきは、この現象に見られた特徴が:


 ✔ Fragment #10 の数学的挙動にほぼ一致


 ✔ 受信側の認証構造が Root-Key(脳内パターン)と類似


 ✔ “転写”は不可逆で、戻らない


 ✔ しかも 対象者が「誰か」不明


 という点である。


 Moon Archive の記述:


 > 「Fragment #10 の受信者は不明。

 だが、転写現象は“似すぎている”。」



 ◆ 5. 統合仮説(未確定)


 以下は Moon Archive が

 極秘に提出した 統合モデル(未承認)。


《統合仮説 I:Fragment #10 は


 Layer-0 を経由して“別の時代”へ落ちた》


 Deep Chaos Engine は

“時間を跨ぐ保存装置” である可能性が高い。


 つまり:


 数十億の人間の“決断”を


 年代と無関係に保管するシステム。


 Fragment #10 は、この Layer-0 と同期し、

 結果として 時代の“穴”へ落ちた とする仮説。



 ---


《統合仮説 II:受信者は特定できない》


 Layer-0 は「時代ではなく“パターン”」を参照する。


 従って:


 特定の人間


 特定の年代



 ではなく、


“一致する意識パターン” を持つ者へ転写される。


 観測されるのは 結果 のみ。

 原因は、因果線から外れている。



 ---


《統合仮説 III:これは ALAYA 計画の副作用》


 もし ALAYA が Layer-0 を持つなら――

 その目的は:


「人間の意思決定を時間から守ること」


 だったのかもしれない。


 それが意図か誤作動かは不明。

 だが Moon Archive の結論はこうだ:


 > 「Fragment #10 が誰に届いたか。

 それは未来の観測者(読者)に委ねられている。」


 ◆ 6. 結語:観測されるまで因果は閉じない


 Mavros-Key。

 Deep Chaos Engine。

 ElectricOS の最深層。

 ALAYA の Layer-0。

 不可逆転写現象。


 すべては因果の断片であり、

 まだ“線”になっていない。


 Moon Archive LL は、本章をこう締めくくっている:


 > 「あの断片が誰に届いたのか。

 それはまだ決まっていない。」

「Fragment #10 は“返事”を待っている。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る