第5話 俺だけのブルーオーシャン

「い、いえいえいえ! ありえません!」

 ポルンは、パニックになったように俺の周りをぶんぶんと飛び回った。


「ど、どうしたんだよ、そんなに慌てて」

「慌てますよ! 自分のステータスなら分かりますけど、他人のステータスなんて、そんなに詳しく見れるわけないじゃないですか! そんなことが分かったら、相手の手の内が丸わかりで、戦いになりませんよ!」

「そうなのか?」


「そうです! 普通の『鑑定』スキルで見れたとしても、相手の名前やランク、クラスくらいまでが限界です! それすら見れない人だっているくらいなのに、魔法の使用回数の残弾数まで見抜くなんて……! アークさんの鑑定能力、異常です!」


 そうなのか、つまり俺がいま無意識に使っている『鑑定』スキルとやらは他の連中に比べると、どうも規格外の性能らしい。

(……まあ、ランク???だしな。そういうこともあるか。便利なことは良いことだ)


 俺が一人で納得していると、ポルンが「はっ!」と我に返り、本題に戻った。


「――で、話は戻るんですけど、アークさん!」

 ポルンの光が、興奮したように明滅する。

「普通の魔道士が僕たち精霊を介して『精霊魔法』を使うと、すごく『コスト』が重いんです!」

「コスト?」


「それだけじゃないんですよ」

 ポルンは、講義をする先生のように、言葉を続けた。

「僕たち精霊を介する『精霊魔法』は強力な分、人間の魂にも大きな負担をかけるんです。だから、MPとは別に、魔法の難易度(レベル)ごとに、一日に使える回数も、厳密に決まってるんですよ」


「はい! 例えば、アンナさんみたいな駆け出しのDランクだと、一日にレベル1の魔法を四回使える『スロット』を持っているのは、まぁ普通です。でも、それはあくまで、意思のない『マナ』を使った簡単な魔術の場合で……」

 ポルンは、指を(ないけど)折りながら、一生懸命説明してくれた。


「僕たち『意思ある精霊』を介して、強力な『精霊魔法』を発動する場合は、その二回分のスロットを一度に消費しちゃうんです! だから、アンナさんがレベル1の精霊魔法『炎の矢』を使ったら、もうその日は、レベル1のマナ魔法を二回しか使えなくなるはずなんです!」


(なるほどな……。精霊魔法は強力な分、使用回数のコストも倍かかるのか。まさに必殺技扱いだな)


「なのにあの子、見てください! あの後も、普通にレベル1の『灯り』の魔術を、三回も、四回も使ってるんです! アークさんが行使したあれだけの威力の精霊魔法を使ったのに、使用回数を全く消費していないみたいじゃないですか!」


 ポルンの言葉が俺の頭の中で、先ほど見た自分のステータスと、雷に打たれたように結びついた。


ポルンの言葉が、俺の頭の中で、先ほど見た自分のステータスと結びついた。

(待てよ……? アンナは俺の精霊魔法では使用回数を消費していない。だが、俺の保有魔力は貰った分以上に増えている。そして、俺のステータスにあったあの謎の特殊能力……)


 俺は、もう一度自分のステータス画面を脳内に呼び出す。


―――――――――――――――――――――

特殊能力:PP(パンツ&ポーズ)ブースト

―――――――――――――――――――――

(PP……パンツ&ポーズ……ブースト……。

 俺が、あの時見たのはアンナの白い『パンツ』。

 しかも、すっ転んだ時の、あの『ナイスポーズ』。

 そして、その直後に魔法の威力も、俺の保有魔力も、全てが『ブースト』した……)

 

 ――そうだ。

 そういうことか!


(……なるほどな! 人間が使える魔法の回数は有限だ。特に精霊魔法はコスト(消費スロット)が高い。だが、俺は『PP』という全く別のエネルギーをあの光景から抽出したんだ! そして、そのPPを使って魔法の『使用回数』を肩代わりし、さらに威力をブーストさせたんだ!)


 俺の特殊能力は、ただ魔法を強くするだけの、ありふれたチートではなかった。

 これは、革命だ。


 「顧客の『魔法使用回数』という、この世界の絶対的な制約すら無視する、全く新しい魔法代行サービス」そのものだったのだ!


 他の精霊が「顧客の貴重な使用回数」という有限のリソースを奪い合っている間に、俺は「PP」さえあれば、顧客に使用回数を消費させることなく、何度でも、規格外のサービスを提供できる。

 これはもう、競争ですらない。市場のルールそのものを、俺が作り変えるということだ。


「おい、ポルン。これ、とんでもないビジネスチャンスじゃねえか……?」

「びじねす……? よく分かりませんが、アークさんがすごいことだけは分かります!」


 俺が自社製品の圧倒的優位性に打ち震え、今後の事業展開(どんなパンツを要求するか)について思いを馳せ始めた、その時だった。


 ポルンが「あっ!」と声を上げた。

「また呼びかけが来てます! 今度は、王都の方から! 魔法使用回数の上限値は高そうだけど、もうほとんど残ってないみたい……。それにすごく真面目そうで、プライドも高そうな魔力の持ち主です!」


(魔法使用回数残量わずか! まさに、俺のサービスのメインターゲットじゃないか!)


 俺は、新規顧客獲得に燃える営業マンのように、その「呼びかけ」に意識を集中させた。

 頭の中に、凛とした、しかし焦燥に満ちた少女の呪文が響き渡る。


『聖なる光よ、我が盾となりて、敵を阻め……!』


 ――理由は分からないが、瞬時に俺はその詠唱の内容を理解した。

(……なるほど、魔力を捧げて相当する天使を召喚する内容だな。シンプルだけどよくできてる。……これはレベルの魔法だから、低級天使しか出せないみたいだな……この部分を俺のPPで補うとさらに上位の『大天使』が召喚できそうだな……)


 その呪文に乗せられた祈り……「ここで負けるわけにはいかない」という、悲痛なまでの強い想いが、俺の興味を引いた。


(……よし。二人目の顧客は、お前に決めた)

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