うな童話

浜名湖うなぎ

こんじょうのある犬



 ある公園に、一匹の猫がいました。

 猫は、箱の中に住んでいました。すて猫なのです。


 その向かいに一匹の犬がいました。

 犬も、箱の中に住んでいました。やはりすて犬なのです。


 二つの箱はブランコをはさんでありました。

 二匹はいつも向かい合って、いつもケンカをしていました。

 たとえばこんな風です。


「ああ、さむいなあ」

 猫がそういうと、犬がこう答えます。

「おまえはこんじょうがないからさむいんだ。おれはこんじょうがあるから、こんなのへっちゃらだ」

「きみの箱には毛布があるじゃないか。だからだよ」

「おれはこんじょうがあるから、こんなものはいらないんだ」

 犬はそういって、猫のあたまに毛布をかぶせます。


 またあるときはこんな風です。

「お腹がすいたなあ」

 猫がいうと犬はこたえます。

「おまえはこんじょうがないからおなかがすくんだ」

 犬はふらりとでていくと、しばらくして、お魚をくわえてもどってきました。

「こんじょうのないおまえは、こいつでも食えばいい」

「きみの分は?」

「おれはこんじょうがあるから平気なんだ」


 二匹には、なかなか飼い主が見つかりませんでした。 

 人間が来るとかくれるからです。

「にんげんにつかまると、ひどいところにつれていかれるぞ。おまえはこんじょうがないから、きっとなきわめくぞ」

 犬がそういうので、猫もいっしょにかくれるのでした。


 そんなある日、公園のまわりにたくさんの人間がきました。

 近所の子供たちが、あつまってなにかをするようです。

「気をつけろよ。ねむっちゃだめだぞ」

 犬はいいますが、猫はこまります。

「でも、ぼくはとてもねむいんだ」

「じゃあ、おれがみはっててやる。おれはねむらないでもへいきだ。こんじょうがあるからな」

でも、本当は犬もとてもねむかったのでした。


 うとうとして、気がつくと、犬のまえから猫はいなくなっていました。

「ああ、とうとう行ってしまったか。本当は、だれかにひろわれた方があいつはしあわせなんだ。だからこれでいいんだ。おれはこんじょうがあるから、さみしくたって、なかないぞ」

 けれども、ひとりぼっちになってしまった公園にいるのは、こんじょうがあってもつらいことです。

 犬は箱からでると、公園の外にあるきだしました。


 猫は、やさしい飼い主にひろわれていました。

 部屋のなかはとてもあたたかく、ごはんもおいしかったので猫はしあわせでした。

 けれども、ときどき気になります。

「あの犬は、どうしているだろう」

 こんじょうがあるからきっとへいきなんだろう、そう思っても、心配なものは心配です。だって、ともだちなんですから。


 そんなある夜、飼い主の女の子がいいました。

「あっ、雪」

 見ると、外では、たしかに雪がふりだしていました。

「たいへんだ」

 おどろいた猫は、窓のそとへとびだしました。

 雪のふる夜は、とてもさむいものです。こんじょうのない猫にはつらいものでしたが、それでも猫ははしりました。ともだちがたいへんだから、がんばって公園にはしりました。


 公園では、ふたつの箱に雪がつもっていて、犬はいませんでした。

「犬くん、犬くん、どこにいるんだい」

 呼んでみても、だれもこたえてくれません。犬はどこに行ってしまったのでしょう?


 犬はあれからいろんな場所をあるいてまわったのです。

 猫のいる家の前にも、いったことがあります。へいのすきまからのぞくと、猫はストーブのまえでとてもあたたかそうでした。

「ああ、よかった。やさしい飼い主がみつかったらしい。あいつはこんじょうがないから、飼い主がいたほうがいいんだ。おれはこんじょうがあるから、ひとりでもへいきだぞ」

 犬はそうつぶやいて、猫のいるいえからはなれました。


 犬はいま、はしのしたにいました。ここなら雪がつもらないからです。

 それでも、雪のふる夜はとても寒くて、犬は目をとじて、ふるえていました。

「おれはこんじょうがあるからへいきなんだ」

 つぶやく声も、ふるえています。

「犬くん」

 なぜでしょう。猫の声がきこえてきます。

「おれはさみしくなんかないぞ。あいつなんて、いなくてへいきなんだだからあいつの声なんて、いらないんだ」

「犬くん、こんなところにいたんだね」

「しつこいぞ」


 犬が目をあけると、猫がのぞきこんでいました。

「ばか、おまえ、なんでこんなところに来たんだ」

「とても寒いから、犬くんがしんぱいで、さがしてたんだよ」

「おれはこんじょうがあるから、このくらいの寒さ、へいきなんだよ」

 けれども、ほんとうはへいきじゃありませんでした。ごはんもちゃんと食べていない犬は、さむさのせいで、ほとんど動けなくなっていたのでした。


 それでも、犬はいいます。

「こんじょうのないおまえは、さっさと家にかえるんだ」

「ううん、ぼくは犬くんといっしょにいるよ」

「だめだ」

「なんでだい」

 犬は、すこし考えていいました。

「おれはこれから、遠くにいくんだ」

「じゃあ、ぼくもいくよ」

「だめだ。そこは、こんじょうのあるやつしかいけない場所なんだ。おまえみたいにこんじょうのないやつは、つれていけないんだ」

「そうか。それじゃあ、しょうがないね」

 猫は犬のとなりにすわりました。

「じゃあ、犬くんがいくまで、ここにいるね」


「ふしぎだね」

 猫はいいました。

「ぼくたち、ずっとおなじところにいたのに、こうしていっしょにねるのは、はじめてだ」

「ああ、そうだな。こんじょうのないやつといっしょにねるなんてはじめてだ」

 犬はいいました。

「こんじょうのないやつといっしょにねると、こんじょうのないのがうつるんだ。そうすると、遠くにいくのが、つらくなるんだよ」

「じゃあ、遠くにいかなければいいよ」

「そういうわけにも、いかないんだよ」

 犬はもう、目がうまくあけられなくなっていました。

「じゃあ、ぼく、よけいなことをしたのかな」

 猫がいうと、犬はしっぽをひとつだけふって、答えました。

「いいや、ありがとう」


 その夜は、とてもさむかったけれど、犬の毛皮につつまれて、猫はあたたかでした。

 あけがた、目をつぶったまま、犬はいいました。

「おれはそろそろいくよ。ここにのこっているように見えるかもしれないけれど、へんじをしなくなったら、もうどこかにいっているんだと思ってくれ」

 それからしばらくして、犬はくるしそうにほえました。

「大丈夫かい?」

 猫がきくと、犬ははっきりといいました。

「おれは、こんじょうがあるからな」

 それが、さいごのへんじでした。


 それから猫は、犬にあったことはありません。

 橋のしたにいっても犬はいなくて、だれにきいても犬の場所はわかりません。

 ほんとうに遠くにいったのでしょう。こんじょうのあるやつしかいけない場所に。


「ぼくのともだちは、とてもこんじょうがあるんだよ」

 ときどき、猫は飼い主の女の子にそういいます。

 けれども、女の子には猫がなにを言っているのかわかりません。

 それでも、猫はなんどもなんども、おなじはなしをくりかえします。

「ぼくのともだちは、とてもとてもこんじょうがあるんだ」


 あなたの家の猫が鳴き続けていたら、そっと話を聞いてあげてください。

 きっと、大事な友達の話をしてくれているのです。




                                  おしまい

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