異世界オネェ~20センチのピンヒールで階段から落ちた先は魔王領だったわ~

夢想PEN

1章 新宿2丁目のお・ん・な

第1話 もっといいパンツ履くんだったわ

 アタシは、八尺純恋(スミレ)。

 身長180センチ、体重は――秘密♡

 新宿二丁目でバー「人間♡交差点」のママをしているの。


 夜の街をハイヒールで歩く音って、いいわよね。

“カツン、カツン”って響くたびに、アタシの人生が鳴ってる気がするの。

 今日も新しい夜が始まる。


 おろしたての20センチピンヒールで出勤よ。

 合計推定二メートル。ビル風に負けない美脚、上出来。

 このヒールとナイスバディで、いい男捕まえるのが今夜のミッション♡


 ……えぇ、知ってるわ。

 この街は綺麗じゃない。

 電柱の影にはタバコの吸い殻、どこかのキャッチのチラシが散乱してる。

 でもね、アタシにとっては宝石箱なの。


 夢を持ってきた子、夢を諦めて帰る子、

 愛を探して転がる子――その全部が“生きてる証”。

 だからアタシは、この街が好き。


「さて、と。今夜も“女の子”やりに行きますかぁ~♡」


 アタシのお城は、このきったない雑居ビルの二階。

 いつ建ったかも分からない、バブル時代の残骸みたいなビル。

 でもね、嫌いじゃないの。

 人生ってこういうものでしょ? 古くても味がある。

 剥げた壁紙も、コンクリが色褪せた階段も、全部“アタシの歴史”。


 ただ――狭いのよ、この階段だけは。

 傘一本ぶつけたら壁に擦れるくらい。

 今日も右手にはブランドバッグ、ひじにはビニール袋いっぱいのお菓子。

 左ひじには氷の袋。バランスとるのも一苦労よ。


「はぁ~もうやんなっちゃう。なんでこの階段こんなに狭いのよ!」


 アタシはひとりで文句を言いながら上っていく。

 夜の準備は完璧。

 化粧はバチバチ、香水は薔薇系、笑顔は営業用。

 でも、ちょっと足が疲れてた。

 ピンヒール、履き慣れてても20センチは地獄。


「もう! 重たくって最悪~! 今日に限って氷が溶けるし!」


 その瞬間、ビニール袋の氷が壁に当たって、ガサッと中身がずれた。


「あらっ! やだ、いけない!」


 咄嗟に右手で支えようとしたけど――壁に引っかかった。

 視界がぐらり。足元が空を切る。


「ああんっ!? やぁあだぁぁぁああ!!」


 ヒールがすべって、アタシはそのまま転げ落ちた。

 高いヒールの宿命。

 バランスを崩したアタシは、まるでコントみたいに階段を滑り落ち――


 ドスンッ!!


 ……次の瞬間、アタシは階段の下で逆M字に突き刺さっていた。

 まるでジャーマンスープレックスでフィニッシュを決められた人みたいな体勢。

 ドレスはめくれ上がり、おパンツ丸見え。

 お客さんが見てなくて本当に良かった。……たぶん。


「……あれ? アタシ、もしかして……お亡くなり~って感じ?」


 気づいたら、アタシは“自分”を上から見下ろしていた。

 まるで他人事みたいに。

 目の前のアタシはぐったりしてて、口も開いたまんま。

 意識のない自分って、こんなに間抜けなのね。


 そして、ふと気づいた。


 あらアタシ、今日……ボクサーパンツ履いてるじゃない。


「ちょっとぉー!? なんで今日に限ってこれなの!?

 もっとかわいいレースとかリボン付きにすればよかったのに! さいあく~!」


 ため息まじりに笑う。

 まさか自分の死体を見ながらファッションを後悔する日がくるなんて思わなかったわ。


「でも……アタシ、まぬけね。

 結局、夜の中で笑って、飲んで、怒って、泣いて……

 そんな毎日が楽しかったんだと思う。

 もっといろんな人に出会って、話して……

 あと、ガチムチのいい男とデート……したかったなぁ」


 目の前の夜空が、いつもより少し綺麗に見えた。

 ネオンの光が、まるで星みたいにチカチカしてる。


 その時だった。


『――貴方の、願いを。叶えましょう』


 新宿のビルの谷間に、場違いなほど澄んだ声が響いた。

 街の音が一瞬、止まった気がした。


「……あんた、誰よ?」


『私の名は“ハレンチ”。生と死を司る女神。あなたの思いが伝わりました』


「は、ハレンチ!? あんた……もうちょっとまともな名前なかったの?

 可哀想に、親の顔が見てみたいわぁ」


『……うるさいわね! いいから、さっさとこっちに来なさいよ!』


 女神の声がピリッと怒気を帯びた瞬間、

 アタシの体がふわりと浮いた。

 地面が遠ざかる。

 街の光が滲む。


「……あら、やだ。なんか、暖かいわ。

 さようなら、アタシの体。新宿、地球。

 楽しかったわぁ……」


 そう呟いて、

 八尺純恋(本名・雄作)は、光に包まれて消えた。


 残されたのは、階段の下でひしゃげたドレスと、ボクサーパンツがチラ見えしている――

新宿でいちばん哀しくも美しい“おねぇ”の姿だった。

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