【第12章】SRとNRのアライアンス



(……夢、じゃ、なかった)


翌日の生徒会室。 私は、ドアノブを握ったまま、五秒間フリーズしていた。 (……どうしよう。……どんな顔して、入ればいいの) (……昨日、私、告白して……会長(かれ)は、OKしてくれて……) (……私と会長、……つ、……付き合ってる……!?)


「あ、白石さん(SR)! おはようございます!」 中から、愛梨亜(AA)さんの元気な声が飛んできた。 意を決してドアを開けると、彼女は、昨日までの「崇拝(すうはい)」とは、また別の種類の「熱」に浮かされた目で、私に駆け寄ってきた。


「し、し、白石さんっ!」 「は、ひゃいっ!?」 「聞きましたよ! ううん、見ました! 昨日、会長(NR)と……体育館裏で……!」 「(み、見られてた!?)」 カアァァァッ、と、昨日よりも激しく顔が沸騰(ふっとう)する。


「もう、学校中、その噂(うわさ)で持ちきりです!」 愛梨亜さんは、自分のことのように嬉しそうだ。 **「『天才カップル、爆誕(ばくたん)!』**って!」


「て、天才カップル……!?」 (……私は、ポンコツなのに……) (……でも、彼は、本物の天才で……) (……その彼が、……私を……)


「お二人(SRとNR)が結ばれるなんて、これぞ『運命(デスティニー)』です! 私、もう、感動で……!」 「あ、……あ……」 愛梨亜さんの祝福(という名の誤解)に、私は「違います」とも言えず、ただ、赤くなって俯(うつむ)くことしかできなかった。


その時だった。 「……おはよう、相田、白石さん」 「「あ、おはようございます!」」


(……来た) 彼――中村 竜司くんが、入ってきた。 私の、……彼氏(かれし)。 (……どうしよう、……目が、見れない……!)


彼は、私の横を通り過ぎる。 (……あ) 昨日よりも、さらにクマが濃くなっている。 疲れ切った、虚(うつ)ろな目だ。


(……そっか。……昨日のこと、緊張して、彼も眠れなかったんだ……) (……私と、同じ……)


胸の奥が、きゅん、と甘く痛む。 彼は、そのまま、会長席に座ると、昨日までの日常(ルーティン)を再開した。 つまり、山積みの書類(ノーマルな実務)との、格闘だ。


(……あ) 私は、思い出した。 (……そうだ、私たち、付き合ってるんだから……) (……私が、彼を、支えなきゃ……!) 「SR」の呪いが解けた(と私は思っている)今、私はただの「白石 瑠香」として、彼を手伝うことができるはずだ。


「あ、あのっ、会長……!」 私は、意を決して、彼が手を伸ばそうとしていた、最も分厚い「会計報告書」の束に、手をかけた。 「それ、私、やります……!」


「―――っ!」


ビクッ!!!


(え……?) 彼が、昨日、私が「手伝います」と言った時と、まったく同じ反応で、肩を激しく跳(は)ねさせた。 そして、彼は、まるで「呪いの聖遺物(せいいぶつ)」に触(さわ)らせまいとするかのように、私の手から、その書類の束を、そっと、しかし、断固(だんこ)として引き離した。


「……だめだ」 「え……?」 「……これは、俺(NR)の仕事だ」


(……でも……!) 「でも、私たち、……その、……つ、付き合って……」 「だからだ」


彼が、遮(さえぎ)った。 その、疲れ切った、虚(うつ)ろな目で、私を、まっすぐに見つめながら。


「……白石さん(SR)は、何もしなくていい」 「……」 「……あんたが、笑顔(えがお)で、……そこにいてくれれば、……それで、いい」 (……えがお……?)


(……あ) (……そう、か)


彼は、「彼氏」として、私を「守って」くれてるんだ。 面倒(めんどう)な実務(ノーマルな仕事)から、私を遠ざけて。 「SR」とか「天才」とか、そういうことじゃなくて。 ただ、一人の女の子として、私を、「大切」に……。


(……なんて、……優しい人……)


私は、もう、何も言えなかった。 「はい」と頷(うなず)く代わりに、彼に、精一杯(せいいっぱい)の笑顔を、向けた。 彼は、それを見ると、何か、耐えられないものを見たかのように、わずかに顔を歪(ゆが)め、すぐに書類の山に向き直ってしまった。


(……照れてる) (……もう、会長ったら、……可愛い)


***


(エピローグ)


生徒会室は、今日も平和だ。 「会長(NR)! この案件!」 「却下(きゃっか)だ! 非論理的(ひろんりてき)だ!」 「会長、愛梨亜さん、お茶、入りました……」 「ああ、ありがとう、白石さん」


私は、お茶を淹(い)れる。 竜司くんは、それを飲みながら、凄(すさ)まじい速度で実務を片付けていく。 愛梨亜さん(AA)は、そんな二人を「(天才カップル……尊(とうと)い……!)」と、涙ぐみながら見守っている。


時折、竜司くんが、深く、深く、息を吐(つ)いて、両手で頭を抱(かか)えている時がある。


(……あ) (……また、難しいこと、考えてる) (……生徒会のこと、……学校のこと、……そして、……私のこと、とか……?)


彼は、世界(学校)のすべてと、私の「ポンコツ」のすべてを、その「論理」で、たった一人で背負(せお)ってくれている。 (……なんて、素敵な、……最高の彼氏(かれし)なんだろう)


私は、そんな彼の(疲れ切って、絶望しきった)横顔を、心からの「好意」と「幸せ」 に満ちた瞳で、そっと見つめ続ける。


(……私は、今、……とっても、幸せです)


――世界(学校)中が「天才カップル誕生!」と祝福(しゅくふく)する中 、ただ一人、中村 竜司だけが「俺の論理(ろんり)は、どこで間違(まちが)ったんだ……」と頭を抱(かか)え続けている ことなど、私、白石 瑠香は、知る由(よし)もない。


(おわり?)



【竜司視点】SRとNRのアライアンス(論理的彼氏の記録)

(……夢じゃなかった)

体育館裏での“告白”から一夜明け、生徒会室に入ると、空気が変わっていた。

相田は目を潤ませ、白石さんは顔を真っ赤にして俯いている。

(……つまり、俺は“彼氏”になったらしい)

「天才カップル爆誕」

「運命」

「尊い」

校内の空気は、完全に“祝福モード”だ。

俺は、ただの“リスクヘッジ”として「よろしくお願いします」と言っただけなのに。

(……論理的には、最適解だったはずだ)

拒絶すれば、文化祭以上のダメージ。

受諾すれば、神の下僕として生きる。

俺は、後者を選んだ。

それだけだ。

***

「それ、私、やります……!」

白石さんが、分厚い会計報告書に手を伸ばした瞬間、俺の肩が跳ねた。

(……やめろ)

それは“神託”ではない。

それは“人間の好意”だ。

だが、俺にとっては、どちらも“非論理的な災厄”でしかない。

「……白石さんは、何もしなくていい」

俺は、そう言った。

彼女が笑顔でいてくれれば、それでいい。

それが、俺の“論理的彼氏”としての最適な振る舞いだ。

(……だが)

彼女が笑うたび、俺の論理は、少しずつ崩れていく。

あの笑顔は、俺の“防御”を溶かす。

俺は、書類に逃げるしかない。

***

生徒会室は、今日も平和だ。

俺は、実務をこなし続ける。

相田は泣きながら「尊い」と言い、白石さんは、お茶を淹れてくれる。

(……俺の論理は、どこで間違ったんだ)

炭クッキーか?

沈黙のプレゼンか?

告白か?

それとも――

(……最初の電車か)

あの時、ボタンを引きちぎった瞬間から、俺の論理は、すでに“非論理”に巻き込まれていたのかもしれない。

白石さんは、笑っている。

俺は、頭を抱えている。

それが、俺たち“天才カップル”の、日常だ。

(……触らぬ神に祟りなし、だったはずなのに)

(……俺は、触ってしまった)

(……そして今、祟られている)


(終)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

論理生徒会長は非論理少女を論破できない! 〜天才と凡人の生徒会戦線〜 トムさんとナナ @TomAndNana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ