【第10章】「天才」の告白(クライマックス)
(……もう、ダメだ)
あの日、私の「炭クッキー」が『前衛芸術』として新聞に載ってしまった。 中村 竜司くんは、完全に「壊れた」。 彼は、私を「SR」という「バグ」であり「呪い」として、丁重(ていちょう)に「神棚(かみだな)」に祀(まつ)り、ただ黙々と「NR」としての実務をこなし続けている。
(……私が、彼を追い詰めた) (……私の「ポンコツ」が、彼の「論理」を、壊してしまった)
彼に、本当の私をわかってもらうには。 「SR」の呪いを解くには。 もう、あれしかない。
私の「ポンコツ」な頭脳が導き出した、最後の、そして、おそらく最も「非論理的(ポンコツ)」な結論。 それを実行するために、私は、放課後の生徒会室で、震える声で彼を呼び止めた。
「あ……あのっ、会長……!」 「……なんだ、白石さん」 彼は、私を見ようともせず、カバンに書類を詰めながら、虚(うつ)ろな声で応じた。
(こわい。……でも、言うんだ) 「こ、このあと……! ……た、体育館の、裏で……!」 「……?」 「……ま、待ってます……! ……お話が、あります……!」
返事を聞くのが怖くて、私はそれだけ言うと、逃げるように生徒会室を飛び出した。
***
放課後の、体育館裏。 夕日が、校舎の影を長く、長く、地面に伸ばしている。 部活動の掛け声が、遠くから聞こえてくる。
(……来て、くれない、かも) (……「神託(しんたく)は不要だ」って、無視されるかも)
心臓が、口から飛び出しそうだ。 あんな「炭」を渡した女に、呼び出されても、困るだけだ。 (……でも) (……でも、言わないと)
(私が「SR」なんかじゃなくて、ただの、臆病(おくびょう)で、ポンコツな「白石 瑠香」だって、わかってもらうために)
(……ううん、違う) (……もう、そんなの、どうでもいい)
(ただ、私の、本当の気持ちを、彼に――)
その時だった。 カツ、カツ、と、規則正しい革靴の音。
(……来た)
振り向くと、中村 竜司くんが、無表情に、そこに立っていた。 夕日が、彼の影を、私の足元まで伸ばしている。 その顔は、以前見た「虚無」の顔。 あるいは、次なる「呪い(炭クッキーの次)」は何かと、身構えているようにも見えた。
「……話、というのは」 彼が、乾いた声で、口を開いた。 「……五分で終わらせろ。非効率だ」 「あ……」
(ご、五分……!) (やっぱり、迷惑だったんだ……!) パニックで、頭が真っ白になる。
「……あの、」 (言うんだ、言うんだ、言うんだ) 「……その、……いつも、……ごめんなさい……」 「……」
(違う、謝りたいんじゃない)
「……会長が、……『NR』なんて呼ばれてるのも、」 「……」 「……私が、『SR』なんて、……変なあだ名で……」
(違う、そんなことが言いたいんじゃない!)
竜司くんは、黙って私を見ている。 あの「炭」を受け取った時と同じ目。 「神(SR)」が、次に何を宣(のたま)うのか、ただ、待っている目だ。
(……いやだ) (……その目、やめて)
私は、カッと顔が熱くなるのを感じながら、ありったけの勇気を振り絞った。
「私……!」
声が、裏返る。
「私、……会長が、……電車で、助けてくれた時から……!」
(あ……) 彼の目が、ほんの少しだけ、見開かれた気がした。 (……伝わってる?) (……「神託」じゃなくて、「私」の言葉として……)
「あなたのことが――」
私は、目を、ぎゅっと、つぶった。
「…………す、……き、……です……」
……言った。 ……言ってしまった。 でも、声が、小さすぎた。 自分でも、聞こえるか聞こえないか、分からないくらい、か細い声だった。
(……どうしよう)
恐る恐る、目を開ける。 竜司くんは、そこに、立っていた。 固まっていた。
(……) (……あの「炭クッキー」を見た時とも違う) (……「沈黙のプレゼン」の時とも違う)
(何か、とんでもない「非論理」なものを目の前に突きつけられて、彼の「論理」が、今、必死でそれを『解析』しようとしている……そんな顔)
(……どうしよう。……何も、言って、くれない)
(……やっぱり、迷惑だった……?) (……それとも、これも、「SR(神)の神託」か何かだと思われてる……?)
(違う、違うのに……!)
夕暮れの体育館裏で、彼と私、二人の間の空気が、張り詰めて、張り詰めて、ちぎれそうになっていた。
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