【第9章】会長、最大のダメージ
(……終わった)
あの日、私の「ポンコツの証(あかし)」である炭の塊を、中村 竜司くんが「神託(しんたく)の品」のように丁重(ていちょう)に受け取ってしまった。 あれ以来、私は本当の本当に、生徒会室で「何もしない」存在となっていた。
(……もう、何をしても、ダメなんだ)
彼は、あの「炭」を引き出しに仕舞(しま)ったきり、二度とそれについて触れない。 彼は、私を「白石さん」と呼び、私にお茶を淹(い)れ、私を「神棚(かみだな)」に座らせて、ただひたすらに、相田 愛梨亜さんと実務をこなし続けている。 その横顔は、日に日に疲労の色を濃くしていた。
(……私のせいだ) (……私が、あんな「炭」なんか渡したから……) (……きっと、彼は、あれをどう処理していいか「論理的」に悩み続けて、眠れてないんだ……)
「SR」という「呪い」をかけた私を、彼は「NR」として、ただ黙って支え、すり減っている。 その「事実(という名の誤解)」が、私を窒息させそうだった。
そんな、重苦しい空気が支配する、放課後の生徒会室。 その「平和」は、いつものように、嵐のような声によって破られた。
「し、し、白石さーーーーんっ!!」 「か、会長(かいちょう)ーーーっ!!」
バターン!!と、凄まじい勢いでドアが開き、愛梨亜さんが、一枚の紙を振りかざしながら転がり込んできた。
「は、……ひゃいっ!?」 「ど、どうした、相田。落ち着け。非論理的だ」 竜司くんが、疲れた声で彼女をたしなめる。
「こ、これ! これ見てください!!」 愛梨亜さんは、息も絶え絶えに、その紙――**『学校新聞』**の速報版(そくほうばん)を、机の真ん中に叩きつけた。
「今朝、美術準備室で、美術の田中先生が見つけたらしいんです!」 「(……美術?)」
私は、何が何だか分からず、愛梨亜さんが指さす紙面に、おそるおそる視線を落とした。
(…………は?)
そこには、見覚えがありすぎる「物体」の写真が、 ざらついたモノクロ写真で、デカデカと掲載されていた。
私の、あの、「炭(すみ)」だ。
そして、その横には、踊るような大きな見出しが打たれていた。
【速報! 生徒会室に、前衛的すぎる芸術作品、現る!】
「…………え?」 「…………は?」 私と、竜司くんの声が、奇妙に重なった。
愛梨亜さんが、興奮のあまり、記事の本文を読み上げ始める。 「『――昨日、生徒会室を訪れた美術担当の田中教諭は、奇跡の作品を目撃した。中村 竜司会長(NR)が、白石 瑠香副会長(SR)から贈(おく)られたという、その“クッキー”は、我々の想像を遥(はる)かに超えていた!』」
(あ……あ……あ……) (……なんで、知ってるの……!?)
「『教諭は語る。「あれは、クッキーなどという陳腐(ちんぷ)なものではない! 燃え尽きる寸前の『生』と、完全なる『死(炭素)』が共存する、まさに“ゼロ・ポイント”だ! 白石さん(SR)のカリスマ性は、ついに芸術の領域にまで達したのか!」』……ですって!」
(ぜ、ゼロ・ポイント……!?)
「(……そうか)」と、愛梨亜さんが、ハッとした顔で竜司くんを見た。 「会長が、あのクッキーをすぐに引き出しに仕舞(しま)ったのは、この『芸術的価値』を、私たち(凡人)の目から守るためだったんですね!」 「なっ……」 「さすがです、会長! 白石さん(SR)の『プロデューサー』としても完璧です!」
(ぷろでゅーさー……?)
私は、もう、愛梨亜さんの言葉も、新聞の見出しも、頭に入ってこなかった。 ただ一点。 竜司くんが、どうしているか、それだけが怖かった。
おそるおそる、彼を見た。
「……」
竜司くんは、学校新聞を、見つめていた。 いや、新聞の、さらに向こうの「虚無(きょむ)」を見つめていた。 その手は、握りしめたペンがミシミシと音を立てるほど、強く震えている。
「あ……」 彼が、ゆっくりと、顔を上げた。
(……こわい)
その顔は、「怒り」でも「悲しみ」でもなかった。 「無」だった。 すべてを諦(あきら)め、すべてに絶望し、自らの「論理」が、この「非論理(SR)」の前では塵(ちり)に等しいと、完全に理解してしまった男の顔だった。
「……ぐ、……」
彼が、喉(のど)の奥から、何かを絞り出すような、押し殺したような声を上げた。 (……笑ってる……?)
いや、違う。 (……泣いてる……?) それも、違う。
(……あ)
(……彼は、もう、壊れちゃったんだ)
私の「ポンコツの証(あかし)」が、「神格化」の「最終兵器」になってしまった。 そして、その「神格化」に、彼自身が(無意識に)手を貸してしまった。 (……私が、会長を、壊した……)
「(……何を、しても……ダメだ……!)」 彼の心の声が、今度こそ、はっきりと聞こえた気がした。
私は、自分の「非論理(ポンコツ)」が招いた、取り返しのつかない「論理(かれ)の崩壊」を前に、ただ、青ざめて立ち尽くすことしかできなかった。
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