【第7章】中村 竜司の「論理的」な敗北宣言
文化祭は、終わった。 私の「沈黙のプレゼン」は伝説となり、生徒会企画は大成功。 その結果、生徒会室には、文化祭の後片付けに関する雑務や、各部からの追加申請といった「現実」が、書類の雪崩(なだれ)となって押し寄せていた。
「よしっ! 愛梨亜(AA)、こっちの清掃報告書、終わりました!」 「会長(NR)、お疲れ様です! こちらの会計報告も、今まとめます!」
(……すごい)
中村 竜司くんと、相田 愛梨亜さん。 「NR(ノーマルレア)」と「AA(ダブルエー)」と呼ばれる二人は、あの日から、まるで何かに取り憑かれたかのように実務を処理し続けていた。 特に、竜司くんの働きぶりは、異常なほどだった。
(……また、クマが濃くなってる)
私は、生徒会室の隅、私の「指定席」になりつつある椅子から、彼の横顔を盗み見ていた。 彼は、あの日、野次馬から私を「守って」くれた(と私は思っている)。 それ以来、彼は、一切私に話しかけない。 私に「論l理的な詰め」をすることも、「花形の仕事」を任せることも、なくなった。
彼はただ、私(SR)が『スーパーレア』として祭り上げられた分の、すべての「ノーマル」な実務を、一人で引き受けている。 その姿は、私の胸を「好意」と「罪悪感」で、ぐちゃぐちゃにかき混ぜる。
(ダメだ) (私、このままじゃダメだ) (彼が、あんなに疲れてるのに。私だけ、何もせずに、ただ『SR』として座ってるなんて) (……怖い。……怖いけど) (でも、彼を助けたい……!)
私は、震える足を叱咤(しった)し、ゆっくりと立ち上がった。 そして、竜司くんが格闘している、書類の山の前へと、おそるおそる歩み寄った。
「あ……あの……会長……」
「……」 彼は、ペンを走らせたまま、顔を上げない。
「な、何か……私にも、できること……」
「手伝います」 その、か細い一言を口にした瞬間だった。
ビクッ!!
「……え?」
彼が、まるで電気ショックでも受けたかのように、肩を激しく跳ねさせた。 (……? い、今……?)
彼は、ゆっくりと、本当にゆっくりと、顔を上げた。 その瞳は、いつもの「冷たい」瞳ではなかった。 「無」だった。 文化祭の激務で燃え尽きたかのような、あるいは、何か、信じられないものを見てしまったかのような……**「心が折れた」**ような、虚(うつ)ろな目をしていた。
(……会長……?)
「……白石」 彼の、乾いた声が、私の名前を呼んだ。 「お前は……」
彼は、おもむろに立ち上がると、私が手を伸ばしかけていた「書類の山」の前に、立ちはだかった。 まるで、私(という名の災厄)から、書類を「守る」かのように。
「え……あ……」
(……怒ってる? いや、違う……)
「お前は」 彼は、私をまっすぐに見つめ、宣告した。 その声には、一切の感情が乗っていなかった。
「そこに、座っていろ」
「…………え?」
「いいか、よく聞け」 彼は、指一本、私に触れようとはしない。 ただ、言い聞かせる。
「何もしなくていい」 「何も、触るな」
(な……に……?)
「お前は、ただ、そこに『いる』だけでいい。それが、お前の仕事だ」
時が、止まった。 (……今、なんて……?) (何もしなくて、いい……?) (『いるだけ』が、仕事……?)
「――会長っ! ついに、悟(さと)りの境地に……!」
その静寂を破ったのは、愛梨亜さんの、感激に打ち震える声だった。 彼女は、目を潤ませながら、竜司くんと私を交互に見ている。
「そうです、そうですとも! 白石さん(SR)は、私たち生徒会の『御神体(ごしんたい)』なんですから!」 「(ごしんたい……?)」 「会長(NR)と私(AA)が、俗世(ぞくせ)の『実務』をすべてこなします! だから白石さん(SR)は、あの『神棚(かみだな)』で、私たちを見守っていてください!」
(……かみだな……)
愛梨亜さんが指さしたのは、部屋の隅にある、私の「指定席」だった。
(……) 私は、竜司くんの顔を見た。 (……違うって、言って) (……いつものみたいに、「論理的に述べろ」って、言ってよ)
しかし。 竜司くんは、何も言わなかった。 彼は、愛梨亜さんの「神棚」発言を、肯定も、否定もしなかった。
ただ、私に背を向け、再び自分の席に戻ると、また虚(うつ)ろな目で、書類の処理を再開した。
(……あ)
(……そっか)
(……彼も、同じだったんだ)
(……愛梨亜さんや、クラスのみんなと、同じ)
(私が「会計ミス」を見つけた(ことになった)のも、「プレゼン」が成功した(ことになった)のも、全部、私の『実力』だと思ってくれたんじゃなかった)
(……彼も、私を、『SR』っていう、よくわからない『バグ』みたいな……『呪い』みたいな……) (……ただの『お飾り』だって、やっと、諦(あきら)めたんだ)
「触らぬ神に祟(たた)りなし」
彼の心の声が、そう言った気がした。 あの、私にだけ「本物の仕事」を振ってくれた、私だけを「違う目」で見てくれていた(と誤解していた)彼は、もう、どこにもいなかった。
(……いや……)
胸の奥が、冷たく、痛んだ。 ただ「怖い」のとは違う。 ただ「寂しい」のとも違う。
(……いやだ) (……そんなの、絶対に、いやだ)
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