第6話:我、エセ名君を拝命する也




 多分、もう一回遊べるという僕の慈悲に感激でもしてしまったんだろう。

 様々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合ったような顔でしりもちをついていた彼は、暫く状況が理解できずに固まっていたけど。



「―――。なぁ……、おい。アレだけ使ったらマズいとか丁寧に講釈垂れといて……まだ、やるってのか?」

「え、君が言うの? たった今、実力的に見てまるで取るに足らない筈の僕に負けた、君が?」



 こっちだってやらなくて良いならやらないさ。

 けど、それじゃあどっちも納得しない。


 お互いのためにやるんだよ、これは。



「それとも怖くなっちゃった? 尻もちって言うか尻込みなの? はははっ」



「―――そんなんだから腕喰われるんだよ、冒険者崩れ」

「……!!」



「グ……、ゥ! ん、のぉぉぉぉぉお!!」 



 わかりやっす。

 挑発によって瞬時に武器を取り襲い掛かってきた彼は、それでも先の魔術を警戒しているようで、一撃一撃の重さは軽くなっている。

 いつでも防御に移行できるように、って感じか。



「実際いけるか試してみる? “磁針”」



 壁を背に、何度も……何度も魔術を繰り出す。

 石でできた壁が突き出て、役目を終えると元の状態へ―――さながらモグラたたき、タケノコ。



「ちぃ!!」



 流石は元冒険者だね。

 たった一発喰らっただけで、もう対応してきてる。

 やっぱり素材は良かったんだろう。

 それに、あの顔は……向こうも隠し玉ありって感じか―――っと?



「これは……!」

「透明化は武器にも使える。俺だって、出来ることは何でも試したんだ!!」



 不意に、彼の握っていた木剣の姿が見えなくなった。

 更には腕も、足も……断続的に現れては消えるマジックショー。

 

 一気に苦しくなるこちらの防御。

 間合いが測れないっていうのはかなりのハンデだな、確かに。



「おぉぉぉぉ! らぁ!!」

「くっ!?」



 そして繰り出されるは大振りの一斬。

 学習したのか、僕を盾として壁の前に立たないような絶妙な間合いで放たれたソレは、まともに当たれば骨折では済まなそうで。

 当然、命からがら華麗なローリング貴族回避―――。



「避けるしか出来ねえよな! けど、お前が避け切れるわけ―――がッ、ぁ……!?」

「馬鹿だね。壁が出来るなら床だって出来るよ」



 転がったのを良い事に、床に手を付き魔術を発動。

 下から突き上がるソレを何とか木剣で防ぐ彼だけど……。

 そうやってる間に、じゃあ脛をしたたかに打たせてもらう。



「―――ッ、う……ぐッ。なん、で……間合い、が」

「重ねて馬鹿だね、君も。それは僕の家のモノで、僕が渡した木剣だよ? 使い込んでるんだ。見えないくらいで間合いが測れないと思った?」

「……ッ! このッ……」

「残念、僕は頭も良いんだ。誰かと違ってね」



 身体能力で劣る人間が格上を相手にしたいなら、相応に頭を働かせなきゃいけない。

 さながら今の僕は冒険者。

 数倍の膂力がある魔物に挑む、若き勇士……ってあれ?



「なら……好きなだけやってろ、俺はお前が言う通り逃げるッ!!」

「ま!?」



 今度は剣どころか、姿が完全に視えなくなる。

 流石の僕でも、こうなられたら正確な位置を捕捉するのは至難の業で。

 

 ……まぁ、逃げられたのなら仕方がない、か。

 今回は巡り合わせがなかったって事で……彼は、運命が悪かったって事で―――……。


 ッ……。



「―――……う――く……」



 不意に、咳き込む。

 身体が痺れ、鈍重になり、地面がせり上がって壁になったかのような錯覚を覚える。

 やっぱキツイな。

 そのまま床に崩れるようにして両膝を付き、手を付き……。



「それが副作用か! 俺の勝ち――――ッッ!?」

「はい“磁針”」

 

 

 ……もっと賢いと思ってたよ、アルベリヒ。


 両手を地面に着いたのは術の発動の為。

 演技派貴族の自然な動作であった以上、彼は対応できなかったらしく、またしても真正面から受けてしまい。

 透明状態でも分かる、鈍い衝突音。

 

 やがて、痛みに呻きながら転がっている彼の姿が絨毯の上に浮かび上がる。



「姿が見えない相手の戦い方って、どれだけ相手から位置を教えてくれるように仕向けるかだよね」

「………ッッッ。……ぅ」

「君、馬鹿正直だし。あんな話した後だと、しめたって思ったでしょ」



 無論、咳き込んだのはブラフ。

 絶対に逃げてないだろう事は分かってたし、彼が勝機を見出して突っ込んでくるのを狙ったんだ。

 ま、全身が悲鳴を上げているのは事実だけど。


 ―――倒れた彼の首筋に切っ先を宛がう。



「二度目の敗北だ。―――魔物とばかり戦って、対人に弱くなったんじゃない? アル」

「……………かもな」



 二度目とあっては、さすがの彼も認めざるを得ないだろう。

 完全に、完璧に、完膚なきまでに……僕の勝利だ。



「さて……、と。そう言えばさ、アル。君が勝った時の事は言ったけど。僕に負けた時の話はしてなかった―――よね?」

「……………」

「生殺与奪、自由自在だ」

「……好きにしろ」



 あっそう。

 じゃあ、お許しも出た事だし、好きにさせてもらおうか。


 僕は彼から目を離し、戦闘中ずっと傍観に徹していた家令へ向く。

 最初から彼に任せておけば一瞬だったんだろうなぁ。


 ま、絶対にイヤだけど。



「ヴァレット」

「えぇ、えぇ。ご用意しております。―――こちらを」



 僕の言葉に。

 彼が両の手で差し出してくるのは、一振りの長剣。

 ……木剣なんかじゃない。

 鞘を引けば暗闇に光る―――本物の、抜き身―――人を容易に殺すに足る武器だ。



「―――……え?」

「好きにしていいんだよね。言い残す事がないならとっとと済ませようか」

「……………ェ?」



 ………。

 


「い、いやいやいや!! 待て待て待て待て待て待て待て待て待て!!!」

「なに? 今更言葉を違えるの? 男子に二言なし、でしょ?」

「イヤ! そういうレベルじゃねえから! マジで!? 本気で!?」



 この期に及んで大騒ぎとか、何処まで株を落とす気だろう。

 これで、学生時代の彼は僕達の特攻隊長としてそれなりの地位にいたのに。


 これが同窓会格差ってやつか。



「アルベリヒ」



「―――アル。僕の……、親友」

「……………」

「僕は、君に期待していた。少なくとも、ほんの少しでも、君がまっとうに働いてくれると信じていた」


 

 当然だ。

 最初から、十割で友達が悪に身を落とす事を期待するなど。

 そんなもの、最早友人などではない。


 確かに、僕は再会の時から既に彼の瞳の奥にある黒い感情を見た。

 でも、信じた。

 それは、彼が僕にとって……少なくとも、帝国の伯爵ではない、レイクアノール・ユスティーアではない、只のレイクという人間にとって、大切な記憶の中にいた存在であったからで……。


 けど。

 もう、その中に彼は居なくなる。


 うなだれる男へ、震える手で剣を振り上げ。



「―――――再び失望させてくれるなよ」

「………ぇ?」



 膝立ちになり。神妙に俯くへ。

 その首筋に抜き身の長剣を当てるようにして、言紡ぐ。



「……冒険者アルベリヒ。いまこの時より、なんじをアノール領主レイクアノール・ユスティーアの騎士に任ずる」

「……………!」



 言紡ぎながら、その剣を移動させ。

 やがて、進み出てきた家令へ手渡す。


 これで儀式は完了。

 抹消も、完了。



「レイク……―――許すのか? 俺を……!?」

「誰が許すと言った?」

「え」

は、今よりに仕える騎士。それ以外の何者でもない。意味が、分かるだろう?」



「―――――レイクアノール……サマ?」

「そうだ」



 最早、彼は友人などではない。

 僕が彼と友人として語らい、本当の自分をさらけ出す事は二度と無い……、永遠に、だ。


 ある種の、決別だ。



「……ぁ……、あ……ぁ」

「なんて顔をしている。見苦しいぞ」

「―――……お互い様だろ……でしょ、う」

「ふん。再教育の必要は多そうだな」



 ……どうやら、僕の仮面も完ぺきでは決してなかったらしい。

 急ぎ、彼に背を向ける。



「使命に殉じろ。後悔はさせない」

「……どういう意味で?」

「私は、必ずアノール領を帝国全土―――否。大陸中へ名の轟く領にする。やがて、お前にも不自由ない、幸せな生活を提供する……。その為に、私の為に命を掛けろ」


「―――本気、で?」

「領主としての私は、下らぬ冗談は言わない」

「―――俺を、本気で再雇用しようって?」

「そうだ」

「―――犯罪者の俺を?」

「ここは、アノール領。私の領地だ。領主が白と言えば、黒も白。文句など言わせない」

「―――――」



 背後から伝わる気配は、紛れもなく意味の分からない、というものが多かったが。



「……はは―――」



「ははは……ははッ。やっぱり、お前はお前かよ……。何も変わってねぇじゃねえか―――エセ名君が」



 ………。

 それは、友人として存在していた彼の、最後の言葉だったのだろう。

 僕が振り返った時、ひざまずきこちらを見上げていた男の瞳は、最早黒いものを宿してはおらず。



「―――“誓約”を宣言します、レイク様」

「……何?」



 流石の僕もそこまでしろとは言ってないんだけど……。


 誓約、とは。

 この世界の神……六大神の一角たる冥府の大神、【淵冥神】デストピアへ誓いを立てることを指し。

 はっきり、子供ですら行える簡易的な儀式。

 しかし、その効力は絶大……絶対。

 半端な覚悟で誓おうものなら、永久に後悔する呪いだ。

 例えば誰かに秘密を誓ったのなら、破れば声を永遠に失うのが普通……、どころか、程度によっては死。


 それが当たり前ですらある、絶対の宣言。

 原初の魔術……呪術。


 それをこの場で行うと彼は言い。



「私アルベリヒは、その生涯を主たる貴方の騎士として、私が死ぬその時までお守りする事を誓います」

「……。良いだろう。その忠誠、受けよう」



 ………。

 決して裏切りを許されぬ誓いか。

 男にされるのは重いな。



「時にアルベリヒ。私の騎士になるのであれば伝えておこう。……私には、家訓がある」

「……ロクデナシの歴代当主と同じにはならないって言ってなかったすか?」



 あぁ、そうだとも。

 父上を始めとした、民をないがしろにしたロクデナシ共と同じになどなるものか。



「―――ゆえに、私の代からの家訓だ。覚えておけ」

「……………伺いましょう」

「一度自分の手に乗ったものは、余さず救う。それが困難だとしても、出来得る限りの最善を尽くし、不可能だと分かるまで絶対に諦めない」

「……まさか、再会したあの時、既に俺……私は掌だったってか? 何処まで領主様気取りなので?」

「仕官したいと言ったのはお前だろう。精々私の駒として……、ッ」



 ………。

 



   ◇




 不意に倒れる身体。

 それをすかさず受け止めた老執事と、突然の事に反応が遅れた騎士のみとなった空間。



「え……。ヴァレット……あ、サマ?」

「何ですかな、アルベリヒ」

「あの、これは……」

「見ての通り。副作用でございますよ。或いは数日目を覚まさぬ可能性すら……」



 淡々と口にする事に、アルベリヒは一種の恐怖すら感じたが。

 老執事はさも当然、予想が出来た事のように頷く。



「仕方ありますまい。それまでは私が代行を」

「するんすか」

「書類仕事程度、なれておらずに家令が務まる者でしょうか」

「……はははっ。流石っすね。元大陸ギルド総長の右腕―――A級冒険者【処刑人】」

「……ほう? ご存じでしたか。十数年も昔の話を」

「ギルドには、貴方の伝説を知っている者はいまだに多いっすからね。―――まぁ、学生時代はそんなマージの化け物だとは思ってなかったですけど」



 駆け出しのF級からE級の下位冒険者。

 D級からC級の中位冒険者。

 B級、A級の上位冒険者。

 現状、大陸で活動する冒険者の数は登録済みの者だけで万を軽く超えるが、その中でも上位冒険者となると数は数百……事実上のトップランカーであるA級など、数十人しか存在しない。

 A級というだけで単身にして一都市、或いは一組織を容易に壊滅させる一騎当千の強者。


 数人も揃えば、上位魔族や魔物の王とされる竜種すらも相手取れる。



「そんな中で、S級……最上位に最も近かったって言われてた一人があなたって話っスからね」

「ほほ……懐かしいお話」



「因みにこの方は未だご存じないので、そのおつもりで」

「―――え? 何で?」

「そも、貴方が知ったのも冒険者になって以降、ですね?」

「……………成程?」



 納得するべきなのか、問いただすべきなのか。

 先程主君を命を賭して護ると宣言してしまった身として彼は考えたが……ニコニコな執事の前に、問いかけは霧散し。



「片手が無くなった程度、幾らでも上を目指す方法はあります」

「!」

「―――稽古は明日の早朝からです。良いですかな?」

「……えぇ。えぇ! お願いします! 師匠!」



 少なくとも、今より遥かに強くなる必要があると。

 彼が……、既に折れていた己が心を再鋳造ちゅうぞうする事を定めたのは、確かだった。



 ………。



「ではまず花瓶の後始末とエントランスの掃除を。五分で完璧に終わらせなさい」

「アッハイ只今ーー」

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