完璧な幼馴染の唯一にして最大の弱点
我譚#五瓲
とある一幕
「
男だとしたら少し高い澄んだ声が生徒会室に響いた。生徒会長の
その声に俺――
「あ、えっと、その全然大丈夫で……」
声をかけられた会計の焼島が書類の山に埋もれたまま返事をする。けれどとても大丈夫とは到底いえない光景だ。
「僕にも少し見せてもらってもいいかな……これは学園祭の帳簿関係だね」
悠真は焼島に視線を合わせるように腰を屈めて優しく微笑む。
その優しい視線を向けられて断れる人などいない。焼島は恐縮しながら両手で書類を差し出した。
十一月に開催される学園祭まであと二週間。生徒会に舞い込む仕事はピークに達して猫の手どころか神の手を借りたいほど逼迫していた。
やるべき事の大渋滞。メンバー全員が自分の仕事に追われて他を手伝える余裕なんてない。
かくゆう俺も数多の会議の議事録作成だけでもう脳みそがショートしそうだった。
それは悠真も例外では無いはずだ。
そんな中でも悠真は冷静に周りを見ていた。そして困っている人がいれば自然に手を差し伸べる。
レベルが違う。さすが完璧と評される生徒会長だ。
悠真は流れるような手付きで書類をめくり、状況の把握と不備を丁寧に確認していく。
一つひとつを素早く正確にだ。早いだけでなく、その所作は気品にあふれていてとても優美だった。
「ここは先生が間違っているね。再度確認してもらった方が良さそうだ。時間がかかるところは僕の方で進めておくよ」
突然の提案に焼島も困惑する。
「え、でも……」
「今日は焼島さんのクラスの演劇の全体練習があるんでしょ? 」
「そうではあるんですが……こっちの仕事が終わりそうにないので今日は欠席する予定で……」
「それはだめだよ。せっかくの機会なんだし、後の処理は僕に任せて」
まるで「行っておいで」と背中を押すような優しい声音だった。
「でもそれだと神栖会長に仕事を押し付けることになっちゃいますし」
「そこは僕と
悠真は俺の方を見る。言葉にしなくとも「分かるよね?」と言いたげだ。
いや、しれっと俺が巻き込むなよ。幼馴染とはいえ扱いが雑すぎる。
それよりも含みを持たせる言い方に思わず眉を顰める。男二人……ねぇ。
「うう……すみません。お言葉に甘えさせていただきます」
「本当に気にしないで」
柔らかく微笑むその姿はまるで聖人そのものだった。
この窮地の状況の中で後輩のために真っ先に動けて、さらにあんな爽やかな笑顔を向けられる人間を俺は他に知らない。
「ありがとうございます。
焼島は慌てて荷物をまとめるとペコペコと何度も頭を下げながら生徒会室を出ていった。
その背中を悠真は慈愛に満ちた笑顔で手を振りながら見送る。完成されている容姿と相待って王子様のようだった。
これは惚れない方が無理だろう。
焼島が廊下の角を曲がって姿が完全に見えなくなる。それを悠真が最後まで確認してから。
「……さてと。じゃあ戻ろうか。直久」
「お、おう」
急に声をかけられて背筋が伸びる。その声は先ほどまで後輩にかけていた優しい声とは違った。
悠真は廊下の左右を見回して誰も居ないことを確認すると扉を静かに閉める。続けて鍵を回す。ガチャリと重い音が響く。
これで誰もここには入ることが出来ない。つまり俺の悠真だけの密室になった。
部屋の空気が明らかに変わった。
「えーっと……まずは焼島から引き受けた仕事から進めるか?」
その空気に流されまいと俺は仕事の分担について切り出す
だが悠真は何かを堪えるように小さく肩を震わせていて反応がない。
「悠真? どうした?」
「……やっと」
「え?」
次の瞬間、悠真はパッと表情を綻ばせた。
それまでの凛とした生徒会長の顔や後輩を気遣う優しい顔はでもない。柔らかで嬉しさを隠しきれていない乙女の顔だ。
「やっと二人きりになれたね。なーくん」
俺――
それは
髪を留めていたヘアピンを解き放つ。束ねられていた後ろ髪がふわりと広がり光に光を受けてきらりと輝く。
さっきまで目の前にいた王子様が一瞬にして可憐なお姫様に変身した。
「ねぇ今日は何をする? 昨日の続きにする? それとも……」
声まで一気に甘くなる。
抑えていたものが一気に溢れてくるのがわかる。
「待て待て、まずは仕事を終わらせないと」
俺は悠那の圧から逃げるように書類に視線を落とす。焼島から引き受けてしまった仕事に加えて俺の仕事もあるし。
「何言ってるのさ。生徒会の仕事は後回しだよ。直久の分も焼島さんの分もあとで私がパパッと終わらせるから。そんなことよりも――」
いやいや「パパッと」って。
悠那のポテンシャルは規格外なのは知っているけど、これは普通に丸一日かかる量だぞ。
「ねぇ? 聞いてるのなーくん」
ぐいぐいと距離を詰め寄られる。
いや近い近い。顔が近い。
大きな瞳、長いまつ毛、白い肌。完璧に整った顔が文字通り目と鼻の先にまで迫る。
たまらず心臓がバクバクと暴れ出す。こっちは一般男子高校生だぞ。無理させないでくれ。
しかも本人に自覚が無いのはタチが悪い。
学校中の皆を魅了しているイケメン王子様が可愛いお姫様モードになったら同じ破壊力をぶつけてくるのは反則だろ。
目の前にいる
その事実を知るのは俺を含めてほんの数人。
男子として生きてきた反動で抑圧されていた「女子としてのやりたい事」が今まさに爆発しているのだろう。
まぁその爆弾に火をつけてしまったのは他でも無い俺だ。
だから覚悟を決めてそのやりたい事にとことん付き合う気ではいる。
いるけどさ。
まさかここまで「女の子モード」全開でこられるとは思わなかった。
どうしてこうなった。本当にどうしてこうなったんだ??
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