1-3
「……先輩、……先輩、
「はっ! あ、
後輩に肩を叩かれてようやく現実に生還した。どうやらさっきのあのあの出来事を思い出して意識が旅に出ていたらしい。
ここは体育館の舞台袖、今は生徒総会真っ只中。ステージに視線をやると生徒会長の
「なんかずっと頭抱えてぶつぶつ言ってましたよ。本当に何があったんですか?」
「いや、本当に何もないってば」
焼島から疑惑の目はさらにキツくなっている。
俺だって言えるものなら言ってしまって早く楽になりたい。
みんなに驚きの発表があります。実は
……なんて軽々しく言える訳もなく。
それに本人は女の子であることを必死に隠そうとしていた。絶対に他言されたく無いに決まっている。それを裏切ることなんてどうしても出来なかった。
それに俺の中でもまだ心の整理がまるで付いていない。
「――以上で終わります。ご静聴ありがとうございました」
体育館が拍手喝采で包まれる。
悠真は気品を漂わせる美しい一礼をする。相変わらずの完璧超人っぷりだ。
そして俺たちのいる舞台袖に戻ってくる。
悠真が目の前に帰ってくる。どうする? どう会話すればいい?
悠真とはあの出来事以来、一度も顔を合わせていない。
現実から逃げるように生徒会室の前で一心不乱に書類をかき集めていたあの時、焼島が俺のことを見つけて「みんな忙しいのに油売ってる暇があるなら働いてください」の言葉で我に返った。
それからは生徒総会の準備のために体育館でひたすらパイプ椅子を並べていた。
舞台袖に下がってきた悠真にいち早くに歩み寄っていくのは目をハートにした焼島だった。
「さすがです! 神栖会長! 今日も惚れ惚れしちゃいました。これで二学期の文化祭も体育祭も大成功間違いなしですね」
俺の時よりも三段階は声のトーンも上がっているし顔も完全に見惚れ顔だ。
「大袈裟だよ、焼島さん。でもありがとう。みんなで協力して色々な行事を成功させないとね」
ふふ、と優しく微笑む悠真の破壊力は凄まじい。
焼島は一瞬でとろけた。
他の生徒会メンバーも一言でもいいから悠真に声をかけようと集まる。あっという間に悠真を中心として人の輪が出来が上がる。和気あいあいとした雰囲気が場を覆う。
流石です神栖会長。私達も生徒会メンバーとして頑張ります。尊敬します。
賑やかな声が響く中、俺だけがそこに混ざれないで立ち尽くしていた。
だって何かを言わなきゃいけないのに、何をどう話して良いかわからない。
「神栖くん! 会議が始まるから来てください」
廊下側から先生の呼び声がする。
この後は地元商店街に学園祭の協力依頼をする会議ある。悠真は学生代表としてそれに出席する予定だ。
悠真は集まっていた生徒会メンバーに断りを入れ、先生の方へ歩き始める。皆、名残惜しそうだ。
そしてその路中に俺の前を通る。
今だろ。声をかけるなら今しかない。
「……悠真」
かろうじて名前だけ絞り出すことは出来た。
でもその先の言葉が続かない。
悠真は歩みを止める。
「……」
「……」
地獄のような沈黙が流れる。早く何か言わないと。
「神栖くん、時間が押しているから急いで」
先生が催促する声がする。
「あの悠真、あの時は――」
「
「えっ」
一瞥さえもしなかった。俺の返事を待つことなく悠真は先生の方へ走って行った。
俺はその場で立ち尽くすことしか出来なかった。
残された生徒会メンバーはそのまま生徒総会の片付けに入った。放送装置の片付けや並べれた机とパイプ椅子の撤収である。
いつもなら億劫な作業だが今日ばかりは余計な事を考えるくらいなら作業に没頭している方がマシだった。
おおよそ二メートルはある机を運ぶのは二人一組。一人では運べない。ペアは後輩の焼島だ。
「
あの短時間の反応を見てそこまで辿り着くとはこの後輩はやっぱり鋭すぎる。
「いや本当に何でもないって。まじで」
「いや、絶対そうですよね」
図星すぎて何も返せない。
二人で机を持ったまま薄暗い倉庫に入る。他のメンバーは周囲にいない。
「焼島って確か社長令嬢だよな。一つ聞きたいことがあるんだが」
「社長令嬢って言われ方は嫌いですけどまぁ一応は」
この学校はこの辺りでは一番の進学校だ。
生徒の中には社長や議員の子息も少なくない。
かくいう焼島も悠真の神栖グループの規模とまではいかないが地域に根付いた幅広く事業展開する焼島商事の社長の娘である。
「これは架空の話なんだが最重機密を何も関係のない一般高校生がうっかり知ってしまった場合どうなると思う? その情報が絶対に外部に漏れちゃいけないレベルなんだが」
「本当に架空の話なんですか? 梶ヶ谷先輩の現状の話としか思えないんですが」
訝しむように見つめてくる。あくまで架空のもしもの話だから。
机を所定の場所へと積み重ねる。手が震えているのは机が重かったせいか恐怖心からなのかはわからない。
「まぁそうですね……」
焼島は顎に手を当てて考えるポーズを取る。
「普通に消されるんじゃないですかね」
「えっ消されるの」
「はい。消されるんです。チリ一つ残さずに抹殺です」
この後輩、可愛い顔して物騒な事を言う。
「知ってしまったのがどのような機密情報か知りませんが、知られてしまった以上は消えてもらうしかありません」
……多分俺が知ってしまったのは最重要機密だ。
「消えてもらうって……。でも日本の警察は優秀って聞くし。そんな事は出来なんいんじゃ……」
「もし仮に神栖グループレベルの大企業だったとしたら警察にも太いパイプがあるのは確実です。口封じの為に高校生の一人くらいなら事故死を装うことは安易だと思います」
焼島から放たれる文言に戦々恐々とするしかなかった。え、俺死ぬの?
「あるいは裏社会の方々に依頼して東京湾に沈められるとかもありえそうですね。警察にも出来ない裏の仕事をこなす――」
「わ、わかったよ。ありがとう焼島」
東京湾に沈められる? 知ってしまったということの重大さに戦慄する。溺死って嫌な死に方ランキング、上位のやつじゃなかったっけ? やめてくれ。
「なら今から東京湾でもどこでも泳げるように練習を――」
「甘いです。頑張ったところで相手はプロなので。確実に消されますよ」
「もう助からないってこと……?」
「いや、まだ諦めるのは早いです。今なら入れる保険があります。うちのグループ企業の保険です。あーでも死体が見つからないと保険金は降りないですけど」
焼島はここぞとばかりに保険の勧誘をしてくる。商魂たくましい。
十代男性、月額四千円の保険金でもしもの時には家族には五千万円が入るらしい。これで残された家族も安心。
てか助かる話ではなくて消されること前提なのやめてもらっていい?
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