復讐のふたり~島田警部シリーズ~
柿崎零華
第1話~事件発生~
目の前の遺体を俺はどう向き合えばいい。
時間は朝早くだった。
東京都港区内にある高層マンションの二十五階のとある一室。
寝室だと思われる狭い部屋。
壁際にはベッドが置かれており、対面の壁には多くのアーティスト写真などが飾られている。
どれも見たことのあるアーティストだ。
恐らくファンなのだろう。
周りには多数の警察官などが出入りをしており、中には同じ捜査一課の刑事たちも慌ただしく動いている。
俺〈島田〉は目の前に横たわっている男の遺体を見ながらも、ただ手を合わせることしか出来ない。
いつもそうだ。
警視庁捜査一課に務め初めて三十年。
警部になった今でも遺体を目の前にすると、とてつもない無念さが伝わってくる。
それもこの男性は頭を拳銃で撃ち抜かれている。
被害者だとしてもとても無念が残っているのだろう。
俺はそんな被害者に手を合わせることしか出来ない。
申し訳ない気持ちで心が苦しくなってきているが、それでも俺たちの仕事は無事に被害者の無念を晴らすことだ。
必ずや事件を解決することを約束してから、ゆっくりと立ち上がった。
すると若い後輩刑事の〈丸山〉が俺の元に近づいてきてから
「警部。被害者の身元が分かりました」
俺は小さく頷いてから、寝室にある小さな窓から外を眺めた。
「こんな高層マンションに住んでいる。それも港区だ。かなりお偉いさんだろう」
「警部の推測通りです。被害者の名前は〈城山仁さん〉。王手IT企業の副社長をしています」
俺は後ろを振り返ってから
「社長じゃないのか?」
「はい。社長は被害者の実の兄である〈城山武さん〉が務めています」
「兄弟揃って経営しているのか」
「死亡推定時刻は朝六時から七時頃です」
俺は腕時計を確認する。
時間は朝九時を過ぎている。
「まだ殺されて間もなってないのか」
「そのようですね。第一発見者は隣に住んでいる男性ですね。突然朝に発砲音が聞こえてからしばらくして隣の部屋を訪ねて、遺体を発見したそうです」
「その男性は起きていたのか? それとも発砲音で目覚めたのか?」
「後者ですね」
「そうか。分かった」
「はい。死因は報告するまでもありません」
俺はしゃがみ込み、横たわっている城山の顔をじっと見ながら
「暴力団の線は」
「今、組織犯罪対策部と協力を結びまして、この近くの暴力団組織で怪しいものがいないか当たってもらっています」
「よろしく頼む」
「はい」
すると、倒れている城山の近くに何やら女性物のペンダントが落ちているのが分かった。
形は円く、真ん中に赤いダイヤモンドが入っている。
かなり高級なものだとすぐに分かった。
それを拾い上げて、丸山を見上げる形で
「これはなんだ」
「ペンダントですね」
「そんなことは分かっている。被害者に女性の線は」
「どうやら内縁の交際女性がいるそうです。そのうち籍は入れる予定だと聞いています」
「そうか。分かった」
俺は立ち上がってから、その場を離れようとした。
丸山も俺の後を付いてくる。
いつもそうだ。
俺がどこに行こうとしても、丸山はまるで野良猫のようについてくる。
それも彼が捜査一課に配属されて半年も経つが、殺人事件が起きるたびにいつもそうだ。
別に嫌なわけではないのだが、それでも何故についてくるのか気になっていた。
それを言えなかった自分も落ち度はあるのだが、ここは聞いてみようと思い、立ち止まってゆっくりと振り返ってから
「なんでついてくる」
「いや、小野田課長に言われてまして。島田警部に付いて行けって」
「あいつ、余計なことを」
俺はつい言ってしまった。
小野田は捜査一課長であり、俺の警察学校の同期だ。
お互いが捜査一課に配属になってからは、いつもペア同然で事件を追っていた。
彼が出世をしてからは〈現場は島田、官僚は小野田〉と陰で言われていることは知っている。
その通りだと俺も思っているし、小野田もそれを望んで出世したのだろう。
だからといって、彼に対して嫉妬心や妬みなど全く思っていない。
むしろ祝杯を挙げたいぐらいだ。
彼のおかげで色々と捜査がやりやすくなっているのも事実。
それに関しては感謝してもしきれないのだ。
だが、余計なことを言われると俺としてもプライドがあるため、少し傷ついた。
今度、銀座で寿司でも奢ってもらおうと思いながらも
「ついてこい」
「分かりました」
丸山が笑顔で言ってから俺の後を付いてきた。
マンションの長い廊下を歩きながらも、俺は丸山に
「これからどこに行くか、当ててみろ」
「警部がですか?」
「それ以外に誰がいる」
丸山が悩んだ表情を浮かべながらも
「そうですね。先程話に上がった内縁の女性に関しては少し早い気がします。恐らくペンダントのことがありますし、事件に関わっている可能性はありますが、恐らくそうだとしたら向こうも警察が来るのを待っているはず。それだったらあえてこちらから泳がせておいて、やはり第一容疑者候補でもある会社の社長でもあり、被害者のお兄さんに会うのがベストかと」
やはり刑事としては少し優秀な部分が培っている。
だが、俺は少し違う。
俺は微笑みながらも
「その女性でも、兄でもない」
「誰ですか?」
「このマンションの管理人だよ」
「はぁ? 引っかけたのですか?」
「いや、刑事としての流れの常識を言っただけだ。お前は先走りすぎなんだよ」
丸山は不満そうな表情を浮かべながらも、俺の後を付いて来た。
それにしても、刑事としてはとても警察学校で習ったであろう犯人の心情や大体の流れを把握している。
やはり丸山が捜査一課に来たことは間違いではないなと思いながらもエレベーターホールまで辿り着く。
すると偶然通りかかった同じ捜査一課の若い女性刑事〈錦織〉が
「あっ警部。丁度良かったです」
「どうした」
「一応、近所の住民に聞き込みを行ったところ、フードを被った怪しげな女性が階段から出てくるところを見たそうです」
「階段? 防犯カメラは」
「エントランスに設置されているみたいです。これから確認ですか?」
「あぁ、一応管理人から被害者の情報を聞きたくてな」
「分かりました。私はしばらく聞き込みを続けます」
「よろしく頼む」
そう言うと、錦織はその場を離れて行った。
タイミングよくエレベーターが到着し、扉がゆっくりと開いた。
丸山を見ると、態度が丸出しだ。
錦織は微笑みながらも見ている。
恐らく彼女に惚れているのだろう。
だが、今は事件の方が最優先だ。
ゆっくりと咳ばらいをすると、丸山がこちらを向いて、申し訳なさそうな顔をした。
俺も一つ一つ注意しているのが面倒な性格も持っているため、何も言わずにエレベーターの中に入った。
丸山もその後を付いてきて、一階までのボタンを押す。
ゆっくりと扉が閉まり、エレベーターが下に動き始めた。
「女性かぁ」
俺はそう呟くと、丸山が
「自分はもう一つ気になることがあります」
「なんだ」
「階段です」
「俺も気になった。何故わざわざエレベーターではなく階段を使ったのか。フードを被っていれば監視カメラに映る怖さもないはずなのに」
「階段を使ったがために、住民に見られた」
「どちらにしてもだよ。まず、よく住民が女性だって分かったな」
「顔つきだからでしょうか」
「いや、恐らくマスクもしていた可能性がある」
「呼吸が苦しくなってとか」
「それだったら最初からエレベーターを使うだろ。これから人を殺すというときに、そんなへまを起こすわけがない」
「確かに」
「何か裏がありそうだな」
そう喋っているうちに、エレベーターが一階に着き、扉が開いた。
周りには多くの警察関係者がおり、中には警察官に事情を聞いている住民らしき人物も見受けられた。
俺はその中を潜り抜けながらも、管理人室の扉をノックした。
すると一人の年配の男性が出てきて、少し険しい表情を浮かべながらも
「なんだ」
「警視庁捜査一課の物です」
「また何か? 既に他の刑事さんにはお話ししましたけど」
「今度は話ではありません。監視カメラの映像を確認したくて」
管理人は小さくため息をしてから「どうぞ」と言って通してくれた。
狭い部屋の中にモニターがいくつも設置されている。
エレベーター・駐車場・裏口・エントランスなど、様々な監視カメラの映像が確認できる。
「どの映像が見たいんですか?」
「えっと、階段をもし使うのであれば、エントランスを通らなければならないですか?」
「そんなことはないです。裏口からも行けますけど」
「ではエントランスと裏口とエレベーターの映像を見せてもらってもいいですか?」
「何時ごろ」
「えっと、朝六時頃から七時過ぎまで」
「分かりました」
管理人が素早い手裁きでパソコンに打ち込む。
俺はその様子を見ながらも
「管理人歴は長いのですか?」
「五年ほどやってます。管理人の中だと長い方ですね」
「そうですか」
やはりその影響もあってか、すぐに要望した時間の映像を出してくれた。
今の時代は動画配信でさえも年配者がやる時代になっているため、特に変わったことはないが、それでもたくましいなと感心していると
「これですね」
よく見ると、確かにその時間に怪しげなフード姿の女性が裏口から入っているのが見えた。
その女性はそのままエレベーターに乗り込み、二十五階ではなく二十階で降りているのが分かった。
謎の行動に逆に興味が湧きながらも見ていると、丸山が
「二十階で降りてますね」
「そのまま階段を上って二十五階まで行ったのか。何か怪しいな」
「でも、わざわざ捜査の目をかいくぐるために二十階で降りたのですかね」
「いや、そんなことはない。それだったら最初から階段で上った方がまだ分かる。しかし、監視カメラに映っていると分かりながら、二十階で降りている」
「なんで分かっていると分かるんですか?」
「途中で何回か監視カメラを見ている。恐らくわざとエレベーターに乗ったのだろう。恐らく二十階に意味があるのは確かだ」
そう言って管理人に礼を言ってから、その場を離れた。
丸山は後ろをついてきてから
「二十階に行かれるのですか?」
「あぁ。でも俺ら二人で住民一人一人に声をかけるわけにはいかない」
「じゃあどうするんですか?」
「錦織さんに電話して、すぐに二十階に来るように伝えてくれ」
丸山は微笑みながらも
「分かりました」
そう言って携帯を取り出して通話をかけはじめた。
だが、俺はその時知らなかった。
この事件の真相がこんなにも悲しいものだったとは・・・
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