第20話 ご近所さんです

「あらあらー、わざわざありがとうねアシタ君」


「いえいえー」


 歩くこと数分。

 イコを抱きかかえたまま辿り着いたのは閑静な住宅街にある一軒家。モダンな新築だ。


 そして今喋っているのがアトとイコのお母さんのナノさん。

 あらあらうふふを絵に描いたみたいな人だ。とりあえず話し始めにそんな言葉がつく。

 垂れ目なイコが成長したらこんな感じになるんだろうなという、落ち着きつつ、ちょっと変わった印象もある女性である。

 あと、どことは言わないけど大きい。

 ……これで夫に捨てられたって言うんだから驚きだ。


 悪魔族なナノさん夫婦は元々あっちの世界にいて、こっちの世界に来てから二人を産んだみたいなんだけど、そのすぐ後にいなくなっちゃったんだって。

 理由は分からないらしいけど、それで苦労しつつ子育てして、アトとイコが小学生になった今は密かに立ち上げていたアパレルブランドがとんでもない跳ね方をしてこんな立派な一軒家に。

 こんな綺麗なところに住んでるのにわざわざ僕の家までアトとイコが遊びに来るのかはよく分からない。どうしてなんだろうね。


 ……まあいいや。


 両手で寄せつつ持ち上げながらナノさんは片手を頬に置いて、僕……というよりそこにしがみ付くイコを微笑ましい目で見ていた。


「イコ、気に入っちゃったの?」


「……うん」


「イコ降りろよ、お腹空いたよ俺」


「僕も降りてくれるとありがたいかなぁ」


 情けないけどちょっと腕が痺れてきた。

 しっかり掴まってくれてたからそんなに負担はなかったんだけど、犬童然り、女の子でも重いものは重いんだ。言わないようにはするけどね。


「それにしても……奉仕種族ねぇ。こっちの世界で聞くことになるなんて思わなかったわぁ」


「やっぱり、ナノさんは知ってるんですね」


 ふとナノさんの視線が向いた先には、僕の隣にいる真っ白い少女――イツカが映っている。

 アトとイコに紹介しておいて、ナノさんに紹介しないのはおかしな話だし、どうせバレるだろうからと言っちゃうことにした。

 ちなみに巴はあんまりナノさんが好きじゃないらしく、少し離れたところで待機だ。顔が怖いよ、幼馴染さん……。


「もうほとんど忘れてたわぁ。あっちの世界でも私は縁がなかったしねぇ。それも機械族なんて、本当に優秀な亜人だったものぉ」


「へぇ、そうなんですね」


 そんなところから半ば追いやられてしまったのがイツカなんですよ、とはさすがに言えない僕である。

 ナノさんにも、ちょっと特殊な事情でこっちに来てるんです、としか伝えていない。


 気まずくなってチラッとイツカを見るけど、本人は気にしていないのか無表情で向けられた視線に返すだけだ。

 そういうとこ図太いよね、君。


「他の亜人は何か言うかもしれないけど私は何も思わないわぁ。アトもイツカちゃんのこと気に入ったみたいだし、これからもよろしくねぇ」


「ナノ、よろしくお願いいたします」


「えぇ。じゃあイコぉ? そろそろバイバイしましょうねぇ?」


「……んー」


 イコ、あんまりぐずらないでほしいなぁ。

 別に面倒くさいとか思ってるわけじゃないんだけど、ちょっと……首が…………絞まってるかなぁ。

 ぶっちゃけ苦しい。君が亜人で僕が人間なこと忘れないで、お願い。


「……イコ、さっき言ってたタコ爺のお店行くやつ。どんな感じだったか聞かせてよ。僕、楽しみにしておくから」


「…………アシタにも何か買ってってあげる」


「それは嬉しいなぁ」


 あそこ、品ぞろえが豊富過ぎて小学生の間に結局全種類コンプリートできなかったのを思い出した。

 また今度顔出してみようかなぁ。


 と、今のやり取りでひとまず満足してくれたのか、イコは地面に足をつけた。

 ふぅ、自由に息ができるのって素晴らしいや。


 ……って、あれ。


「イコ、なんか尻尾引っかかってるよ?」


「――――」


 抱っこしてる間に絡まったのか、僕の右手にぐるんぐるんに巻かれている。

 おかげでイコがナノさんの方に歩き出した時に、僕もちょっとつられてしまった。


「あらあらぁ」


 え、何その反応。


「イコ、アシタ君とバイバイしたくないのは分かったけどぉ、今日はやめておきましょ」


「んうー」


 ナノさんがたしなめると、イコは夕日で顔を真っ赤にしながらその背中に隠れた。

 何? 悪魔族の尻尾って絡まると恥ずかしいものなの? 自分の体もちゃんと制御できてない的な?

 確かに、佐木橋は自分の尻尾を器用に動かしてるけど、あいつだって言っちゃえば絡まってるようなものなのでは? 今度僕の方から揶揄ってみようかな。


「よく分からないけど、気にしなくていいよイコ。僕だってよく小指とかぶつけるし」


 あれ痛いんだよね。


 するとナノさんがうふふと笑った。

 そんな僕が小指ぶつけるエピソード面白い?


「あの、ナノさん? さっきのイコのって何か意味あるんですか?」


「いいえぇ、何もないですよぉ?」


「そうなんですか? 人の事馬鹿にしたりする意図とかってあります?」


「なんにもないですよぉ」


「それならいいんですけど……。じゃあ後輩がたまに同じように腕に尻尾巻き付けてくるのって本当に揶揄ってるだけだったのかな?」


「あらあらうふふ」


 出た、ナノさんの必殺技。

 これは『もう私からは何も言いませんよ』の合図。

 淫魔族といい悪魔族といい、絶妙に人を試すようなこと仕掛けてくるのは共通点だ。


 まあ、長居してもアトがそろそろお腹が限界みたいだし、僕もお腹空いたし、巴も早く帰った方がいいだろうし。


「それじゃあ、またね。アト、イコ」


「ばいばい」


「またなー! イツカ、次は勝つから覚悟してろよ!」


「また、です。アト」


 さて、ナノさんたちに見送られながら巴を拾って帰るとしますか。


 それにしても、犬童とアトとイコには抱き着かれ、佐木橋とイコは尻尾が絡まり。

 今日って何か……いまいち銘打つのが大変だけど、そういう日なのかな?


「巴、帰ろうか」


「えぇ」


「ナノさんが苦手なの、顔に出過ぎじゃない?」


「目が苦手なのよ。見透かされてるみたいな気分になるもの」


 そんなことないと思うけどなぁ。


 首を傾げながら歩くと、夕日が眩しい。

 今日一日の終わりを味わっている気分だ。

 はー、今日も疲れた。明日はもう少し楽な一日になるといいなぁ。


 ――僕は知らない。


 呑気なことを考えている僕の後ろ、少し離れたところで巴とイツカが話をしていたことを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年12月9日 19:00

落ちこぼれな機械生命体メイドは新しいマスターに全力です ツチノコ @tutino5bura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ