落ちこぼれな機械生命体メイドは新しいマスターに全力です
ツチノコ
第1話 ずぶ濡れの女の子です
――この世界には亜人がいる。
正確には、やってきた。
今からだいたい二十年くらい前、突如として全世界に現れた動物の耳だの、悪魔みたいな尻尾だのを生やした普通の人じゃない人――亜人は、人間より力が強いし、頭が良いし、不思議な力も使えた。
当時の人たちは亜人を侵略者として恐れたし、その上で銃とかが通用しないことも早々に判明したせいで半ば諦めたそうだ。だって勝てないからね。
ただ、亜人の皆さんの目的は人間の想像よりずっと穏やかだった。
『隣人になりたい』
共生の道ってやつ。
何でも、亜人が元々住んでいた世界では一つの絶対的な取り決めが存在しているみたいなのだ。
不思議な力が使える亜人の皆さんは世界を渡ることを可能にしたんだけど、だからって支配するのは渡った世界の原住民が積み上げてきた文化を穢す行為に他ならないって考えのもと、『世界間不可侵条約』と銘打って、侵略したり支配したり、そういう物騒なことはしないって決めたらしい。
こっちの世界に来れる亜人も、その約束事を絶対に守れるって何度も検査をしてお墨付きをもらった人たちだけらしい。
そのおかげで、僕たち人間は今も平和に暮らせているわけなのだ。
……まあ、亜人の価値観とかそもそも種族として人間より遥か上にいるとか、そういう諸々のせいで決して完全に平和になったわけじゃないらしいんだけど。
求婚の文化とか、亜人の琴線に触れる行動って僕たちとはかけ離れることもあるみたいで、勝手に好きになられてあれよあれよと気づけば結婚、みたいなこともあるんだとか。
後、この世界に来れるってことはあっちの世界にも行けるってことなんだけど、あっちの世界に行った人間って、今まで帰ってきた人数えるくらいしかいないって聞く。それだけあっちの世界が素晴らしいのかもしれないけど、求婚とかの話聞くとちょっと怖いよねぇ。
それに亜人の皆さんは優秀過ぎて働き口がほとんど取られるとかって問題も出てるし、それに伴って人間への待遇の向上とかも騒がれてる。
単純な力関係的に仕方のないことなんだろうけど、支配ではないにしろ、結局支配染みたことになってしまっているのが今の現代社会における亜人と人間の問題だ云々かんぬん……。
「あー、頭痛い。高城君の話聞くんじゃなかった……」
同じ高校に通う親友、
亜人がこっちの世界にやってきた影響で現代史は亜人と人間との歴史に早変わり。多分普通に人間だけの歴史を歩むよりずっと複雑になったことだろう。
亜人大好きな高城君はそういった話にとにかく強い。
テストが近い今、復習もかねて軽い気持ちで話を聞いたのがよくなかった。
気づけば日は暮れていたし、良くないことはそれだけに留まらなかった。
「……予報じゃ雨降らないはずだったんだけどなぁ」
そう、まさかの土砂降りである。
幼馴染の機嫌がいつもより悪く、最後の授業が終わった瞬間に帰ったのには何か理由があるんだと思っていたが、まさかこんなことだったとは。
いつも持ち歩いている折り畳み傘があって助かったけど、雨の勢いが強すぎて下半身は正直ずぶ濡れだ。気持ち悪いったらない。
降り始めたのは高城君の話が始まってすぐだった。早々に長くなると理解した僕は、まあ聞いている間に止むだろうと呑気に考えていたんだけれど結果はこの有様だ。
見慣れたはずの道のりは、土砂降りに濡れまいと下を向くせいで妙に見慣れない。
それでも家へ着実に近づいていることだけは確かなので、不注意で踏んだ水溜まりから跳ねた水がズボンをより一層濡らしたことから目を背けるように僕は家に帰ってからのことを考えた。
「とりあえずシャワーかな」
母さんにはテスト勉強してたら遅くなったと伝えてあるので、この天気だし多分タオルでも玄関に放り投げてくれてるだろう。
テスト前のこの時期に風邪でも引いて休みたくないし、さっさと温まってしまうのが吉だ。
後、何も言わずにさっさと帰った幼馴染には一言文句を言わなければ。せめて雨が降るくらいは言ってほしかったなぁ、って。多分『さっさと帰らないのが悪い』って返されるけど。
さて、そろそろだ。
あと一分も歩けば――
「――――」
とにかく今は家へ帰ることだけ考えようと視線を少しだけ上げた僕の視界に入ってきたのは、一本の電柱と。
その陰に隠れてひっそりと座る、傘も差さない女の子だった。
病的なくらい白い肌。同じく脱色されたかのような白髪。
服も白だから本当に白一色で、何とも浮いた出で立ちだ。
体育座りしているから身長までは分からないけど、見た感じ僕と同じくらいの年齢なんじゃないかと思った。
ただし、この当てずっぽうは多分当てにならない。
何せ耳があるはずの部分にヘッドフォンのような大仰な機械が取り付けられている。そしてそこから上へアンテナがそれぞれ一本ずつ。
普通の人がするとは思えない恰好。それに、何となく雰囲気が似ている。
誰に?
これまでに会ったことのある亜人に。
だから多分、そういうことなんだろう。
僕の交友関係が浅いのか、これまでに同じような亜人を見たことはないんだけど。
「…………」
こういう時の対処法は一つ。
無視だ。
何がきっかけで気に入られるかなんて分かったものじゃない。
それに徒党を組んで連れ去られる危険性だってある。
基本的に僕たち人間は法でより強く守られている側だけど、それだってそれなりに証拠がないと適用されるかは怪しい。亜人は優秀だから、犯罪紛いなことをする人は総じてどうにかこうにか法の抜け穴を突こうとする。
この辺に監視カメラは少なかったはず。
怖いことはしたくない。
触らぬ亜人に厄介なし。
……まあ、『いつも貴方を遠くから感じていたのですが、我慢できなくて来ちゃいました』とか言う、どないせーっちゅうねん案件もあるみたいだから、関わらなければ絶対安全ってわけでもないんだけど。
とりあえず無視だ、無視。
僕は早く帰ってシャワーを浴びたい。
困ってるのか寝てるのか分からないけど、亜人なら僕の助けなんて借りなくても大丈夫だ。
できるだけ目線を合わさないように下を向いて通り過ぎることにする。
「――――」
女の子は何も言わず、座り込んでいるだけだ。
その姿には悲壮感があって、亜人に抱いていい感情じゃない気がするけど放っておけない感じがした。
……ずぶ濡れだったな。
どのくらい、ここで座ってたんだろう。
…………いやいやいや、こういうこと考えたら駄目なんだってば。
「――――」
……………………でも、さすがにこんな状態の女の子を無視して通り過ぎるのは、どうなんだ?
なんて言うか、亜人とか、力関係とか実際はどうなのかとか、そういうの一旦抜きにして……人としてどうなんだ?
でも、風邪引いたら……。
いや、そんなこと言ったらこの子だって……。
けど亜人にむやみに近づいたりしたらその後どうなるか……。
僕は思わず足を止めて悩んだ。
傍から見たら不審者だと思う。
で、少し考えて折衷案を見つけた。
家までこの距離だ。走れば全然行ける。
だから、
「……これ、使っていいよ」
それだけ言ってずぶ濡れの女の子に向けて、傘を放り投げて僕は全力ダッシュ!
染みてくる水でただでさえ大惨事な靴と靴下が悲鳴を上げてるけどそんなこと気にしない!
急げ! とにかく屋根まで走るんだ!
……正直、ただの自己満足な気がするし、いつか僕自身に巡り巡って振りかかる厄介かもしれないけど、何となく見捨てられないって感情を蔑ろにするのは嫌だった。
さーて、風邪引きませんように!
ん? なんか後ろから聞こえる?
これ、走ってくる音かな? なんか駆動音みたいな――
「――待ってください」
僕は思わずちらっと後ろを見た。
雨で視界が悪い中、白い物体がこちらに走ってきていた。さっき僕が放り投げた傘を持って。
「え、えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
め、巡り巡ってくるの早すぎない!?
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