23時の相談室 －クロノスの魔女について

23時の相談室

《クロノス学園の魔女について》

魔女は薬を作るので、ミントやアルコールの香りがする。

魔女は成長が遅く、長生き。

魔女は役職を欲しがる。

魔女は嘘がつけない。

魔女は若い男の子を食べたがる。

魔女に「魔女ですか？」と尋ねると－－

◇ ◇ ◇

夕飯を食べた後のラウンジで、ジャンユと激しく喧嘩をした。

普段は、阿吽の呼吸、水心あれば魚心……。ジャンユとニールは恋人同士なんて、クラスメイトからいじられるほど、ジャンユとは仲がいい。

（まあ学級代表と副代表ですから……）

言い合いをするのは珍しいことではない。クラスのために、意見がぶつかることもある。 それに議論は嫌いじゃなかった。むしろ好きなほうだ。

だけど手が出たのは初めてだと思う。理由は、問題ばかり起こすルシアの処遇について。

「甘すぎるんだよ、ニール。もうすぐクロノス祭じゃないか」

ルシアを放置するボクに、ジャンユが小言を言った。

「別にどうでもいいよ」

ボクが適当に返すと、ジャンユは胸ぐらを掴んでボクを突き飛ばした。

え？！　………ジャンユ？　

ボクは怒りよりも、ぼやっとしてしまった。

周りにいた生徒たちが、あっという間に集まって……ジャンユは、ルシアとシドファーから眼鏡を無理矢理に外された。

そして「ファイ！」と叫ばれ、ボクに向かって背中を押されたジャンユ。

そのあとはもうめちゃくちゃ……。

クロノス学園は、全寮制の由緒正しい男子校……なんだけどね。

◇ ◇ ◇

夜の21時半－－

相談室でのヒヤリングには事務員のレイモンドがやってきた。ボクとジャンユはできるだけ離れて腰を下ろしていた。

「全く。ジャンユとニールが喧嘩なんてねぇ。みんなが興奮……いや、不安になるだろう？」

「…………」

ボクはジャンユをちらっと横目で見る。学級代表のジャンユは姿勢を正し、じっと前を見ている。

「ジャンユ、学級代表は重荷かい？」

「いいえ」

「ニールは副代表をちゃんとやってくれているかい？」

「そりゃ、もちろんです」

レイモンドはふふっと笑った。事務員のレイモンドは、彫刻のような整った顔をしている。でも笑うと普段より若く見えた。

「二人とも冷静になれよ」

ボクのオレンジ色の頭をぐりぐりと触るレイモンド。彼はきっと、ボクが喧嘩をふっかけたと思っているんだ。

「はいはい」

ボクは頭をずらし、レイモンドの手から逃れた。

学級代表と副代表なんですからねと呟きながら、レイモンドは出て行った。

ドアが閉まる音。 それと同時に－－

「セクハラ事務員」

ジャンユが吐き捨てる

「え？」

「ニールの頭をぐるぐる触ってさ」

そう言ってジャンユも相談室を出て行った。

（かわいいやつ）

「もうすぐ消灯時間だよー」 生徒に話しかけるジャンユの優しい声が聞こえた。

◇ ◇ ◇

真夜中、相談室のドアをゆっくり開ける。中は暗闇－－

「うわっ！」

……ジャンユ。

窓枠に寄りかかり、月明かりだけを頼りにノートを読んでいる。眼鏡を外し、指で目を擦っていた。

「……ジャン？」

僕が呼ぶと、ジャンユの肩が跳ねた。僕は二人きりのときや急いでいるとき、たまにジャンと呼ぶ。窓枠に置いていた眼鏡を慌ててかける。

残念……眼鏡を外したジャンユをもっと見たかった。

「ニール。なにしに来たの？」

「ちょっとね……一人でやりたいことがあったんだ」

そう言ってボクはジャンユに近づいた。首を上に持ち上げる。

窓際に立っているジャンユ。彼と目線を合わせようとするといつもこう。 ボクの方がだいぶ背が低いから。

「やりたいことって煙草？」

ジャンユはボクの目を上からじっと覗き込む。

（え？！……なんで？）

「ニールのシャツからミントみたいな匂いがするときがある。あと飴もハッカ舐めてるから、それで隠してるつもりかなって」

「……内緒にしてくれるか？」

「もちろん。誰も気づいてない」

「ありがとな。ジャンユ」

そんな上目遣いで言われたら、断れないしね。なんてことを言う。

いやいや……背が低いから仕方ないだろ？

ジャンユが手を伸ばし、ボクの髪をそっと撫でた。首筋に当たる指がくすぐったい。

「ニール。煙草で背が伸びないってことはない？」

「ん？　僕の背が小さいのは、違う理由さ」

「…………どんな？」

心臓の音が、ドクンと聞こえたような気がした。ジャンユの瞳が眼鏡のレンズ越し、まっすぐボクを見てる。

「ニール、君に聞きたいことはいろいろあってね。でもずっと聞かないようにしてた。例えば、どうやって不思議な煙草を手に入れているのか……とかね」

「……ありがと」

「聞いてしまったら、学級代表と副代表なんてやってる場合じゃないだろう？」

僕は黙っていた。ジャンユは首を傾げた。 身体が、頬が熱い。

ジャンユの手が、ボクの頬、首筋に触れた。冷たい手のひら……。

てことは、ボクの身体はやっぱり熱いんだな。ジャンユが眼鏡を外して、机に置いた。互いの息が触れる。

「ニール、好きだ」

ジャンユの優しい瞳が迫ってくる。……目を閉じて、唇を重ねた。

ぎこちなくて、唇が震えているけど離れられない。背の高いジャンユは、ボクの頭を抱えるようにして、抱き寄せた。

そっと唇を離し、ボクを見つめるジャンユ。その目はどこか寂しそうだった。

が、ふいに思いついたように－－

「……ニール、煙草吸ってみて！」

「ボクはいいけど、煙って隣のやつに流れるんだよ。ジャンユが吸い込まないといいけど」

「少しくらい大丈夫だよ。それにその煙草、あまり害がなさそう」

「まあ、人間にはね」

「…………」

「あぁ、鼻の効く犬とかは嫌がるよ」

そう言って、ボクは窓を大きく開けた。

「寒いね」とジャンユ。

「今日から11月だぜ」

相談室は窓が最後までしっかり開くので、煙を外に出しやすい。 使い捨てライターをポケットから出す。暗がりのライターの炎は蝋燭のようになった。

ボクは煙草を浅く吸い込んで、窓の外に煙を勢いよく出した。

「なんだよ〜。もっとゆっくり味わう物なんじゃないの？」

ジャンユが眉をひそめて笑う。

「お前が見てるから……上手く吸えない」

そう、ボクが言い終わらないうちに、ジャンユがボクをそっと抱きしめた。

体温が伝わってくる。

「さっき怒ったのに意味はないよ。ルシアンの悪ふざけなんか、何とも思ってない。ただニールと議論したかった」

「……うん」

「なのにニールが、どうでもいいってなんて言うから……言えなくなった」

「ごめんな」

ボクは煙草を消した。

「でもニールと格闘できた。ルシア、シドファーには感謝してる」

「あいつらは自分たちが暴れたかっただけ」

ボクたちは声をひそめて笑った。

「ああやって、暴れさせないとね。圧力鍋の蓋はちゃんと蒸気を抜いてあげないと」

「いいこと言うね。さすが学級代表」

「ニール、君が副代表になった理由は？」

「秘密にしてたけど、あのね……ジャンユが学級代表になったからなんだ」

これは本当のことだ。

「ほんと？」

「ああ……嘘じゃないよ」

「嬉しいな。僕はね、学級代表なんてやるような人間じゃない。空気のようにやり過ごし、誰からも顔を覚えられないまま卒業したかった」

ジャンユは一気に捲し立てた。

「なのに自分でもわけがわからない。どうかしていたのかな？　背中を強く押されたようだったよ」

ボクをじっと見るジャンユ。

「ラウンジで突き飛ばされたみたいにかい？」

「ふっ、そうそう。あんな感じ……」

「君は適任だよ、ジャンユ。君がまとめてくれたからあのクラスは、とても雰囲気がいい」

「ニール……。僕は君と、この学園を卒業できるかな？」

「…………いや、ボクは落第決定なんだ」

　僕たちは無言になった。

「ニール、君って実は……マ」

とっさに、ジャンユのパジャマの襟を鷲掴みにして、彼の唇に自分の唇を押しつけた。まるで噛み付くように……歯と歯がぶつかり合う。

「クッ……ちょっと、ニール」

ジャンユは驚いた顔で荒い息を吐く。そして壁にそっと寄りかかった。

「……ニール、キス下手すぎ。なんか……マーマレードの味だ」

「あ……夕飯、パンにオレンジのジャム塗った」

僕たちはまた微笑み合った。

相談室のドアは閉められている。電気も消えている。

ジャンユがまたボクにピッタリとくっついて、影を指差した。

「見て、ニール。月明かりの世界で、僕らは一つだよ」

　ジャンユが囁いて笑った。

◇ ◇ ◇

《クロノス学園の魔女について》

魔女に「魔女ですか？」と尋ねると－

その場で喉を引き裂かれ、バラバラにされて食べられる－－

この学園に100年以上前から伝わる伝説－－

　　　　　　　　　　　　　　　おわり