冤罪で追放された悪役令嬢ですが、隣国の完璧王子が「君だけが欲しい」と溺愛してくるのは何故ですか?

Shi(rsw)×a

前編

「――イザベラ・フォン・アルノー公爵令嬢! 貴様との婚約を、今この場を以て破棄する!」


キン、と張り詰めた王宮の大広間(ボールルーム)。

私の婚約者であるはずの、この国の王太子、エドワード殿下が、私を指差して叫んでいる。


その腕の中には、今にも泣き出しそうな、可憐な少女。

最近「聖女」として持て囃されている、伯爵令嬢のマリア様。


(……ああ、また、ですか)


私は、目の前の茶番劇に、冷めたため息を吐きそうになるのをぐっと堪えた。

公爵令嬢としてのプライドが、それを許さない。


「エドワード殿下。……理由を、お伺いしても?」


私は、背筋を伸ばし、完璧なカーテシーと共に、あくまで冷静に問いかける。

それが、いけなかったらしい。


「この期に及んで白を切るか!s この悪魔め!」

エドワード殿下は、マリア様の震える肩を抱き寄せ、私を睨みつける。

その瞳には、かつて私に向けられていた穏やかな色は一切ない。

あるのは、軽蔑と、怒りだけ。


「貴様が、マリアにした数々の非道! 忘れたとは言わせん!」

「非道、でございますか?」

「そうだ! 階段から突き落とそうとし、ドレスを引き裂き、あまつさえ、この聖女であるマリアに『王宮から出ていけ』と脅したそうではないか!」

「……」


(……全部、嘘八百)


私は、そんなことは一切していない。

むしろ、聖女として王宮に上がったマリア様が、王太子の婚約者である私を無視し、エドワード殿下に必要以上に擦り寄るのを、遠巻きに「公務に支障が出ます」と諌(いさ)めただけ。


(階段も、ドレスも、彼女の自作自演……)


証拠は、ない。

彼女は、いつも人のいないところで「うっかり」転び、「うっかり」ドレスを引っ掛けるのだから。

そして、その場に都合よくエドワード殿下が現れる。


「マリアは……こんなに怯えている! 心優しく、か弱い彼女が、貴様のような悪女のせいで!」

「……エドワード殿下」

「黙れ! ……ああ、マリア。すまなかった。私が、必ず君を守る」

「エドワード様……っ。私、イザベラ様を怒らせるつもりは、なかったんです……ただ、私、エドワード様のお側には、もう……うっ……」


(……はい、これで王子の情愛は完全に彼女のもの)


見事な手腕だ。

私は、ある意味、感心すらしていた。


「イザベラ。貴様は、聖女マリアを害そうとした大罪人。よって、アルノー公爵家は爵位剥奪の上、領地没収。貴様は――国外追放とする!」

「……!」


(……国外、追放?)


さすがに、その言葉には、私も目を見開いた。

婚約破棄は、想定内。

だが、公爵家(私の実家)まで巻き込んで、国外追放?


「お待ちください、殿下! 父は、アルノー公爵家は、この国に長年尽くしてまいりました! 私の罪(それも冤罪ですが)で、家まで取り潰すなど、あまりに……!」

「うるさい! 罪人の言葉など聞きたくない! 衛兵! この女を城から叩き出せ!」


エドワード殿下の非情な声が響く。

周囲の貴族たちは、誰も私を助けようとはしない。

「悪役令嬢」の末路を、冷たい目で見物しているだけ。

……いや、中には、憐れむような目を向けてくれる人もいた。

そう、隣国の――。


(……あ)


私の視線が、ほんの一瞬、来賓席にいた隣国の王太子、ジュリアス殿下と交わった。

彼は、この茶番を、噂に違わぬ「氷」のような無表情で見つめていた。

……だが、私と目が合った瞬間、ほんのわずかに、眉を寄せた気がした。


(……気のせい、か)


次の瞬間、私は衛兵に腕を掴まれ、大広間から引きずり出された。

人生で初めて受ける、乱暴な扱いに、ドレスがみすぼらしく破ける。


「イザベラ様!」

私の侍女が、泣きながら追いかけてこようとするのを、他の衛兵が止めている。


(……ああ)


私の人生は、ここで終わったのだ。

王太子の婚約者として、国のために尽くそうと、完璧であるために努力し続けた二十年間は。

聖女()の嘘泣き一つで、すべて、塵になった。


城門から荒々しく放り出され、私は着の身着のまま、夜の闇へと追放された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る