"裏"の断罪 学園の舞踏会
「聖女リン! 貴様という女は!」
鋭く向けられた王子の指を、私は見つめた。
同時にダンスのための音楽が止まる。
「聖女でありながら、俺の婚約者であるアナスタシアと共謀し、愛するベティを虐めた! 貴様など聖女の風上にも置けない! よってアナスタシア共々国外追放を命じる!!」
学園の舞踏会。
当然、多くの人の目があるのに、目の前にいる方々は目に入っていないらしい。
ここで少し私の容姿のことを語ると、私は平民生まれにしてはそれなりに美人の分類。
ってこんな説明、前にどこかで私やったわよね!?
割愛よ、カ・ツ・ア・イ!
そんな私が、花が咲いたように微笑めば王子達が慄いたように一歩だけ身を引いた。
「何を言ってるのかしら。王太子ですらない王子に国外追放を命じる権利はないわよ」
私の言葉に王子がショックを受けた顔で私を見た。
「なっ、ベティが言ったんだ! 聖女リンとアナスタシアに虐められたって!」
「アルウェン様ぁ。本当なんですぅ! この間は階段から突き落とされたんですよぉ」
「この包帯見て何とも思わないのか!」
なんてバカバカしい。
くだらないお芝居……三文芝居にすら値しないわ。
「何とも思わないわ」
「なっ! それでも聖女か!?」
「えぇ。そうよ」
「この人でなしが!」
人でなしは王子でしょ。
高い身分を持っている人が、王子と男爵令嬢の恋愛如きで嫉妬心に動かされるかっていうのよ。
アナスタシア様は何も言わずに口元を扇で隠して冷たい目をしていらっしゃるわ。
「聖女の称号を持っているお前は聖女として相応しくない! アナスタシアに至っては淑女どころか王太子妃にも国母にも相応しくない!」
「頭が湧いているんデスカ? それともお花畑が詰まっているんデスカ?」
あらやだ。
王子が迷走し過ぎていて、つい語尾が片言になってしまったわ。
はぁ……本当に私達は何もしてないっていうのに。
「その子狸ちゃんに何を吹き込まれたのかしら」
私は面倒くさくなった。
そう、面倒くさい。
「事実確認もせず男爵令嬢如きの言葉を真に受けるなんて王子として失格。色んな視点から物事を見れない時点で王族失格! お勉強、一からやり直したら?」
「なっ……このっ、」
私とアナスタシア様は知っている。
このバカ王子が勉強は嫌だ、訓練は嫌だ、子供のように逃げ回っていたことを。
「ひどい! アルウェン様は素敵な王子様なのに!」
うん、やっぱり頭お花畑ね。
その頭の中のお花畑、毒を撒いて全部枯らして根絶やしにしてやりたいわ。
「あんた何やってきたの? 王子ですー王族ですーって身分を笠に着て何もしてないでしょ」
本当、理解できないわ。
「王子なら、立場を自覚して責任ある行動しなさい。ただのバカ王子に用なんてないわよ」
と私が言うと王子は更なるショックを受けて動かなくなったわ。
ざまぁ。
将来ハゲの呪いをかけてやりたいわ。
「で、そこの子狸ちゃん。あんたは分不相応な身分を望むから悪いの」
「そんなっ! 私はただ、皆を癒したくって……!」
「だったら花街の女にでもなれば? まぁ、あんたなんて下町の今にも潰れそうな春を売るお店程度がお似合いだわ」
と私が笑って言い放てば男爵令嬢は、酷い、と言いながら泣き始めた。
あーやだやだ。
聖女と認められる前の平民だった時の私だったら、相手は男爵令嬢とはいえ貴族だから黙っていてあげたのに。
けれど残念。
聖女って認められちゃったから実質身分と発言力は王子よりも上なのよね。
「ねぇ、子狸ちゃん」
ビクリ、と男爵令嬢の方が揺れた。
「場合によってはあんた、王族や高位貴族の子息を誑かし、高位貴族の序列を無視し、公爵令嬢と聖女を貶めたとして処刑されるわよ」
「え……私、殺されちゃうの……!?」
私の言葉に、彼女は顔色を真っ青にしてへたりこんだ。
はぁー……やっと静かになったわ。
「黙って聞いていれば……美しくない言葉遣いを!」
次に口を開いたのはメガネをかけた男。
宰相の息子ね。
「だから何? 私の言葉遣いを指摘する前にあんた達が悪いんでしょ」
私は何もしてこない奴には何もしない人畜無害な聖女なんだから。
仕掛けてくる奴には目には目を歯には歯を、倍返し以上!
というのが私の信念よ。
「ベティは我々の大切な女性なんです! 悪いのはあなたの方ですよ、聖女リン!」
「私は何も悪くないわ」
宰相なんて国王の右腕よ?
それが将来コイツだなんて、終わりだわ。
「こんな子狸ちゃんに騙されてバカじゃない? ちゃんと手綱握りなさいよ。役立たずのインテリクソ眼鏡」
「んなっ!? や、役立たず!? クソ眼鏡!? 僕が!? 僕は宰相の息子で偉いんですよ!?」
いるわよね。
こういう頭でっかちのインテリキャラ。
「あんた頭良いのに頭悪いわね。宰相の息子で偉いの? だったらなおさら王子が間違った道を行こうとするなら正して、子狸ちゃんには身分を考えろ、って言わないといけない立場でしょ」
まったく……勘違いも甚だしいわ。
「偉いのは宰相様で、あんたはただの息子。ただ親の爵位を笠に着ているだけじゃない。あんたは本を読んで知識詰め込んだだけの、ただの頭でっかちなバカね」
ズガーン!
と音が聞こえそうなほどショックを受けたインテリクソ眼鏡が固まった。
将来、痔で寝込むがいいわ。
「聖女リン! 貴女は聖女という立場でありながら何故人を傷付ける! 騎士として許せん!」
今度は筋肉バカの相手か。
「はぁ? 騎士なら王子のお守り、ちゃんとしなさいよ。あんた達が王子を甘やかすからダメになるんでしょ。無能な駒は黙ってなさいよ」
「無能な駒……!? 私の父は騎士団長なんだぞ!」
「だから? インテリクソ眼鏡と同じこと言わせないで。偉いのはあんたのお父さんで、あんた何も偉くないわよ」
「ぐっ……将来、私は、」
本当しつこいわ。
私は溜息をついて口を開く。
「騎士団長のお父さんに何教わって来たのよ」
騎士団長もこんなバカ息子を持って、さぞやご苦労なさっているわね。
「あんたみたいなのが将来騎士団長になるの? この国大丈夫? 不安しかないわ」
私にはこいつの未来が見えるわ。
絶対に、バカ騎士団長になるって。
ミスをしたら頭ごなしに怒鳴りつけて甘い考えで意気揚々と出陣したはいいけれど、まっさきにケツを捲くって逃げるタイプだわ。
「その子狸ちゃんは良くて、他の女性を傷付ける。騎士以前に男として失格。素振りからやり直したら?」
筋肉ダルマも沈黙。
将来は猪と結婚する呪いをかけてやりたいわ。
「酷いよ……。聖女様。そんなこと言ったら創世神様に嫌われちゃうよ。心が綺麗なベティのことも悪く言わないで」
次に来たのは盲目的に創世神を信じている聖職者もどき。
「うるさいわね。あんたはただの見習いでしょ。そんな子狸ちゃんに惑わされるなんて修行やり直したら? あと、神様を語るなら聖職者のトップになってから言いなさいよ」
見習いなんて聖職者ですらないわ。
「善悪平等な見方も出来ない聖職者見習いごときが女性を辱めるなんて一億年早いわ」
「っ、そんなっ」
「あんた、ただ単に自分の杓子定規と王子とその子狸ちゃんに影響されて無駄な断罪しているだけじゃない」
失笑しか出ないわ。
「心が綺麗? だったら立場を弁える行動をするわよ。聖職者見習い失格ね」
エセ聖職者見習いの間違いよ!
「本当にそれが正しいの? 聖典に書かれた教えなの? とんだ節穴で、神様と聖典をバカにしてるわ」
本当、将来ヒッキーになって永遠に教会で下っ端やってなさい。
私はショックを受けて固まっている王子、宰相の息子、騎士団長の息子、聖職者見習い、顔面蒼白の男爵令嬢を見回す。
あら、アナスタシア様は退場してしまったようね。
まぁいいわ。
「あんた達皆、揃いも揃ってうざい。イケメンだからって何しても許されると思うなよ。それからそこの子狸ちゃん。あんた腐っても男爵令嬢でしょ。貴族なら貴族の社会を勉強しておきなさいよ。この女の敵共」
あーすっきりした。
私は聖女リン。
またの名を――毒舌聖女。
私の毒舌は今日も絶好調よ。
*****
次回投稿:2025/11/23 16:00
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