毒舌聖女、ある日の断罪
詠月 紫彩
"表"の断罪 王宮の庭園
「聖女リン。どうか、俺の手を取ってくれ」
優雅に差し出された彼――王子のその手を、私は見つめた。
「俺の婚約者という立場と公爵令嬢という身分を笠に着て……まさしく悪女で、醜く美しくないアナスタシアを共に断罪し、国外追放してやろうではないか!」
王宮の庭園。
当然、メイドや侍従、庭師達の目があるのに、目の前にいる方々は目に入っていないらしい。
ここで少し私の容姿のことを語ると、私は平民生まれにしてはそれなりに美人の分類。
長い黒髪は聖女になってから手入れをされて綺麗に整えられている。
顔立ちも整っていて、大きくて少しつり上がった紫の瞳は私のお気に入り。
聖女として誂えられたシルクを使ったドレス。
白を基調としたシンプルながら綺麗なラインのデザイン。
黒髪が透けて見える白いレースのヴェール、アメジストの宝石を使ったシンプルなラリエットが額の前で、イヤリングが耳元で揺れる。
私が微笑めば、王子も期待を持った目を向けてくる。
彼は私が手を取ると思っているけれど――私は花が咲いたような微笑みの直後、まるで虫ケラを払うかのように彼の手を払いのけた。
「えっ……美しい俺の手を……一体何故――」
予想外に手を払いのけられたことで驚いた王子が、目を白黒させながら私を見ている。
「何を気持ち悪いこと言ってるの? いつ誰がお願いしたのかしら? 自分の婚約者を蔑ろにする王子サマ」
「照れ隠しかい? すまない。俺が美しいばかりに……だがもう我慢をする必要はないんだ。共に嫉妬に狂ったあの女を断罪しよう」
「頭が湧いているんデスカ? それともお花畑が詰まっているんデスカ?」
あらやだ。
王子が迷走し過ぎていて、つい語尾が片言になってしまったわ。
私は言葉を続ける。
「あんたが存在しているだけで虫唾が走るわ。アナスタシア様のような方が、聖女の資格を持っただけの平民如きを虐めるなんてみみっちいことをする訳ないじゃない」
はぁ……アナスタシア様が可哀想じゃない!
こんなナルシストなバカ王子の婚約者になって、幼い頃から未来の王太子妃の勉強だ、マナーだ、と厳しく指導されて……自分が自分でいられる自由で大切な時間を過ごしてくることができなかったんだから!
「そういう風に聞いたのは――」
「事実ではないわね」
私は面倒くさくなった。
そう、面倒くさい。
「事実確認もせずに断罪しようとするなんて王子として失格」
ズバリ、私は言ってやった。
「色んな視点から物事を見れない時点で王族失格! お勉強、一からやり直したら?」
「麗しの王子たる私に対して少々、不敬ではないかい?」
言われても仕方のない行動しかしていない奴に不敬だと言われたくないわよ!
「あんた今まで何やってきたの?」
「それはもちろん、麗しの王子として――」
「はぁ? ナルシスト極めただけで何もしてないでしょ」
私とアナスタシア様は知っている。
このナルシストバカ王子はただ自分に溺れていただけだって。
「王子なら、立場を自覚して責任ある行動しなさい。あんたに国外追放を命じる権利なんてないわよ。そんな事も分からないただのナルシストバカ王子に用なんてないわ」
と私が言うと王子は更なるショックを受けて動かなくなったわ。
将来ハゲの呪いをかけてやりたいわ。
「黙って聞いていれば……聞くに堪えない暴言を。悪いのはあなたの方だ。聖女リン」
「私の言葉遣いを指摘する前にあんた達が悪いんでしょ」
私は何もしてこない奴には何もしない人畜無害な聖女なんだから。
仕掛けてくる奴には目には目を歯には歯を、倍返し以上!
というのが私の信念よ。
「あんた宰相の息子で頭良いんでしょ? ちゃんと手綱握りなさいよ。役立たずのクソ眼鏡」
「や、役立たず……クソ眼鏡……自分が? 自分は宰相の息子で偉いんだよ」
いるわよね。
こういう頭でっかちのクソ眼鏡。
めんどくさいけれど私の敵じゃないわ!
「あんた頭良いのに頭悪いわね。宰相の息子で偉いの? だったらなおさら、王子が間違った道を行こうとするなら正そうとするのが筋でしょ」
まったく……勘違いも甚だしいわ。
「偉いのは宰相様で、あんたはただの息子。どこが偉いの。ただ親の爵位を笠に着ているだけじゃない。あんたは本を読んで知識詰め込んだだけの、ただの頭でっかちなバカね」
ズガーン!
と音が聞こえそうなほど根暗クソ眼鏡が固まった。
将来、痔で寝込んでしまえ。
「聖女リン! 貴様は何故、聖女だというのに人を傷付けるんだ! 騎士として許ねぇ!」
今度は筋肉バカの相手か。
「はぁ? 騎士なら王子のお守り、ちゃんとしなさいよ。根暗クソ眼鏡と筋肉ダルマが王子を甘やかして言う通りに動くからダメになるんでしょ。無能な駒は黙ってなさいよ」
「無能な駒!? 俺の親父は騎士団長なんだぜ!?」
「根暗クソ眼鏡と同じこと言わせないでよ。偉いのはあんたのお父さんで、あんた何も偉くないただの一兵卒でしょ」
「ぐっ……今後、俺は――」
本当しつこいわ。
私は溜息をついて口を開く。
「騎士団長のお父さんに何教わって来たのよ」
騎士団長もこんなバカ息子を持って、さぞやご苦労なさっているわね。
「あんたみたいなのが将来騎士団長になるの? この国大丈夫? 不安しかないわ」
私にはこいつの未来が見えるわ。
絶対に、バカ騎士団長になるって。
ミスをしたら頭ごなしに怒鳴りつけて甘い考えで意気揚々と出陣する頭は考えなしの常に猪タイプだわ。
「素振りから心身鍛え直したら?」
筋肉ダルマも沈黙。
将来は猪と結婚して華々しく散る呪いをかけてやるわ。
「聖女様。そんなことを言うものではありません。創世神様が見ています」
次は穏やかな口調をしているだけの聖職者もどきの相手か。
「うるさいわね。あんたはただの見習いでしょ。神様を語るなら聖職者のトップになってから言いなさいよ」
見習いなんて聖職者ですらないわ。
「聖職者見習いごときが女性を辱めるなんて一億年早いわ」
「っ。創世神様はきっとあなたをお認めになりませんよ」
「は? その創世神様から、聖女だって言われてるんだけど? 自分の芯がないあんたに言われたくないわ」
おためごかしばかり言って。
ウザいわね。
「本当にそれが正しいの? 聖典に書かれた教えなの? バカにしてるわ」
本当、将来ヒッキーになって教会で一生、下っ端やってなさい。
私はショックを受けて固まっている王子、宰相の息子、騎士団長の息子、聖職者見習いを見回す。
「あんた達皆、揃いも揃ってうざい。イケメンだからって何しても許されると思うなよ。この女の敵共」
あーすっきりした。
私は聖女リン。
またの名を――毒舌聖女。
私の毒舌は今日も絶好調よ。
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次回投稿:2025/11/21 22:00
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