第37話 陰キャ、その青春に意味はあるのか ーそれはわからないー

 翌日。

 

 俺はいつものように学校に登校していた。

 

 憂鬱じゃない朝。それが当たり前になりつつある。


「おはよ! 高一くん!」


 浅葱が元気よく声をかけてくる。


「おはよう」


「今日も一緒に登校だね!」


「ああ……まぁな」


 浅葱と並んで歩く。

 

 もう、この光景も日常になっていた。


「ねぇ、高一くん」


「ん?」


「夏休み、もうすぐだね」


「……あぁ、そういえば」


 夏休み。

 

 そんな季節か。


「何か予定ある?」


「予定……? 特にないけど」


「じゃあ、一緒にどこか行かない?」


 浅葱が笑顔で言う。


「一緒に……?」


「うん! 海とか、プールとか!」


「う、海……」


 海か。陰キャの俺には縁遠い場所だ。


「ダメ?」


「いや、ダメじゃないけど……」


「じゃあ、決まり!」


 浅葱は嬉しそうに笑った。

 

 その笑顔に、俺は何も言えなかった。


「あ、瀬良先輩と不知火先輩も誘おうよ!」


「え、二人も……?」


「うん! みんなで行った方が楽しいよ!」


「……まぁ、そうかもな」


 こうして、俺の夏休みの予定が勝手に決まっていった。


 ※ ※ ※


 昼休み。

 

 俺はいつもの空き教室にいた。

 

 今日は浅葱も一緒だ。


「ねぇ、高一くん」


「ん?」


「夏休みの話、瀬良先輩たちに言った?」


「いや、まだ……」


「じゃあ、今日の放課後に言おうよ!」


「お、おう……」


 その時、扉が開いた。


「あれ? 二人ともここにいたんだ」


 不知火先輩だった。


「不知火先輩!」


「ちょうど良かった! 先輩、夏休み暇ですか?」


 浅葱が元気よく聞く。


「夏休み? うーん、大会があるから前半は忙しいかな」


「じゃあ、後半は?」


「後半なら空いてるよ」


「やった! じゃあ、みんなで海に行きましょう!」


「海!?」


 不知火先輩は少し驚いた顔をした。


「うん! 高一くんと私と、瀬良先輩と不知火先輩で!」


「へぇ……いいね、それ」


 不知火先輩は笑顔で言った。


「じゃあ、由良にも言っとくね」


「お願いします!」


 こうして、夏休みの海行きが正式に決まった。


 ※ ※ ※


 放課後。

 

 文芸部の部室。

 

 俺は執筆をしていた。


「高一くん」


 瀬良先輩が声をかけてくる。


「はい?」


「夏休み、海に行くんだって?」


「あ、はい……浅葱が勝手に決めちゃって……」


「ふふ、いいじゃない。楽しそう」


 瀬良先輩は微笑んだ。


「先輩も行くんですか?」


「ええ。優花に誘われたから」


「そうですか……」


「あなたは、嫌?」


「い、いえ! 嫌じゃないです!」


 俺は慌てて否定した。

 

 瀬良先輩はクスクスと笑っている。


「じゃあ、楽しみにしてるわね」


「は、はい……」


 海か。

 

 三人と海に行く。

 

 考えただけで、緊張する。


「ねぇ、高一くん」


「はい?」


「あなた、泳げる?」


「え、まぁ……一応」


「そう。じゃあ、溺れたら助けてね」


「え!?」


「冗談よ」


 瀬良先輩は笑った。

 

 その笑顔が、少しだけ意地悪そうだ。


「でも……本当に溺れたら、助けてくれる?」


「そ、それは……当たり前じゃないですか」


「ふふ、ありがとう」


 瀬良先輩は優しく微笑んだ。

 

 その笑顔に、俺は胸が跳ねた。


 ※ ※ ※


 数日後。

 

 夏休みが始まった。


 俺は家でダラダラと過ごしていた。

 

 これが、陰キャの夏休みだ。


「お兄、何してるの?」


 柚葉が部屋に入ってくる。


「何もしてない」


「夏休みなのに?」


「夏休みだからこそ、何もしないんだ」


「意味分かんない」


 柚葉は呆れた顔をした。


「でも、お兄。海に行くんでしょ?」


「……なんで知ってるんだ」


「お母さんから聞いた」


 ああ、母親に話したんだった。


「女の子三人と行くんだって? すごいじゃん、お兄」


「すごくない」


「でも、モテモテじゃん」


「モテてないです」


 俺は即答した。

 

 柚葉はニヤニヤしている。


「まぁ、頑張ってね」


「何を頑張るんだよ……」


 柚葉が部屋を出ていく。

 

 俺は再びベッドに倒れ込んだ。


「……海、か」


 水着姿の三人を想像して――。


「……ダメだ、考えるな」


 俺は頭を振った。

 

 だが、想像は止まらない。


 瀬良先輩の妖艶な雰囲気。

 不知火先輩の健康的な美しさ。

 浅葱の明るい笑顔。


「……死ぬ。俺、絶対死ぬ」


 そう呟いて、俺は枕に顔を埋めた。


 ※ ※ ※


 海に行く前日。

 

 俺はスマホを見ていた。

 

 グループチャットが作られていた。


 メンバーは、瀬良先輩、不知火先輩、浅葱、そして俺。


『明日、楽しみだね!』


 浅葱からのメッセージ。


『うん、楽しみ』


 不知火先輩が返信する。


『天気も良さそうね』


 瀬良先輩も返信した。


 俺は――何を返せばいいのか分からない。


『楽しみです』


 とりあえず、そう返信した。


『高一くん、緊張してる?』


 不知火先輩からのメッセージ。


『……バレてますか』


『ふふ、分かるよ』


『大丈夫。楽しもうね』


 瀬良先輩からもメッセージが来た。


『はい』


 俺は返信して、スマホを置いた。


「……明日、か」


 緊張する。

 

 でも、少しだけ――楽しみだった。


 ※ ※ ※


 翌日。

 

 俺は駅前で待ち合わせをしていた。


「おまたせ!」


 最初に来たのは浅葱だった。

 

 白いワンピースに麦わら帽子。夏らしい格好だ。


「おはよう」


「おはよ! 高一くん、準備万端?」


「ああ……まぁ」


 実はあまり眠れなかった。


「あ、先輩たちも来た!」


 振り向くと、瀬良先輩と不知火先輩が歩いてくる。


 瀬良先輩は黒のワンピースに大きなサングラス。

 不知火先輩は白いTシャツにショートパンツ。


 二人とも、めちゃくちゃ可愛い。


「おはよう、高一くん」


「お、おはようございます……」


「じゃあ、行きましょうか」


 瀬良先輩が言う。


「おー!」


 浅葱が元気よく答えた。


 こうして、俺たちの夏の海行きが始まった。


 陰キャの俺が、三人の美少女と海に行く。

 

 こんな日が来るなんて、思ってもみなかった。


「高一くん、ボーッとしないで」


「あ、はい!」


 瀬良先輩に声をかけられ、俺は慌てて歩き出した。


 ――この夏は、きっと忘れられない夏になる。


 そんな予感がしていた。

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