第35話 陰キャ、その先にあるものを見つけようとする ーそれは幸せか絶望かー

 陰キャ――ボッチ、孤独の先には何があるのだろうか。ふとした疑問が俺の脳裏を過ぎる。

 

 俺は何を持ってしてここまで一人で生きてきたのだろうか。

 

 自分を敗者と決めつけて、生きてきた。この物語の青春群像劇のモブキャラとして生きてきた。

 

 なのに、それなのに今、俺は満たされている。

 

 不知火先輩、瀬良先輩、浅葱。三人の女の子からのアプローチに、俺はなんと言うべきなのだろうか。

 

 答えは、まだ出ない。


 そんな独白を考えながら、俺はテストが終わった後の放課後、浅葱とどこかへ向かう準備をしていた。

 

 決してデートではない!

 

 絶対に違う!

 

 これは――えっと、なんだ? 友達として遊びに行くだけだ。そう、それだけだ。


「おまたせ! 高一くん!」


 そんなことを自分に言い聞かせていた時、浅葱が元気よく俺の前に現れた。

 

 いつもの制服ではなく、私服だった。

 

 白いワンピースに、薄手のカーディガンを羽織っている。髪は少し巻いているようで、いつもより大人っぽく見える。


「……っ」


 思わず息を飲んだ。


「どう? 変じゃない?」


「い、いや……その、似合ってる」


「ほんと!? やった!」


 浅葱は嬉しそうに笑った。

 

 その笑顔が、妙に眩しい。


「高一くんも私服なんだね」


「ああ……まぁ、制服で遊びに行くのもアレだしな」


「ふふ、高一くんの私服、初めて見た」


「そ、そうか?」


「うん。なんか新鮮」


 浅葱はそう言って、俺の服装を見る。

 

 黒いTシャツに、デニムのジャケット。無難な格好だ。


「じゃあ、行こっか!」


「お、おう」


 こうして、俺と浅葱の――決してデートではない外出が始まった。


 ※ ※ ※


 駅前の繁華街。

 

 俺たちは、ゲームセンターの前に立っていた。


「ここ! ここに来たかったの!」


「ゲーセンか……」


「うん! 高一くん、ゲーム好きでしょ?」


「まぁ……嫌いじゃない」


 というか、陰キャの趣味といえばゲームだ。


「じゃあ、入ろ!」


 浅葱は俺の手を引いて、ゲームセンターの中に入った。

 

 その手の感触が、妙に柔らかい。


「うわー! 色々あるね!」


 浅葱がはしゃいでいる。

 

 その姿が、なんだか子供みたいだ。


「高一くん、あれやろ! UFOキャッチャー!」


「UFOキャッチャー?」


「うん! 私、あのぬいぐるみ欲しいの!」


 浅葱が指差した先には、大きなクマのぬいぐるみがあった。


「あれか……」


「取れる?」


「……やってみる」


 俺はUFOキャッチャーの前に立った。

 

 100円を入れて、クレーンを操作する。


「頑張れー!」


 浅葱が応援してくれる。

 

 俺は集中して、クレーンを動かした。


 一回目――失敗。

 二回目――失敗。

 三回目――。


「あ! 動いた!」


 クマのぬいぐるみが、少しだけ動いた。


「もう一回! もう一回やってみて!」


「お、おう」


 四回目のチャレンジ。

 

 俺は慎重にクレーンを動かす。


 カチッ。


 クレーンがぬいぐるみを掴んだ。

 

 そして――。


「取れた!」


 浅葱が歓声を上げた。

 

 ぬいぐるみが、取り出し口に落ちている。


「すごい! 高一くん、すごい!」


「ま、まぁな」


 照れ隠しに顔を背ける。

 

 浅葱はぬいぐるみを抱きしめた。


「ありがとう! 大切にするね!」


「お、おう……」


 その笑顔が、本当に嬉しそうで。

 

 俺も、少しだけ嬉しくなった。


 ※ ※ ※


 ゲームセンターを出た後、俺たちはカフェに入った。

 

 窓際の席に座り、飲み物を注文する。


「楽しかったね」


「ああ……まぁな」


「高一くん、UFOキャッチャー上手だね」


「昔、よくやってたからな」


「へぇ、そうなんだ」


 浅葱は嬉しそうに笑った。

 

 そして、少し真面目な顔になる。


「ねぇ、高一くん」


「ん?」


「テスト、お疲れ様」


「お、おう。浅葱もな」


「ふふ、大変だったね。瀬良先輩のスパルタ」


「マジで死ぬかと思った……」


 俺は遠い目をした。

 

 浅葱はクスクスと笑っている。


「でも、頑張ったよね」


「まぁ……頑張った」


「結果、どうだった?」


「……まだ返ってきてないけど、多分……平均点は超えたと思う」


「すごいじゃん!」


 浅葱が嬉しそうに言う。


「瀬良先輩たちのおかげだな」


「高一くんが頑張ったからだよ」


 浅葱は優しく微笑んだ。


「……ありがとな」


「どういたしまして」


 そんな会話をしていると、店員が飲み物を持ってきた。

 

 俺はアイスコーヒー、浅葱はカフェラテ。


「ねぇ、高一くん」


「ん?」


「今日、楽しい?」


 浅葱が少し照れくさそうに聞く。


「……まぁ、悪くない」


「悪くない、か」


 浅葱は少し不満そうに頬を膨らませた。


「じゃあ、『楽しい』って言ってよ」


「え?」


「『楽しい』って」


「……楽しい」


 俺は素直に言った。

 

 浅葱の顔がパッと明るくなった。


「ふふ、良かった」


 その笑顔が、本当に嬉しそうで。

 

 俺は――少しだけ、胸が温かくなった。


「浅葱」


「ん?」


「その……今日は、ありがとな」


「え? 何が?」


「誘ってくれて」


 俺がそう言うと、浅葱は少し驚いた顔をした。

 

 そして――優しく微笑んだ。


「こちらこそ。来てくれて、ありがとう」


 その言葉に、俺は何も言えなかった。

 

 ただ、アイスコーヒーを飲んで、誤魔化した。


 ※ ※ ※


 カフェを出た後、俺たちは駅に向かって歩いていた。

 

 夕陽が街を照らしている。


「ねぇ、高一くん」


「ん?」


「また遊びに行きたいな」


「……ああ、まぁ……時間があればな」


「じゃあ、約束ね」


 浅葱は笑顔で言った。


「……約束」


 俺も頷いた。


 そして、駅の改札前で別れることになった。


「じゃあ、また明日」


「ああ、また明日」


 浅葱が改札を通っていく。

 

 その時、浅葱が振り返った。


「高一くん!」


「ん?」


「今日、本当に楽しかった! ありがとう!」


 その言葉を残して、浅葱は改札の向こうへ消えていった。

 

 俺は――その背中を見送った。


「……俺も、楽しかったよ」


 小さく呟いて、俺も改札を通った。


 ※ ※ ※


 帰りの電車の中。

 

 俺はスマホを取り出した。

 

 通知が来ている。


 瀬良先輩からだった。


『テスト、お疲れ様。結果が楽しみね』


 そして、不知火先輩からも。


『お疲れ様、高一くん。今日は浅葱ちゃんと遊んだんだって? 楽しかった?』


 俺は少し考えて、返信した。


『お疲れ様です。楽しかったです』


 送信ボタンを押して、俺はスマホをしまった。


「……陰キャ、ボッチの先には何があるのか、か」


 窓の外を見ながら、俺は呟いた。


「……今なら、少しだけ分かる気がする」


 孤独の先には――繋がりがあった。

 

 一人じゃないということ。

 

 誰かと一緒にいることの温かさ。


「……悪くないな」


 そう呟いて、俺は笑った。


 陰キャの俺に、青春ラブコメが訪れるなんて思ってもみなかった。

 

 でも――それでいい。

 

 これが、俺の青春なんだ。


 電車が次の駅に到着する。

 

 俺はゆっくりと立ち上がった。


 明日からまた、賑やかな日々が始まる。

 

 それが――少しだけ、楽しみだった。

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