『ハロウィンに祠壊します』  ~ 鬼感染り番外編・綺人の日常 ~

優夢

撮影は9月末。オンエアは10月末。

※ この短編は、「鬼感染り」の後日談です。

 短編としても読めなくないです。

 こちらが面白かったら、本編もよろしくお願いいたします。




 秋の風が、夜更けをさらりと流れていった。



 窮屈なロケバスに文句はない。長距離移動にも文句はない。

 シートを少し倒して体を休める俳優で歌手、マルチタレントの介音綺人(かいね あやと)は、ちろりと横目で長年の相棒、マネージャーの望月新司(もちづき しんじ)を睨んだ。



「し・ん・じ・サ~ン?

 俺は、基本的に仕事選ばねえよ。なんでも全力でやるよ。

 でもさ、これはなんとかならなかったのかよ」


「すみませぇん!

 僕もさっき聞いて! めちゃくちゃびっくりしました。

 やっぱり……嫌ですか? 嫌ですよね」



 綺人が個人で雇っているフリーのマネージャー、望月新司が申し訳なさそうに頭を下げた。

 仕事の内容で綺人が文句を言うのは、本当に珍しい。

 攻めた内容、体を張るもの、行き過ぎたバラエティ、イメージを壊しかねないネタでも、綺人は二つ返事で快諾して、結果的に自分のものにする。

 過度にセンシティブだったり、綺人にマイナスでしかない仕事は新司が見極めて事前に断る。綺人に相談すると、「やってみる」と言い出しかねないからだ。

 それくらい、綺人はなんでもこいだった。

 20年以上の芸歴がある俳優なのに、常に貪欲で、初心を忘れないタイプ。



 その綺人が怒っている。といっても本気ではない。ふてくされている程度だ。



「ここまで来て断らねえけどさ。断れねえしさ。

 俺がどうこうじゃなくてさ。

 新司がどうにもできなかったのもわかるけどさ。

 ネタにするにはきついじゃん?

 ……やるけどさ! こなすけどさ! そんな顔すんな!

 当たって悪かったよ。ごめん」



 叱られた子犬のようにぺしょぺしょになった新司に、綺人は左手を軽く振って謝った。

 制作側がバタバタで、特番の番宣、外ロケというくらいしか新司も把握していなかった。



 番宣は宣伝契約の一環。映画のオープニング主題歌を担う綺人は、最初から特番の出演が決定していた。

 綺人個人の仕事ではないのだ。

 映像制作会社、配給会社、音楽レーベル、テレビ局、広告代理店、綺人の事務所、全部が繋がっている。

 体調不良程度なら、鎮痛剤を打ってでも押し通す。個人の好き嫌いなど通る隙間もない。


 

「ほんとに、ごめんなさい。

 心霊ロケってことまでは聞いてたんです。僕が、もっと詳しく聞けばよかった」


「つっても、既に一本目撮り終わって俺が二本目なんだろ。

 設定いじりもむずいよなあ」



 幽霊が怖いとか、見える見えないの話ではない。心霊ロケくらいなんでもない。

 綺人はこの世に『そういう存在』がいると知っているし、かつては命懸けで対峙した。

 人為的に組まれたセットは、綺人にとってセットでしかない。内容についても今の今まで気にしていなかった。



 よりによって。



「『目の前で祠が壊れるギミック』の心霊ロケとか、ピンポイントすぎだろ。

 巧貢になんて言やいいんだよ。くっそ!」




 まだ、あれから、たった一年しか経っていなかった。



 かつて、誰も知らない戦いの中に綺人はいた。

 この世の生死を賭けたといっても過言ではない、「四の鬼」との戦い。

 綿枝 巧貢(わたえだ たくみ)。加賀峰 芽依。(かがみね めい)。そして新司。

 四人チームで、ぼろぼろになりながら怪異を退けた。何度も何度も死線をさまよった。


 その事件の始まりが、巧貢が山の中で遭遇した『目の前で祠が壊れる』という事象だったから。



 何人もの死者を出し、それぞれが深い傷を負ったあの戦いを、茶化して愚弄しているようで。

 しかも、巧貢はこの『祠壊し事件』で友人を失っているのだ。本気で洒落にならない。



 仕事、これは仕事。綺人は自分に言い聞かせた。

 巧貢には、「内容が不謹慎だから見るな。見てもいいけどこういう内容な」って正直に言うかな。

 こんなに気乗りしない仕事は久しぶりだ。

 あの日、あの時、自分だけに誇れた時間を第三者から嘲笑われるようで。



 ロケバスが撮影場所に到着する。綺人は軽く自分の頬をはたき、シートベルトをしゅるっと外した。



「おはようございます。今日はよろしくお願いします。

 がっつりビビって、いい画出しますね!」



 集まっているスタッフに、綺人はさわやかな笑顔で挨拶した。

 新司は、綺人の背中に言葉なく謝った。プロで通す綺人の姿が、尚更胸に痛かった。

 もっと早くわかっていたら、ギミックの動き程度なら、口を挟めたかもしれないのに。

 アヤトさん、ほんとにほんとにごめんなさい。

 



 



 ロケ地は、半年前に閉園した遊園地だった。

 大きめの自然散策エリアを使い、まるで山中のように見せかけてタレントを歩かせる。

 道中のドッキリ仕掛けはもちろん、メインの『祠』も当然ながら撮影用の偽物。終われば素早く撤去される。

 心霊ロケは、実際に心霊的ないわく場所を使うことはほとんどない。演者やスタッフの安全性、場所の撮影許可を得るなどで、問題がありすぎるからだ。

 テーマパーク的な場所を夜間に使用するのは、さほど珍しくなかった。


 遊園地は既に解体工事が各所で始まっており、大型トラックや機材があちこちに見えた。

 撤去されたアトラクション跡、撤去前でコーションテープに巻かれている場所。そちらのほうが空寒い怖さがあるが、現実的な恐怖はエンタメに向かない。



「介音さん、申し訳ありません。

 『ミニマムこれくしょん』の林田さん、渋滞で到着遅れてます」



 現場スタッフが、一緒にロケする芸人の遅延を綺人に告げる。

 準備万端、30分前に到着している俳優と、時間どおりに到着しそうにない芸人。怒鳴られても仕方ないと身をすくめるスタッフに、綺人はにこやかに笑った。



「問題ありません。今日はこのロケだけなんで。

 なんなら朝まででもお付き合いしますよ?

 あー、夜が明けちゃったら深夜ロケは無理か」



 綺人のジョークに、若いスタッフは見るからにほっとした様子だった。

 時刻は22時。季節は9月末。外ロケにはちょうどいい気候だ。新司が椅子を用意してくれて、綺人は腰かけて待った。

 これなら、のんびり待っても休憩にちょうどいい。

 ペットボトルの水で口を湿らせながら、綺人は小さく深呼吸した。



 美しい月が、とても綺麗だった。

 月光を浴びながら夜空を眺めるだけで、介音綺人という男は絵になった。

 周りが雑然とした撮影機器や、舞台裏が見えるセットに囲まれていても。

 中途半端に人工、中途半端に自然が混じった木々と芝生の中にいても。

 彼は存在感を失わない。むしろ、すべてが彼を引き立てているようだった。



 新司は思わず、そっとスマホをかざして綺人を撮影した。

 綺人が気づき、目線で笑いながらたしなめてくる。

 SNS用として、新司はいつ、どのタイミングでも撮っていいと綺人本人から許可を得ている。それでも、普段は撮る前に一声かけている。 

 今は、この瞬間の空気を阻害したくなくて。声をかけたら壊れてなくなってしまいそうに、きれいな瞬間だったから。

 これはどこにも出さず、宝物にしようと新司は自分に頷いた。



 急に現場が騒がしくなった。どうやら芸人が到着したようだ。

 


「林田さん、着きましたか?」


「すみません、介音さん! ちょっとトラブってます!

 ……え、立てないの!? 足腫れてるって?

 誰か車出して、すぐ夜間救急!」



 インカムで連絡を取り合うスタッフの様子が、どうもおかしい。新司がスタッフの方へ走った。

 ディレクターが、厳しい顔で周囲に指示を飛ばしている。

 一分と経たず、新司が駆け戻ってきた。



「アヤトさん、『ミニこれ』の林田さん、転んで足に怪我したそうです。

 すぐ代打探すそうです。でも今からじゃ、ちょっと難しいかもしれません。

 最悪、ロケ飛ぶかも」


「え。林田さん今来たんだよな?

 さっき来てすぐ転んだのか?」


「はい、そうみたいです。

 急いでこっち向かってて、虎ロープにひっかかったっぽいですね」


「マジかよ。

 骨折までいってるっぽい? 無事?」


「そこは僕にはわからないです」



 撮影にハプニングはつきものだ。現場の機転とアドリブで、大なり小なりその場でハプニングを乗り越える。

 といっても、これはどうしたものか。

 綺人はさほど動揺もせず、静かに周囲の様子を伺った。


 ディレクターがスタッフを集めて話し合っているのが遠目に見えた。すぐにロケ中止の声はかからない。

 リアクション担当の芸人が怪我、番宣の綺人が無事というのは、かなり中途半端だった。

 綺人が怪我をしたなら、即、ロケ飛びで終わっただろうに。



 綺人は自分に頷き、ひょいとミーティングに首を突っ込んだ。

 代打で出られそうな演者に電話をかける者、段取りを組みなおす者、緊迫した空気の狭間にタレントが顔を出して、場の空気が一瞬変わる。

 綺人は、にかっと人懐こい笑顔を投げかけた。



「まず、俺だけで回しません? 予備の取れ高的に。

 代打さんが間に合えば、俺、もっかいやれます。

 アポとれても、到着までに時間かかるでしょ?

 俺だけ先にカメラ回して損ないかと」


「アヤトちゃん、いいの!?

 心霊ロケだからリアクションありきだよ?

 そのために芸人と組むのに、アヤトちゃん一人できつくない?」


「まあ、林田さんほど笑い取るビビリは難しいでしょうね。

 やってみてダメなら落とすか、使える素材だけ拾うか。

 どっちにしても、待ち時間が無駄にならないかなーって。

 この機会に、リアクションも学ばせてください」



 いの一番に不機嫌になってもおかしくない『お客様』である綺人からの快い提案。ディレクターは諸手を上げて賛成した。

 こうだよな。これが一番、空気が軽くなる。綺人は、後方の新司に向かってウインクした。

 先が見えないのが一番不安になるものだ。とにかく自分がロケを進行して尺を確保しておけば、スタッフの安心材料になる。

 ぴりぴりしていた場が少しほどけた。

 ADたちが撮影準備に動き始めている。現場は、動きさえすればいい流れができるものだ。



 新司は、言葉に出さずじーんと感動していた。

 この状況、文句言って怒っちゃう人多いでしょうに。ディレクターさんもそれ危惧して、アヤトさんにどう伝えるか悩んでたっぽいのに。

 自分から二度手間をかって出て、一気に場をほぐしちゃった。

 あー、あああー! アヤトさん大好きです!

 気乗りしない仕事でも、全力でやっちゃうアヤトさん、大好きですー!





 『この森には、芸能にご利益がある小さな祠があるそうです。

 昔の舞巫女さんが祀られているとか。

 手順をちゃんとふまないと逆効果らしいので、お参りする人自体少ないんだとか。

 地元の人に手順を聞きました。深夜2時からお参りに行きます』



 という設定で、ロケは開始するという内容だった。

 途中、綺人は異音や怪奇現象に適度にびっくりしながら、祠にたどり着いて拝む手筈だ。

 メインは拝んでいるところ、急に祠が壊れるギミック。

 祟りがあるのではと怯えながら戻る最中に、髪を振り乱した巫女衣装のお化け役が出てきて、驚いたところでドッキリ暴露。

 安心して気が抜ける部分まで、一区切りで撮影する。

 三日前、別の芸人と声優がコンビになり、このルートを撮り終わっているらしい。



「……と、言うことで。

 林田さん名誉の負傷のため、急遽俺ひとりで行くことになりました。

 ねえ、ちょっとこれ、仕組んでないよね? 最初から俺一人で行かせる気満々だったんじゃないよね!?

 マジ怖いんだけど。

 ほんとにひとりなの? スタッフ誰も来ないの? 

 え。林田さんの持つはずだった手持ちカメラも俺が持つのかよ? うっそ、ちょっと~!

 林田さぁ~ん、恨むわ~!」



 綺人は、多少大袈裟目にカメラに向かって語りながら、がっくりと膝に手をついた。

 もともと、あらすじ程度しか台本がなかったロケだ。綺人単独で進めることになって、内容はほとんどぶっつけ本番。アドリブ回し。



 地元民に扮するエキストラから神妙に話を聞き、桶で手を洗い、塩を体に少し振る。

 エキストラから数珠ブレスレットをもらい、お守りだという言葉を信じる演技で、撫でながら腕にはめる。もちろん偽物の安物だ。



 表向きはひとりで祠まで散策に行くとなっているが、もちろんそんなことはない。

 カメラマンは同行するし、定点カメラにも人がいるし、道案内スタッフがペンライトで誘導もする。

 綺人は「たったひとりで森を歩く雰囲気」を出しつつ、ヘルメットにライトという普段ない格好をさらし、ほぼ形だけの手持ちカメラを構えて順路を歩く。

 手持ちカメラは一応回っているが、ほとんど使えないので素材程度。綺人のすぐ前を歩くカメラマンが、手ブレ感のある画をうまく撮っている。



「……カット! いい感じいい感じ~」


「場面変わりまーす、移動お願いしまーす」



 撮影は細切れだ。後でどうなっても繋ぎやすいよう、同じ場所を何度も行き来して撮ったり、セリフを2~3パターン綺人が変えて雰囲気の違う演出をする。

 「もうちょっとビビってる感じでいこう」「次、最初からドッキリ疑い強めで」と、ぽんぽん変わるディレクターの指示に、綺人はすぐさま申し分なく応える。

 芸人だからこそ可能な、大きくひっくり返ったり、過度に間抜けなポーズは『介音綺人』ではできない。イケメン俳優がマジビビリするのを、見る側が楽しめる程度のさじ加減が必要だ。

 綺人は思った。普通に演技するより、倍は難しい。

 単独でリアクションロケは二度と受けねーぞ! ちきしょう!



 



「アヤトさん、次で祠シーンです。お水どうぞ」


「サンキュ。

 俺ひとりで、場ぁつなげてる? 語り、違和感ねえ?」


「いけてます、かなりいけてます。

 このまま通りそう、代打いらないかもですよ」


「じゃあよかった。この感じでラストまでもってくわ」



 演技の確認をし、綺人は汗を拭いてタオルを新司に渡し、メインシーンに挑んだ。新司はわかっていてもギミックに驚くので、雑音が入らないよう遠くに下がっている。

 至近距離で見ると、作りが荒い祠だった。角度的に、祠は全体が映ることはないから、この程度でいいのか。


 嘘でも神が住まうとされる場所を、こんなテキトーにしちゃっていいのかよ。

 本気で悪さされても知らねえぞ。


 そう思いつつも、綺人はちょいビビる演技で手を合わせ、祠に頭を下げた。



 風もないのに、彼の髪が一筋だけ動いた。

 刹那、綺人は素早く顔を上げて後ろに飛びずさり、鋭い視線を祠に投げた。



 あ。

 やっべ、マジなリアクションしちまった。

 まだ、祠が壊れるギミックは作動していない。スタッフもディレクターもぽかんとしている。

 「カット」の声がかかり、ディレクターがあわてて声をかけてきた。



「どしたのアヤトちゃん。

 虫でも出た?」


「すみません、変な動きしちゃって!

 あの、あっち側、人影が見えたんですけど。部外者入ってませんか?

 カメラに入っちゃってないですか?」



 綺人が指さした方向にすぐ、ADが走っていった。

 廃園の遊園地が騒がしくなっていたら、一般人が興味本位で紛れ込むこともありえなくない。

 とっさの嘘だったが、案外信じてもらえたようだ。

 綺人が驚いたのは、人影などではなかったから。



 いったん撮影は中断になった。いもしない不審者探しをかねて、20分の休憩に入る。

 綺人は、さっき『足に纏わりつこうとしたモノ』にちらっと目をやった。



 なーるほど。

 林田さんが転んだの、このせいだったか。



 綺人は休憩するふりをして、スタッフの目が届かない大木の裏側に移動した。

 ヘルメットのライトを消し、片膝をついてしゃがんで、『目線を合わせる』。

 綺人は周囲に聞こえないよう小声で、やさしく語り掛けた。



「どうした、迷子になったか?」



 本物の幽霊が、そこにいた。

 誰にも見えていない。離れて待機している新司なら見えたかもしれないが、スタッフには見つかっていない。

 薄く、弱く、小さな霊。ほとんど無害で、そこにいるだけのもの。



 これは、入ってきた人間たちが悪いのだ。



 幽霊は、5~6歳の幼女だった。

 綺人にもうすぼんやりとしか視認できないが、戸惑っているのはわかる。

 遊園地という場所が思い出だったか、かつての賑わいで引き寄せられたか。

 芽依ならともかく、綺人は、この霊の素性までは理解してやれない。



「コラ、おじちゃんじゃない。おにーちゃんだ。

 おにーちゃん、今仕事中なんだよな。

 お前の行くべきとこ、途中までなら案内してやれっけど、お仕事終わってからになる。

 待ってられるか?

 ん、無理? 一緒に行く?

 あー、うん。見えてないからまあいっか。

 じゃ、しっかりおにーちゃんにくっついてな。

 いいか、ここからはかくれんぼだ。絶対、カメラとか映像に映るなよ?

 おにーちゃん、それされるとお仕事あがったりだからな」



 小さな幽霊が、ズボンの端っこをちょんと掴む感覚がする。

 綺人はその部分を優しく撫でると、気合を入れなおした。

 ちっちゃいお客さん同伴でも、演技に気を抜くことはできない。



 『祠が壊れるギミック』は、綺人が休憩中に別撮りになっていた。さっきの綺人のリアクションをそのまま使うためだ。

 真に怪異退治経験がある綺人、本気でとってしまった仕草のキレがよく、真剣な表情がロケ的にかなり映えたらしい。

 やっぱ、演技より素の反応かー、と、綺人は自身の演技に自分でダメ出しした。



「ほら行くぞー。

 おにーちゃんが何してても、お前はかくれんぼだからな」



 休憩が終わる。

 再び綺人は、虚構の世界を歩き出した。






「なにこれ。

 二重の意味でのホラードッキリ?」



 10月31日。

 ハロウィンに合わせて放映された特番を見ながら、巧貢は呆れてしまった。

 弱い霊だから、誰にも見えないと思ったのだろうか。

 ここ一年で鍛え抜かれた巧貢には、綺人の足にぴっとりしがみつく幼女がはっきり見えていた。

 お化け役が驚かすよりなにより、本物が綺人の足元にいるというカオスだ。



「芽依ちゃんは録画で見るって言ってたな。

 映ってるよって教えておこう」



 何もかも見通す眼を持つ芽依が驚かないよう、先んじてメッセージを打っておく。一人で見るならともかく、友達と一緒にいて、『視えた』反応になっては困るだろう。

 勘のいい視聴者は、綺人の足元に違和感くらい感じるかもしれない。

 全国放送してよかったのかな、これ?



「綺人さんらしいといえばらしいけど。

 さすが人たらし、幽霊まで引き込んじゃうんだ」



 巧貢は苦笑して、綺人に『特番見ましたよ』とメッセージした。

 かつてはすぐ隣で、共に戦いを駆け抜けた戦友は、今は遠く画面の向こうの人だった。

 それでも、きっと一生つながりが切れることはないし、年に数回は会えて話もできる。



『お、見た? サンキュー!

 ごめんな、あんな内容で。気分悪くならなかったか?

 マジでごめん。ほんと、マジごめん』


『そんなに謝らなくても。

 設定ですから、別にいいですよ。

 それより、足元の彼女かわいかったです。

 今後お付き合いされるんですか』


『バカ言え! 幽霊って以前に幼女だ!!

 誰が手ぇ出すか、ちゃんと導いたっての!!』


『わかってますよ』



 軽快なメッセージのやりとりを交わし、巧貢はひとりでくすくす笑いながらスマホをポケットにしまった。



 夜空には美しい月。

 ハロウィンの夜は、仮装する大人がお祭り騒ぎをする程度で、巧貢の世界側は平和だった。



 『祠が壊れる』という番組の設定に、ちょっと昔を思い出したけれど。

 しんみりはしないし、傷つくこともない。

 ただ、そこにある過去に少し思いを馳せただけ。



 二度と起こってほしくはない。

 でも、あれがあったから、綺人さんや新司さん、芽依ちゃん、三鷹さんと縁ができて、今があるのだから。



「パンドラの箱の中身は、絶望だけじゃなかったって感じかな」



 誰もが『日常』を歩き出した、秋の深まる日。

 巧貢だけは、『日常』の少し脇道を歩き出す。

 かつての相棒が今日も平和であることを、嬉しく思いながら。






本編はこちらからhttps://kakuyomu.jp/works/16818093089195629497

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『ハロウィンに祠壊します』  ~ 鬼感染り番外編・綺人の日常 ~ 優夢 @yurayurahituji

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