未完成の殺し屋

ぱぴぷぺこ

第1話 硝煙の子供たち

 内戦ないせんが始まってから、もう三年。

 町はかつての面影おもかげすらうしない、灰の匂いのただよう中、歩くたびに粉塵ふんじんが舞い上がった。


 道とも呼べない瓦礫がれきの中を、静かに進む一人の少年兵の姿があった。


 彼の名はラーシュ。

 彼は戦火の残骸ざんがいから銃や弾薬だんやくを拾い、食料の調達ちょうたつもこなしていた。


 戦いが一段落いちだんらくしたあとに、最初に現れるのはいつも子供たちだった。

 日々、大人たちは遠くから見守り、危険きけん回収かいしゅうは子供たちがになっていた。

 その中で、最も素早すばやく動けるのがラーシュだった。


 彼はれに加わらず、単独たんどくで動いたため、他のグループとのいさかいも多々あった。

 その都度つど、その身のこなしと銃の腕で命をつないでいた。


 ◇


 いつも通り、銃撃戦じゅうげきせんの音が少し遠のいたのを確認し、ラーシュは戦場跡せんじょうあとへ足をみ入れた。

 早すぎれば残党兵ざんとうへいねらわれ、遅すぎると戦利品せんりひんすら手に入らない。

 このギリギリのタイミングが彼の命綱いのちづなだった。


 跡地あとちには今も、戦いの名残なごりが横たわっていた。

 彼はその間を抜け、まず武器ぶきひろい上げた。

 の当たりにした爪痕つめあとに対しても、結局、どうすることもできなかった。


 屋根も飛び、壁はがれち、丸ごと三階まで見渡せる建物の一階で、ある兵士の銃をうばおうとした、そのときだった。


 瓦礫がれき隙間すきまに、小さな三人の影がふるえていた。子供たちだった。


 助けようと立ち上がったとき、くずれ落ちた二階のゆかの穴の奥に、東軍とうぐんの兵士が見えた。


(まずい! まだいたのか……!)


 すぐに身をしずめたが、同時に兵士の声がひびいた。


「おい、誰かいなかったか」


 すると低い声がラーシュの耳に届いた。


「動くなよ。どんな音がしても。動いたら、俺でも守れねぇ」


(──誰?)


 見ると子供たちの前にもう一人、西の制服の傭兵ようへいがいた。


 顔も泥まみれ、無精髭ぶしょうひげに血のこびりついた男だった。

 粗野そや物言ものいいとすごみをびた顔つきだが、その堅牢けんろう出立いでたちには、迷いの影すらない強さを宿やどしていた。


 上階には瓦礫をみつけ、五人の敵兵てきへいの足音が聞こえ、ゆっくりと近づいて来ていた。


「反応なし。ほんとに誰かいたのか? 気のせいじゃねぇのか?」


 生き残りの兵士を探しに来たみたいだった。下の階では誰もが息を殺し身をひそめた。


 そのとき、別の敵兵が足を止めた。


「……おい、そこ、音したぞ」


「風かネズミだろ」


「いや……」


 東軍の兵士は銃を構えた。確信はなかったが、戦場でのかんがざわついた。


「念のためだ。っとく」


 ダダッ、ダゥンッ――!


 三発の銃声が瓦礫にねた。

 破片はへんが飛び、かわいた石の破砕音はさいおんあたりに響いた。


 その直後だった。


「ひっ……! うぅ……!」


 子供の一人が、こらえていた恐怖をき出すように、泣き出したのだ。


「やはり誰かいるぞ!」


「――チッ」


 舌打ちと同時に、傭兵が動いた。


 「バレた。いいかお前ら、耳塞みみふさいで、じっとしてろ。できなきゃ、助からねぇ!」


 そう言うと彼は瓦礫を押しのけて立ち上がった。


「いたぞ!!」

「 あそこだ!」

「敵兵か!?」


 兵士たちが声を上げ、一斉に銃を構え駆け出して来た。


 ◇


 廃墟はいきょの奥、崩れた天井の下で、傭兵は子供三人を押し込むように隠した。


 目の前の瓦礫に防護ぼうごのためのテントの端切はぎれをかぶせると、彼は低い声で言った。


 「絶対に動くな。音が聞こえたら、耳をふさいで目ぇつぶって待っとけ。あとでむかえに来る」


 そう言って彼は子供たちを置いたまま、崩れた出口から外へと飛び出した。


 ラーシュが敵の位置を確認すると、既に五人の敵は散開さんかいしていた。

 位置取いちどりも悪くない上、彼らはプロだ。普通の兵士ならんでいた。


 でも、傭兵は普通じゃなかった。


 彼はいつの間にか、瓦礫をつたい、上階じょうかいに登り上がっていた。


 背中にくくり付けていた古びた狙撃銃そげきじゅう――手入れはされているが、時代遅れのセミオートだ。

 そんな配給装備はいきゅうそうびで大丈夫なのか、とラーシュは目を見張みはった。


 ◇


 敵の一人が、階下かいか見回みまわした。


 「そこだ……! シートの下、子供だ!」


 確認に気を取られている男のひたいに、標準が重なり、

 ――パスン! 動きを止めた。


 「狙撃そげきだ! 位置は――」


 二人目が声を発する前に、二発目が完璧かんぺきなタイミングで、言葉をしずめた。


 いきなりの狙撃に残り三人が振り返った。


 「狙撃手がいる! 高所こうしょだ、気を付けろ!」


 だが、見上げた三人目の男の視線の先に、その姿はなかった。

 兵のそばの瓦礫に傭兵は移動を済ませ、三発目が放たれた。


 敵兵の足元の金属を撃ち、跳弾ちょうだんが男の耳へと跳ねた。衝撃に三人目は耳を押さえてわめいた。


 その声に二人が駆け寄った。

 四人目と五人目が合流しようとした瞬間、三人の視界に手榴弾しゅりゅうだんが現れた。


 ドォー…ン!


 階段ごと地面に吸い込まれた。

 音と、振動、瓦礫の舞い上がる砂埃すなぼこりに、思わずラーシュも低く身をせ耳をふさいだ。


 舞い上がる砂塵さじんの中、


 バズン!  バン! バンッ!


 三発の銃声が、あたりに響き渡った。


 銃声が止み、静まり返ったかすみがゆるやかに晴れていった。

 噴煙ふんえんの中、ラーシュは子供たちの安全を確認しようと身を乗り出した。


 その瞬間。

 彼の後頭部に、ヒヤリと冷たく硬いSIGジグの銃口が押し当てられた。


「なんだ、ガキか?」


 背後から聞こえたのは傭兵の声だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る