ダークスーツを着た猫
成城諄亮
第1話
彼ほど、俺の相棒に相応しい男はいなかった。「猫田さん!」短く切り揃えた髪から滴る汗を拭いながら、駆けて来ていた彼が冷たい骨壺の中で眠り始めて、もうすぐ一年。今年も暑い夏が目前に迫っていた。
法要を終え、寺を後にしようとした所で掛かってきた一本の電話。その数分後、俺はホストクラブへ臨場した。場所を聞いた瞬間の予感は、その遺体の顔を見たのと同時に、現実のことと知らせる。
「貴君……」遺体に手を合わせる。隣に来た検視官が、老眼鏡を外しながら、「知り合いか」と訊く。俺は「まぁ」と濁す。
「明星貴、三十三歳。ホストクラブ経営者」
「ああ。死因は青酸によるもので、死亡推定時刻は直腸内温度から、十三時から十五時ってとこだな」
検視官と目が合うと、俺の肩に手を乗せた。
「なあ猫田、相棒の姿が見えないが、上手くやれてんのか?」
「……」
「まぁ彼が死んだことは残念だ。けど、あんま背負い込みすぎんなよ。猫田は刑事として優秀なんだから、潰れられたら困る」
勢いで肩を組まれそうになる。俺は礼をして、そそくさと部屋を出た。廊下を歩き、男性トイレの扉を開く。鏡の前で髪型をやたら気にする相棒の姿があった。
「何だ、猫田さんか」乾いた声で言う。何もがっかりされる筋合いはない。
一人分のスペースを空け、鏡の前に立つ。そして、肩の汚れを指で払い落とす。
「そういうの、やめたらどうっすか」
「お前には関係ない」
「酷っ。てか、相棒なんすから、そろそろ名前で呼んでくださいよ」
乾は刑事として青二才だ。と言うか、見た目や口調も含め、全体的に子供っぽい。
「湿気多いと、髪型決まらないっすよね」
「いつ臨場していた」
「十分前っすね。道に迷ったのもあるし、トイレ行った後に髪型直してたんで」
余談を聞く時間が無駄でしかない。だから相棒なんていらないと言ったのに。
「遺体の身元は聞いたんすけど、死因はわかってるんすか」
「とっくに」
「じゃあ、聞き込みっすね」
手の甲に残る石鹸を洗い流し、蛇口を止めた。
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