境界線
上級区評価センターは、白すぎる建物だった。
壁も床も天井も、色が抜けてしまったみたいな白。
清潔というより、“何も許していない”感じの白。
(なるほど、ここで心を整えて戻すってわけか。)
受付に立つのは人間ではなく、透明なホログラムだった。
「カイ・ユグド。感情揺らぎ観測ログを確認。
補正プログラムを推奨します。」
言ってる内容は「心を元に戻しますね」だけど、
響きは「戻れなかったら、どうなるんだろう」の方が強かった。
リアは隣で黙っていた。
でも、その沈黙は見捨てる沈黙じゃなくて、一緒に立っている沈黙だった。
「補正室へご案内します。」
そう言われた瞬間、リアが僕の袖を掴んだ。
「こっち。」
リアは反対方向へ歩き出した。
迷いがなかった。
この建物のどこに何があるのか、あらかじめ知っていたみたいに。
「リア、補正室は逆じゃ——」
「知ってる。」
その言い方には、覚悟みたいなものが入っていた。
白い廊下を、音を殺しながら進む。
人の気配はない。監視カメラはある。
「……大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないよ。でも行くんだよ。」
(言い切るなあ。)
でも、その言い切りに救われてる自分がいた。
建物の奥、普段は使われないはずの保守用エレベーター。
リアはそこに手をかざす。
認証ランプが静かに点灯する。
「……え、通るの?」
「わたし、マザーに“優秀”と評価されてるから。
境界層への通行権限があるの。」
「優秀だと、外に出られるのか?」
「外じゃない。外の手前。」
扉が静かに開いた。
乗り込んで、エレベーターが動き始める。
下へ。
下へ。
都市の心臓部に近づくような感覚。
(境界層……ここに来るのは、たぶん間違いじゃない。)
リアは小さく息を吸った。
「カイ。わたしね、ずっと思ってた。」
「ん?」
「“わたしたち、本当に幸せにされてるのかな”って。」
その言葉は、昨日よりずっと深かった。
揺らぎじゃない。
選択に近いものだった。
エレベーターが止まり、扉が開いた。
そこは、都市の外でも内でもない場所。
境界線。
白い壁と透明のガラスの隙間に、
かすかに風が流れる場所。
僕たちは、足を踏み出した。
世界はまだ変わっていない。
でも、もう元には戻れない。
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